長谷川 亮祐

1on1 college(www.1on1college.com)

長谷川 亮祐

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最近の記事

ほとんどの悩みは待っていても消えない

怒りや悲しみなど、感情的なたかぶりは時間の経過とともに治まります。経験的にもありますが、学術的にもそれは言及されています。一方でそれ以外のほとんどの悩み…言い換えれば当事者にとっての「課題」は、(たまの幸運を除けば)自然と解消されることはほとんどないのではないでしょうか。 ちょっとしたできないこと、解決しなきゃいけないことから、長年連れ添ってきた(きてしまった)コンプレックスまで、課題といっても重さ・大きさ・解消の難易度は様々です。いずれにしても、つまり小さかろうが大きかろ

    • あなたの"成長"の定義は何ですか (就活/自己分析)

      成長したい。成長してない(気がする)。学生に限らずよく耳にする言葉です。採用を担っていた頃、面接でもよく聞きました。仕事・キャリアを選択する基準として"成長"を挙げる方も少なくありません。 今日話を聞いた大学生は、学生時代のとある経験を「成長実感がない」と振り返っていました。それでも例えば、その初日より今日の方ができることは増えています。でも彼女はそれを"成長"だとはとらえていませんでした。彼女の"成長"の定義には当てはまらなかったようです。 成長を仕事に求めるかどうかは

      • 就活は一生の選択か、ただの次の選択か

        就活で悩むとき、就職先になる企業の情報をもっと収集することもあれば、それを選ぶ自分のことをもっと理解しようとすることもあります。もちろん両方を必要とするときもあるでしょう。そしていくら情報収集し、整理し、考えてみても決められないこともあるかもしれません。 1つの視点として、それは一生の選択をしようとしているのでしょうか。 それとも、ただ次を選択しようとしているのでしょうか。 ちなみに、よく新卒時の就活では「ファーストキャリア」という言葉を聞くことが増えました。ただ、ちょう

        • 書いて整理するデメリット

          考えを整理しようとするとき、多くの人は"書く"ことで整理を試みます。しかし残念ながら、"書く"ことによる整理には重大な欠陥があります。どうしても一人で"書く"だけでは届かない領域があるように感じるのです。 これまで高校生・大学生から社会人までに1on1を提供する中で、自力で思考を整理しようとする方をたくさん見てきました。 ノートや付箋、ホワイトボード、タブレットを使って。箇条書き、ロジックツリー、マインドマップetc。スマホのメモ機能、notion、最近はmiroを利用す

        ほとんどの悩みは待っていても消えない

          就活生と海外留学生と総合型選抜の受験生がよく陥る過ち

          高校生・大学生と話す日々、その中には多くの就活生、海外留学生、大学受験生がいます。ES(エントリーシート)やエッセイや小論文について悩み、考えている学生の話をよく聴く機会があります。 この「何を書けばいいか」という悩みを抱える学生は、よく混同していることがあります。 それは、今悩んでいるのは(=考えたい、解決したい)のは、 a. 「私が何を考えているか」なのか、 b. 「どうしたら合格するのか」なのか、 ということです。 aの課題は"自己理解"です。私は何をしたいのだろ

          就活生と海外留学生と総合型選抜の受験生がよく陥る過ち

          いい1on1は、世界が喜んでる

          今日最後の1on1ミーティングは、とてもいい1on1でした。 大きな変化の瞬間(正確には、それに気づいた瞬間)に立ち会えた気がしました。 いい1on1というのは聴き手の勝手な"手応え"で測るのではなく、話し手が何を得たかで測るべきだと思っています。その点において、当該の1on1は彼女自身が、1年前と比較した際の大きな変化を感じられたいい1on1だったのではないかと思います。 今日起きたことは"貪欲さ"、あるいは"希望"みたいな言葉で語ることができるのだと思います。 これ

          いい1on1は、世界が喜んでる

          何のために1on1するのか(のうちのひとつ)

          何のために1on1するのかは、ひとえに利用者(話し手)のためなのだけれども、ではその利用者は何を望んでいるかということの1つに、自分の才能を知りたいということはあると思う。 「やれと言われなくても、それをやってしまう」ようなことって、息をするように無意識にやってることだから、えてして自分だけじゃ見つけられない。自分ひとりだと。だからそれを見つけることを支援したい。それに出会ったときの感動と興奮といったらないですよ。本人の(驚きを伴った)感動と興奮はそれ以上ですけどね。 こ

          何のために1on1するのか(のうちのひとつ)

          人が、人の話を聴けるようになるためには

          「自信があるときは、人の話が聴けるんだ」 「自信がないときは、こうしておしゃべりになってしまうんだ」 昨晩、友人が何気なく漏らした言葉。そうなのかもしれない。

          人が、人の話を聴けるようになるためには

          ChatGPT、AI、大学教育、そして企業の採用基準

          アメリカで、学生が提出したのがいい論文だと思ったらChatGPTだったって話。 中村 伊知哉さん(政策学者・教育者)も早速「非AIで論文を書かせる教育の意味が問われている。」と反応していた。 大昔は、コピペが問題になった。そのあとにはwiki参照(あるいはコピペ)が。コロナでリモートになった際には、zoomやLINEで繋がりながらの試験などもあった。どれもすばらしいアイデアだけど、どれもバレるとダメだった。 そして今度は、AIで論文が書けるし、絵だって描けるってことですね

          ChatGPT、AI、大学教育、そして企業の採用基準

          1on1について 日米比較、あるいは誰がやるか問題

          1on1ミーティングを学びたい人が多いらしい。どうやるとか、進め方とか、話題はなんだとか。困ってる人がいるみたいです。会社などでの役割で、誰かに1on1をすることになったと。 ほとんどの人の共通点は、いい1on1を受けたことがないことなのかな。その経験があれば、少なくとも真似ることができるはずなので。 いずれにしても、1on1って「手段」なので、まずは「目的」を明確にした方がいいと思うんです。そして「目的」によって「手段」の使い方が変わるからいい1on1ってなんだろう?っ

          1on1について 日米比較、あるいは誰がやるか問題

          映画『C'mon C'mon(カモン カモン)』を観て

          ホアキン・フェニックス(『ジョーカー』『her』)主演、マイク・ミルズ監督・脚本の『カモン カモン』について。 ※大したネタバレはないと思います 「最高に愛おしい物語」「圧倒的な多幸感」 って感じで宣伝では語られているけど、僕が感じたのは"絶望"だった。 そして考えたのは"絶望"について、反対側にある"希望"について、それらに加えて、その架け橋になる気がした"大人の中にある子ども的な部分"についてだった。 1. "絶望"について 主人公は9歳のジェシー、そしてその叔父

          映画『C'mon C'mon(カモン カモン)』を観て

          10代の葛藤を目の前にして、私たちは無力なのか

          僕たちは日々、高校生・大学生年代と1on1ミーティングをしている。オンラインで実施しているので、学生は全国・世界各地から参加している。高校生・大学生だけでなく、高専生、浪人生、休学中、大学院生もいる。 月1回・1時間の1on1を、何ヶ月も何年も続けている人がたくさんいる。長い人はもうすぐ4年にもなる。毎月、毎月、我々を通して自分と対峙するのである。いいことばかりなはずがない。できなかったことも悔しい思いも振り返る。目を逸らさずに、自分の本心を吐露する。すごいことだと思う。本

          10代の葛藤を目の前にして、私たちは無力なのか

          図書館で、心の声が漏れちゃってる人がいた。

          音を立ててはいけない場所の代表格「図書館」。咳払いや衣ずれの音まで聞こえてくる稀有な環境。歩くとき、ペンでノートに書くとき、本のページをめくるときに緊張感が漂う。 昨日、とある図書館に行ったときのことです。コロナの影響で予約制、滞在は3時間に限られていたので、僕は最初に読みたい本を3冊ほど選んで、近くの机に陣取り、せっせと調べものをしていました。時間が有限なこともあり、スマホの電源も切って、かなり集中できていた気がします。 そんなときです。後ろの方から、 「そういうこと

          図書館で、心の声が漏れちゃってる人がいた。

          あきらめたこと、ありますか。

          安西先生(スラムダンク)の影響もあり、"あきらめる"にポジティブなイメージはまったくなかった。ダメなこと。負けた。逃げた。避けた。かっこわるい。恥ずかしい。ネガティブなことしか浮かばなかった。 "あきらめる"ということは、憧れとか、夢とか、目標とかがあってのことだと思うんだけど、少し昔の話、僕の憧れには2種類あることに気づいた。 1つは、なれそうな憧れ。がんばれば手が届きそうな。僕の路線の延長はここにあるような。努力は要するけど現実的。そんな対象。 もう1つは、ちょっと

          あきらめたこと、ありますか。

          登りやすそうな木があると今でも"あっ"と思うことについて。

          通りすがり、登りやすそうな木があると「あっ」と思う。あそこに足をかけて、あそこなら座れそうだ、ちょっと届かないかな…なんて。登りもしないのに。でも何となく木登りへの憧れみたいなものがあるのかもしれない。 子どもがいるので、うちの子目線でも考えたりする。同じように、あそこなら届くかな、この景色は気持ちいいんじゃないか、怖がるかな…と。僕とは違って、子どもは登ろうとするから、こっちの想像はいつか役に立つかもしれません。 木登りの魅力は、ざっと、①登るときのアスレチック的なおも

          登りやすそうな木があると今でも"あっ"と思うことについて。

          「好き」で「得意」でも足りない

          「キャリアを選択する際に、自己分析の一環で"好きなこと"や"得意なこと"について考え、反映させることは良いことである」 と、されています。 しかし「好き」で「得意」なことを選択しても、うまくいかなかったり、幸福になれないこともある。つまり、それだけでは不足で、不十分だということになる。それを先日、大学生のAさんが示唆してくれました。 では何が必要なのか? それが今回の主題です。 「不安定」な時代 Aさんは、キャリア選択で悩んでいる大学生です。Aさんには「好き」で「得意」

          「好き」で「得意」でも足りない