小田亮

名古屋工業大学大学院工学研究科教授/博士(理学) https://sites.goog…

小田亮

名古屋工業大学大学院工学研究科教授/博士(理学) https://sites.google.com/site/ethologyodaken/home

最近の記事

「同情の余地」とは?:返報の可能性が援助の意欲に及ぼす影響

1. 同情は何のためにあるのか まず、ある人物についての以下の説明を読んでください。 あなたはTさんにどれくらい同情しますか?また、どれくらい助けたいと思いますか? では次に、別の人物についての以下の説明を読んでください。 あなたはOさんにどれくらい同情しますか?また、どれくらい助けたいと思いますか?  援助などの利他行動は進化生物学においては、やり手の適応度を下げて受け手の適応度を上げる行動と定義されること、また利他行動に関わる遺伝子があったとすると、利他行動を

    • ヒトは進化の産物だが、遺伝子の奴隷ではない

      私たちヒトは動物の一種であり、進化の産物です。他の動物種と同様に、私たちは遺伝子の「乗り物」であり、その行動は遺伝子を次世代によりうまく伝えるように進化してきたのでしょう。とはいえ、私たちは遺伝子の奴隷ではありません。自殺や避妊、同性愛などにみられるように、現代人はしばしば遺伝子の利益にそぐわない振る舞いをすることがあります。私たちが遺伝子の「乗り物」だとしたら、なぜ、いつから私たちはそこから逃れ、自分たちは「自由」だと考えるようになったのでしょうか。遺伝か文化かという不毛

      • 5人のきょうだいか1人の他人か?

         トロッコ問題(trolley problem)については知っている人も多いでしょう。トロッコ問題はある種の思考実験であり、線路を走っていたトロッコが制御不能になったという事態を想定します。トロッコの進路には5人の作業員がいて、そのままでは全員がひき殺されてしまいます。そのとき、たまたま自分が線路の分岐器のすぐ側にいたとしましょう。分岐器を操作してトロッコの進路を変えれば5人は助かりますが、変えた進路の先には1人の別の作業員がいて、確実にトロッコにひき殺されてしまいます。この

        • 目の絵があると寄付が増える?

          目の絵や写真があると利他性が高まるという現象と、その適応的な理由については「「利他的な嘘」に目の効果はあるのか?」という記事で述べました。そこにもあるように、必ずしも利他性が高くなるわけではない、という研究も数多くあることを忘れてはいけません。人間行動の研究にはノイズが多いので、ひとつやふたつの研究結果で納得するのではなく、さまざまな条件での研究を繰り返す必要があります。これまでオンライン調査や実験室における実験など、いろんな研究が行われてきましたが、ここでは、実験室の外で目

        「同情の余地」とは?:返報の可能性が援助の意欲に及ぼす影響

          利他主義者は目を見れば分かる?

          進化心理学は心理学の一分野であって、心の進化について研究しているわけではありません。では何をやっているのかというと、他の実証的心理学と同じく、心の仕組みについて仮説を立て、それを調査や実験によって検証しています。ただ、その際に「仕組みは機能を反映する」という考え方から仮説を立てます。心が自然淘汰の産物だとすると、適応という機能を果たしているはずだし、そのための仕組みを備えていると考えることができるからです。もちろん、そうではない可能性もあります。しかし、適応という視点から心の

          利他主義者は目を見れば分かる?

          「利他的な嘘」に目の効果はあるのか?

          映画「シンドラーのリスト」でも有名なオスカー・シンドラーは、ナチスの党員でした。しかしその一方で、彼は私財を投じて1,200人ものユダヤ人を虐殺から救いました。その行為はもちろんナチスの規範に反するものです。この例のように、社会や自分の属する集団の規範を守ることと、他者を助けることとは必ずしも一致しません。寄付などの他者に対して利他的にふるまう場面において、目の絵や写真を置いておくと利他性が高まる、という研究があります。一方で、目の絵や写真があるとゴミのポイ捨てや自転車泥棒と

          「利他的な嘘」に目の効果はあるのか?

          感情は何のためにあるのか:目撃者と罪悪感

          1. 感情の機能  私たちヒトは、豊かな感情をもっています。「感情的になる」という言葉はネガティブな意味で使われることが多いようですが、感情というと、何か原始的なものだというイメージがあるからかもしれません。しかし、感情のなかには、私たちが社会環境のなかでうまく振る舞っていくために役立っているものもあるのです。  例えば、ヒトには羞恥心や罪悪感といった道徳的感情がありますが、経済学者のロバート・フランクは、このような道徳的感情は、まず人間の行動を導き、目先の報酬を追い求め

          感情は何のためにあるのか:目撃者と罪悪感

          道徳は何のためにあるのか:不作為バイアスと共通知識

          有名人の不倫がよく話題になります。例えば不倫をした芸能人は、けしからんと言って責められたり、出演がキャンセルになったりしますよね。あれはなぜなのでしょうか?たしかに不倫は道徳に反することですが、犯罪ではありません。また多くの人は当の本人には会ったこともないわけですし、それで自分が何か被害を受けたわけでもありません。それなのになぜ責めるのでしょう?そうやって他人を叩くのが気持ちいいからだ、という人もいるかもしれませんが、ではなぜ気持ちいいと思うのでしょうか?  不倫以外にも、私

          道徳は何のためにあるのか:不作為バイアスと共通知識

          遺伝率は「親から子へ何%遺伝するか」という値ではない

          遺伝率(heritability)は非常に誤解されやすい概念です。どれくらいかというと、講義で教えているのに、試験をすると全く違うことを書いてくる学生がかなりいます。遺伝率と聞くと、ある特徴が親から子へ何%くらい遺伝するかという値だと思ってしまうのはまあ無理もないのですが、実はそうではありません。ここでは、遺伝率とは何かということについて、できるだけ簡単かつ平易に解説したいと思います。  ここで「遺伝率」として取り上げるのは、ヒトの様々な特徴の遺伝率です。ヒトの場合は家畜や

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          進化心理学5つの誤解

          物理学や数学などとは異なり、心理学は自分自身のことでもあるので、ネットで聞きかじった生半可な知識で理解したつもりになってしまうことが多いようです。本くらい読めばいいのにと思うのですが、最近では大学生ですらろくに本を読みませんから、無理もないのでしょう。ここでは、進化心理学についてのよくある誤解を取り上げます。進化心理学は単なる知識や方法論の一体系でしかなく、残念ながらそこには「フォース」などありません。 1. 進化心理学は心の進化についての学問である  進化心理学は、心の

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          環境をつくるサル:ニッチ構築と人類進化

          これは、「工科系学生のための<リベラルアーツ>」(知泉書館)のために書かれたものの、使われなかったボツ原稿を改変したものです。工学部生に向けて、工学を多様な視点から捉えてもらうことを意図しています。 1. テクノロジーの起源?  現在、世界の人口は80億人にのぼるといわれています。現代人は地球上のあらゆる地域に広がっていますが、これがすべてホモ・サピエンス(Homo sapiens)という学名をもつひとつの種だというのは、皆さんも常識として知っていると思います。人類がこの

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          サルでもわかるプライス方程式

          プライス方程式(Price equation)は、ある遺伝的な形質の、次世代への伝わり方についての式です(註1)。つまり進化の方程式といってもいいでしょう。この場合の「遺伝的」というのは遺伝子による伝達のみを指すものではなく、例えば文化的な形質が社会的に伝達される場合にも当てはまります。つまり、文化進化についても適用できるということです。さらに、この式を拡張することにより、利他行動が進化する条件についても知ることができます。利他行動の進化については、その要因として血縁淘汰理論

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