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【中編】バブル崩壊からパンデミック時代を生きる老舗旅館の15代目のこれまでとこれから


前編ではバブル崩壊と共に思春期を迎え、故郷に希望も持てずに東京へ。リーマンショックが起きた2008年に実家の事業再生のため事業継承をし様々なプランや企画を立ち上げ経営者として何とか歩き始めたまでを書きました。中編では旅館だけでなく温泉街を舞台に様々な企画をし続けた時期のことを書きたいと思います。

前編は以下のリンクよりご覧ください。

チームUreshinoというゆるい集まり

24歳で旅館大村屋の代表になり、自動的に旅館組合などの理事に。嬉野で一番古い旅館の一番若い理事になりました。そして同時に旅館組合の青年部にも入りました。重鎮ばかりの理事会と青年部。どちらも大事な組織ですが、ここに来ない来れない次世代を担う同世代ともっと話したいと思っていました。

家族+αで経営していることが多い地方の自営業者の若手や主婦は現場や家庭において人工(にんく)として存在が大きい。だから組合活動や会合などにも出ていき難いし、会議室がオジサンばかりになるのだろう。(コロナ禍以降zoomなどが広まりこういった制約がある方でもオンラインで参加できるよう会合が増えればいいなと思っている。)

当時の「じゃらん」の担当者が面白い方で営業もせずいつも世間話のような妄想話を繰り返していました。「最近若い後継者の方、若干名帰ってきてますよ」という話を聞き、その方を通してじゃらんnetの管理画面の触り方やブログの書き方などの勉強会を開催することに。そんな感じで月に一度集まり段々と仲良くなり始まったのがチームUreshinoです。

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出欠などは取らず、今日集まったメンバーが「今日のチームUreshino」。そんな緩さと曖昧さを大切してきました。

旅館vs宿泊者 スリッパ温泉卓球大会

チームUreshinoの勉強会の輪も定着し、何かゲストに楽しんでもらうイベントしようということになりました。とある旅館の倉庫に使っていない卓球台がある。それを使って「卓球大会をしよう」、普通の卓球じゃ面白くないから「旅館のスリッパを集めてそれをラケットにしよう!」というアイディアでまとまり、それから7年間、毎月最終日に開催したのがこの企画・・・・

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ルールは・・・①5点マッチ、②サーブは常にお客様から、③ラケットは旅館のスリッパ、④デュースはなし、⑤細かいルールは気にしない

そして、"お客様を楽しく勝たせる"という接待卓球。

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審判員として嬉野にあるテーマパーク「肥前夢街道」の忍者さんにきてもらい、お客様が負けそうになると"忍法ネット移動!"が始まったり審判が手を出したり何でもありのエンタメ卓球として人気企画に成長しました。


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しかし、スリッパ卓球には裏テーマがありました。本来、集客目的のイベントであれば週末の金曜土曜の夜にやるべきところですが、我々は現場もあり出れない。だから、お客様がそこそこいて僕らも出やすい月末の最終日曜にしました。

「月に一回、みんなで会って話せる。語れる」それが一番の目的。

スリッパ卓球というと家族に対しても街のためのイベントだから堂々と外出できる。ハーフオフィシャル:半分仕事、半分楽しみ。その緩い時間が次の企画やお互いの夢や苦悩を語りあう大事なきっかけとなったのです。

ガイアの夜明け

2010年4月、そういった取り組みがとある経済番組にも取り上げられました。

11年も経つと旅館内もだいぶ変わっているし、自分も若い。。。

あの頃が本当にガムシャラに思いついたことをすぐ何でもやってました。ここに出てるプランも現在はやっていませんが、今の活動に通じる大事な時間だったと再確認。

その後いろいろな企画を連発

スリッパ温泉卓球をきっかけに温泉街や宿を使い色々な企画をおこなってきました。その中いくつかをご紹介したいと思います。

スナックサミット

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スナックサミットは温泉街にあるスナックを再評価、再定義しようというイベント。スナックは「Japanese Pub」である。ローカルの人がいて、ローカルの酒があり、ローカルの言葉が聞こえ、日本の歌がある。

私たちがヨーロッパに旅行するとその地元のパブに行ってみたいように日本のスナックは表層的な観光では感じ得ない、リアルな地域を体験できる場所なのではと思っています。

イベントにはスナックを愛する浅草キッドの玉ちゃんにもきてもらいさらには玉ちゃんの番組「玉袋筋太郎のナイトスナッカーズ」の収録もしていただくという盛り沢山のイベントになりました。

雑誌ブルータスのスナック特集が2015年なので少し先をいってたかも。

宿シネマ

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宿シネマは団体客も減少傾向にあり宴会場の稼働率も減っている。その宴会場を利用して佐賀市にあるミニシアターの協力の元、映画上映をしたりとか。

ホタルバス

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嬉野は盆地地形で温泉街から10分〜15分くらいで自然豊かな山があります。そこにはいくつかの蛍スポットがありそこをお客様に見せない手はないだろうと企画。元々6月が一番閑散期であるがホタルバスは搭乗率ほぼ100%で閑散期の底上げに寄与。こちらは毎年恒例の企画となっています。

もみフェス

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旅館の中にエステやクイックマッサージができて鍼灸師"あんまさん"の仕事が減っている。そんな話を聞いてはじまった企画です。旅館宴会場にマッサージブースを作り、ワンコイン500円でいろいろなマッサージ師を試せる。そして自分の体にあったマッサージ師を探して今後も嬉野温泉とマッサージをセットで楽しんで欲しい。若い方にも鍼灸師さんの技術を知って欲しい。そんな思い出はじまった人気企画。11ブースから始まり40ブースまで増えた人気企画となりました。

嬉野ディスクジョッキー実業団

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嬉野ディスクジョッキー実業団は地元の音楽好き、レコード好きによる集まり。DJ経験者はもちろん未経験者もDJのやり方を習いながら一緒に商店街のイベントやお祭りなどで好きな音楽をセレクトして場を盛り上げる。イベントでは宴席が少なくなった芸妓さんを「芸妓ダンサー」として登場してもらい温泉街ならではのDJイベントを開催中。

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その他にも様々なイベントを開催しました。

「嬉野温泉真夏の夜のレトロ映画祭」

「嬉野温泉の朝ヨガ」


「ぐい呑み手形で街歩き」


「第1回ご当地温泉卓球大会in嬉野温泉」


「24時間映像づくりゲーム」
「嬉野温泉 夏の終わりの忍びまつり」


「こんにちは、うれしの」川島小鳥写真展 at 福岡パルコ

無い物ねだりをせず今あるものを生かす

これらの取り組みの中で共通しているのは観光客が地元の人と触れ合いができるということ「町なかの温泉地」の特色を生かすということ。

2008年当時、九州の中で急激に伸びていた温泉地は”黒川温泉””湯布院”などの山間地。だからといって嬉野の旅館がみんな山の方に建て直すことなどできない。無い物ねだりをしてもキリがない。どこかの成功事例を単純に持ってきたり新しいハードを作るのではなく「今あるもの」を生かし、再編集しブラッシュアップすることを大切にしてきました。

長崎街道の宿場町として歴史を繋いできた嬉野は町、人の暮らしと共に形成されてきた「町なかの温泉地」。一つの旅館に来てもらうのではなく温泉地全体に来てもらうという意識を持って嬉野全体を好きになってもらう、愛着を持ってもらうきっかけを作りたいと考えています。

宿の中の「非日常」だけでなく、町の暮らし(日常)をゲストと共有し楽しむこと。これが私の活動の根幹となる思想です。

ゲストハウスのような旅館?

「旅館」というと会席料理が出て、和室があって、着物をきた女将がいる。そんなイメージがあるかと思います。あと何となく敷居が高い。それもそれで良いものとは思いますが、私は気軽に立ち寄れる場所にしたかった。そして、もっと宿のオーナーの個性を出してもいいのではないかと思っていました。

「全国どこの旅館も同じような設えや料理で今どこにいるのか分からなくなる」

とある方がいったこの一言が僕の中に刺さりました。

高度経済成長と共に大きくなる前の大村屋を考えてみると10室前後の規模。私の祖父は趣味人で写真を撮って館内に暗室を作ったり、様々な収集をしたりしてたようです。きっとそういった主の趣味性をお客様と共有していたのだろう。

「ゲストハウスみたいだな」

旅館って元々はゲストハウスや民泊のようにその主のお家にお邪魔するような感覚の場所だったのかもしれない。そう思うと均一的な旅館の価値観に寄り添いすぎるのではなくもっと自由に考えていいのではないか。近年、全国各地の個性的なゲストハウスやライフスタイルホテルが魅力的なのは元々旅館が持っていた地域性やオーナーの個性を生かしている。なので私も自分が経営者である間は自分の趣味性を出そう。そう思い宿のコンセプトを「湯上りを音楽と本で楽しむ宿」としました。

レコードが楽しめる湯けむりラウンジ

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◯湯けむりラウンジ~Onsen & Music~
貸切風呂の湯上りスペース。お風呂上がりのひとときをヴィンテージオーディオで鳴らす音楽と共に過ごせます。スピーカーは70年代JBLオリンパス、アンプはマッキントッシュ。またCDだけでなく約3000枚あるアナログレコードも。
湯上り生ビールや名物の大村屋プリンも食せる大村屋の玄関口的なラウンジです。

市民セレクトの本と音楽が楽しめる湯上り文庫

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◯湯あがり文庫〜Onsen & Book〜(ディレクション:桜井祐)
大浴場の湯上りの本と音楽を楽しめるライブラリースペース。スペース奥にある本棚は選書のプロではなく地元に根付く「知」の原石を掘り出そうというコンセプトで嬉野地域や大村屋に関係のある50人に「湯上りに読みたい本」というテーマで選書をしていただき本棚を作りました。フロアにはbookMt.のオリジナルの家具。オーディオコーディネーターF.T Nextがセレクトしたハイエンドオーディオの音。
不定期で音楽ライブなど様々なイベントスペースとしても活用しています。

真空管アンプとヘッドフォンで音を楽しむ音の小部屋

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◯音の小部屋~Headphone Listening Room~
西館2階廊下の一角にある「音の小部屋」。
真空管アンプの暖かな音を高音質ヘッドフォンで楽しむ音楽リスニングルーム。

ビートルズの伝道師として活動

私はポール来日時は追っかけをするほどのビートルズマニア。その経験や知識を生かしケーブルテレビや地元FMでラジオ「レッツ!ビートルズ」を始めたりもしています。音楽をきっかけにお客様と会話が生まれたり新しい企画が始まっています。


仲間と共に作り続ける

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大村屋のリニューアルやプロジェクトは地元やその周辺の方々やその繋がりの中で出会った人と進めることを大切にしています。有名設計士の先生に頭を下げてお願いするのではなく友達から始まった設計士さん、大工さん、デザイナーさん、家具屋さん、ディレクション、編集者など。「一緒に作り続けられる」関係性のなかで館内のリノベーションやプロジェクトを進めています。

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2013年からはじまった本格的なリニューアル。

佐賀県在住の設計士、満原早苗さんとはデザイナーのユキヒラさんとのご縁で知り合いました。普段は住宅を手掛けることが多い満原さんの設計は住みたくなる心地良さがあり、ラグジュアリー方向に行きがちな宿リニューアルと一線を画する空間に。施工は波佐見のムックで知り合った里山賢太さん。みんな友達から始まった方々です。

湯上り文庫

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湯上り文庫は波佐見のイベントで知り合った編集者の桜井さんと共に考えました。ライブラリーを作りたい。しかし、ブックセレクターが選ぶカッコいい洋書が並んでいるものはちょっとうちのコンセプトと違う。。

桜井さんと話をしながら「友達の家にいった時、本棚って見てしまうよね」「嬉野の温泉街周辺の人たちに選書してもらい本棚を構成したら嬉野の人たちのプライベートを垣間見て愛着を持ってもらえるのでは」

そんな話から大村屋らしい湯上りスペースが完成しました。

外の視点で嬉野を見る

これまた波佐見ムックの岡田さんの紹介で出会った馬場雅人さんとは「Tse&Tse RYOKAN」と「こんにちは、うれしの」という企画をやりました。

「Tse&Tse RYOKAN」

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パリのライフスタイルブランド「Tsé&Tsé associees」とアッシュ・ペー・フランスが共同で展開するプロジェクト「Tsé&Tsé associees MADE IN JAPAN」のスタートを記念して大村屋の一室を「Tsé&Tsé RYOKAN」の期間限定ショールームとして使用した企画です。

デザインやディレクションでこんなに和室が変わるのかという驚きと海外のアーティストから見た旅館の視点が面白く私の思考はより開放されました。またショールームとしての旅館の利活用などその後のイベントにも繋がりました。

「こんにちは、うれしの」

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馬場さんとの企画第2弾。写真家の川島小鳥さん、台湾在住のライター青木由香さんが嬉野に数日滞在したありのままの嬉野を記録し冊子を作り、福岡パルコで写真展を開催。

小鳥さん、青木さんの視点で見た嬉野の人たちはキラキラ輝き、下手に芸能人を連れてくる必要性を全く感じなくなりました。

与えられた価値観や偶像だけでなく、目の前にあるそのままの人も町も美しい。

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嬉野、東京、台湾など色々な視点をミックスし、一緒に楽しむ。それまでどこか東京と嬉野を分けて考えていましたが、この企画のおかげでボーダレスになりました。みんな横軸につながり合う。どっちが偉いとか凄いではない。双方向に関係し合う。その後の私にとってとても大切な企画です。

嬉野茶時、コロナ、暮らし観光

こんなに多くのイベントができたのも理解ある旅館スタッフ、地域の方、そして何よりもチームUreshinoや友達、家族のおかげです。

チームUreshinoも12年経てばそれぞれ結婚し、子供ができたり、会社でも責任が出てきたり状況は変わってなかなか前のように集まれない。でも何かある時は相談しあえるのは様々なイベントを一緒に取り組んだおかげだと思っています。

次回、後編では2016年から始まった嬉野茶時プロジェクトから2021年現在までを振り返りたいと思います。ここまで読んでいただきありがとうございます。

〜後編へ続く〜

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北川健太(旅館大村屋 代表取締役)

嬉野温泉で一番古い歴史を持つ老舗旅館に生まれる。
武雄高校、日本大学文理学部卒。ホテルのプロデュース会社に就職後、2008年に25歳で15代目に就任。嬉野のまちづくりに積極的に関わり「宿泊者vs旅館 スリッパ温泉卓球大会」をはじめ「もみフェス」「嬉野ディスクジョッキー実業団」「嬉野茶時」などの企画を多数手掛けている。
2017年夏より「湯上りを音楽と本で楽しむ宿」として旅館の一部を大きくリニューアル。又ビートルズマニアの顔を持ち2019年4月からエフエム佐賀にてラジオ番組「レッツ!ビートルズ on Radio」のパーソナリティを務める。2020年4月よりPodcast「嬉野談話室」をスタート。市内外で活躍する人たちの物語(ナラティブ)を対話形式で記録し一人一人が持っている魅力を発信している。https://anchor.fm/ureshino









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