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「同情の余地」とは?:返報の可能性が援助の意欲に及ぼす影響


1. 同情は何のためにあるのか

まず、ある人物についての以下の説明を読んでください。

Tさんは、カフェを経営しています。Tさんは仕事のかたわら、カフェを子ども食堂として地域の人に利用してもらっています。余暇にはパソコンでゲームをしたり、インターネットを見たりして過ごしています。カフェの経営が順調だったので、Tさんは事業拡大をしようとしましたが、ちょうど新型コロナウイルスが流行し、客足が激減した結果、倒産してしまいました。

あなたはTさんにどれくらい同情しますか?また、どれくらい助けたいと思いますか?

では次に、別の人物についての以下の説明を読んでください。

Oさんは、居酒屋を経営しています。Oさんはかつてこの居酒屋で地元の高校生に酒を提供し、風営法違反で罰金を科せられたことがありました。余暇にはあちこちに写真を撮りに出かけています。居酒屋の経営が順調だったので、Oさんは事業拡大をしようとしましたが、新たに出店した先での客足が伸びず、その結果、倒産してしまいました。

あなたはOさんにどれくらい同情しますか?また、どれくらい助けたいと思いますか?

 援助などの利他行動は進化生物学においては、やり手の適応度を下げて受け手の適応度を上げる行動と定義されること、また利他行動に関わる遺伝子があったとすると、利他行動をやればやるほど適応度が下がるので、このような遺伝子は減っていく、つまり生物は利他行動をしない方向に進化していくと考えられることについては、「サルでもわかるプライス方程式」や「利他主義者は目を見れば分かる?」といった記事で解説しました。そこで重要になるのが「正の同類性」でした。非血縁の個体間での利他行動の場合、たとえ利他行動によって損をしても、後でお返しがあれば埋め合わせができるので、ちゃんとお返しをしてくれる相手とだけ選択的にやり取りができていればいいのだ、ということでしたね。
 進化心理学の視点から、私たちヒトにはそのような条件を確かにするための心理的な適応があるのではないかと考えられます。具体的には相手の利他性を検知したり、非利他的な人を特に記憶していたりということが明らかになっていますが(1-2)、ヒトに備わった豊かな感情もまた、そのような適応のひとつではないかと考えられます。例えば罪悪感が、他者との協力関係を維持していくために行動を誘導する働きをしているのではないか、という話は「感情は何のためにあるのか:目撃者と罪悪感」という記事で紹介しました。今回、罪悪感に続いて私たちの研究室で着目したのが「同情」です。同情を感じることにより、私たちは苦境にある他者をかわいそうだと思い、その人を助けるための利他行動を起こそうとします。互恵的利他主義の理論を提唱したトリヴァースは、同情には他者への利他行動を動機づけ、その相手と新たな互恵的な関係を構築するきっかけをつくる機能があるのではないか、と述べています(3)。正の同類性の考え方から、私たちは着実にお返しをしてくれるような相手に対してより同情を感じ、助けようとするのではないかという仮説が立てられます。
 では、どのような相手が「着実にお返しをしてくれる」のでしょうか?そもそも助けを必要としている人は困っているわけですが、その原因が手がかりになります。新型コロナウイルスの流行で倒産してしまった人と、事業拡大をしようとして倒産してしまった人の、どちらにより同情しますか?おそらく多くの人は前者だと思います。なぜなら、自分のせいで困った事態になっているわけではないからです。自分のせいで失敗した人は、その人自身に能力がないからそうなったと考えられますよね。そのような人を助けても、お返しをしてもらえる可能性は低いでしょう。一方、たまたま運が悪くて失敗してしまった人は、少なくともその人自身の能力が低いからとはいえません。ということは、そういう人の方が後でお返しをしてもらえる可能性が高いということです。
 お返しの可能性についてのもうひとつの判断材料として考えられるのが、相手の性格です。性格は、その人の行動傾向の手がかりとなるからです。なかでも、向社会性や誠実さが大きく影響するでしょう。苦境に立たされた原因の如何によらず、日頃から向社会的で誠実な人の方が、そうでない人よりも積極的にお返しをしようとすることが期待できます。実際、私たちは向社会的で誠実な人が失敗したときの方が、そうでない人が失敗したときよりもより同情するのではないでしょうか。そもそも、いくら相手の能力が高くても、性格が悪ければお返しをしてくれない可能性が高いですよね。ここで重要なのは、お返しが期待できる、ということが必ずしも意識されていなくてよい、ということです。自分はそんな打算的なかたちで同情を感じているわけではない、心からかわいそうだと思っている、という人も多いでしょう。しかし、動機はどうであれ結果としてお返しがあればいいわけです。たとえ無自覚でも、よりお返しが期待できる相手に同情を感じるメカニズムの方が、そうではないメカニズムよりも自然淘汰において残りやすいでしょう。
 こういった失敗の原因や相手の性格が、「同情の余地」といわれるものなのかもしれません。そんなことは日常的な感覚では当たり前のことだ、わざわざ調べるほどのことでもない、という人もいるでしょう。ただ、これらの要因はどのように私たちの同情や、助けるかどうかの判断に影響しているのでしょうか?失敗の原因と相手の性格は、それぞれ独立して影響しているのでしょうか、それとも、互いに強めあっている、つまり自分のせいではないのに失敗した場合、誠実な人の方がより同情を集めるということがあるのでしょうか?それを知るには、調査が必要です。

2. 人はどんな相手に対して同情するのか?

 私たちの研究室では、場面想定法を用いて、同情と援助の意思について調査しました(4)。冒頭で読んでもらったシナリオは、実際の調査で使われたものの一部です。まず調査1においては、向社会性が連想される職業(介護職)に就いていて、熱心に働いているNさんと、特に向社会性とは関係しない職業(事務職)に就いていて、あまり根気がないTさん、向社会性が連想される活動(ボランティア)をしていて、誠実だという評判のKさんと、余暇はダラダラと過ごしていて、自己中心的だという評判のSさんという4人の人物を想定しました。さらに、これらの人物が失職した原因として、勤め先が火事になってしまったこと(他責)と、寝坊して大事な約束に遅れてしまったこと(自責)のふたつを用意し、向社会性あり/なしと他責/自責を組み合わせたシナリオを4つ用意しました。これらを参加者に読んでもらい、登場人物が1. 失職したことにどれくらい責任があるか、2. どれくらい同情を感じるか、3. どれくらい信頼できるか、4. どれくらい共感するか、のそれぞれについて1(全くない)から9(非常にある)までの9段階で評価してもらいました。さらに、「言葉をかける」「職探しを手伝う」「お金を貸す」「お金をあげる」といった援助行動のそれぞれについて、登場人物にどのくらいしてあげたいと思うかについても、1(全く思わない)から9(非常に思う)までの9段階で評価してもらいました。
 結果を分析すると、まず責任については、登場人物の向社会性にかかわらず、自責の方が他責よりも責任があると評価されていました。シナリオの自責/他責の操作はうまくいっていたということです。同情の程度ですが、まず向社会性がある人物の方が、ない人物よりも同情を集めていました。また他責の場合の方が、自責の場合よりもより同情されていました。やはり、相手の性格や能力は、援助の動機づけに影響しているようです。さて、問題はこれらの要因間の関係です。統計的な分析の結果、相手の性格と能力は、それぞれ独立して同情の程度に影響している、ということが分かりました。
 援助行動についてはどうだったのでしょうか。「言葉をかける」「職探しを手伝う」「お金を貸す」「お金をあげる」は、援助のコストが低いものから高いものという順になっています。やはり、援助のコストが低いものほど、してあげたいと思う傾向が強くなっていました。また、これらの行動についても、向社会性がある人物の方がない人物よりも、また他責の場合の方が自責の場合よりも、より援助してあげたいという傾向がみられました。ただ、援助のコストが高くなると、そのような差は小さくなっていくようです。同情と同じく、他責の場合には向社会性の高い人の方をより助けたいと思う、というような相互作用の傾向はみられませんでした。どうやら、相手の性格と失敗の原因についての情報は、私たちのなかで別々に処理されているようです。

3. 援助のコストを数値化する

 調査1では、相手をどれくらい助けたいか、という意欲について、援助行動を想定し、その強さをリッカート尺度という1次元のスケールにおいて数値を選んでもらう、という方法を用いて測定しました。しかし、例えばある回答者が「お金を貸す」について「9」を選んだとして、それにどこまで現実が反映されているのでしょうか。数字を選ぶだけなら、1でも9でも手間は同じです。特に利他行動の場合、やり手がコストを払っている、ということが重要になります。実験室での実験なら、例えばお金を使うことによって参加者がコストを払う意思を測定することができます。しかし、実験室実験は参加者を集めるのが大変だし、お金や時間のコストも馬鹿になりません。より簡便な質問紙調査において、回答者に現実のコストを払ってもらい、それを測定することはできないでしょうか。
 そこで考案されたのが、「チェックボックス法」です(5)。これはスケールの代わりにチェックボックスを多数並べて、同意する数値まで順番にチェックを入れてもらうという方法です。私たちがWeb調査で使っているのは、画面上に小さなチェックボックスを横に10個、縦に10列、全部で100個並べたものです(図1)。ボックスには番号が振ってあり、1から順にひとつずつチェックしていかないとエラーになるようにしています。ポインタや指で順番にチェックしていくことは、大した手間ではありません。しかし、それなりにめんどくさい行為ですよね。少なくとも1から9までの数字をひとつ選ぶよりはコストがかかるし、数字が大きくなるほど回答コストも高くなります。逆に大した手間ではないからこそ多くの人を対象とした質問紙調査でも使用することができ、現実にコストをかける意思を定量化できます。

図1 調査に使用したチェックボックス

 調査2では、シナリオの登場人物をどれくらい助けたいのかについて、このチェックボックス法を用いて測定しました。また、調査1のシナリオでは登場人物の性格を「向社会性あり/なし」としていましたが、このコントラストが弱かったので、原因とのあいだに相互作用がみられなかった可能性が考えられます。そこで調査2では、登場人物の性格を「向社会的/反社会的」という、よりコントラストの強いものにしました。冒頭で読んでもらったシナリオは、この調査で実際に使われたものの一部です。まず全員をカフェや居酒屋の経営者として、町内会に積極的に参加するKさん、参加せず町内会費も払わないNさん、自分のカフェを子ども食堂として提供しているTさん、自分の居酒屋で未成年に酒を提供したOさんという4人の人物を想定しました。困窮の原因として、新型コロナウイルスの感染拡大による倒産(他責)と、経営拡大策の失敗による倒産(自責)のふたつを用意し、向社会性的/反社会的と他責/自責を組み合わせたシナリオを4つ用意しました。参加者にはまず、登場人物について1. どれくらい同情を感じるか、の他に、2. どれくらい信頼できるか、3. どれくらい軽蔑するか、4. どれくらい不愉快になるか、5. どれくらい感心するか、6. どれくらい親しみを感じるか、のそれぞれについて1(全くない)から9(非常にある)までの9段階で評価してもらいました。次に、登場人物をどれくらい助けたいと思うかについて、上記の100個のボックスを0個(全く助けたくない)から100個(非常に助けたい)までチェックしてもらいました。
 さて、結果はどうなったでしょうか。まず「信頼」と「感心」「親しみ」については反社会的な人物よりも向社会的な人物の方が高くなっていました。一方、「軽蔑」と「不愉快」については反社会的な人物の方が高くなっていました。登場人物の性格づけはうまくいっていたようです。同情の程度ですが、まず向社会的な人物の方が、反社会的な人物よりも同情を集めていました。また他責の場合の方が、自責の場合よりもより同情されていました。さらに相手の性格と能力は、それぞれ独立して同情の程度に影響しているという、調査1と同様の結果となりました。
 ボックスのチェック数はというと、向社会的な人物に対しての方が、反社会的な人物よりも多くチェックされていました。また他責の場合の方が、自責の場合よりもチェック数が多くなっていました。こちらも統計的に分析すると、相手の性格と能力は、それぞれ独立してチェックの数に影響しているということが分かりました。回答者が実際にコストを払う場合でも、やはり向社会的な人や、自分のせいで失敗したのではない人の方がより援助を得やすいし、それらの判断は独立しているということのようです。

4. なぜ、性格と能力は独立に処理されるのか?

 困っている他人を助けることは、その相手との新たな関係を築くきっかけになります。これまでの研究で、相手の特性のうち「温かさ(親しみやすさ、親切さ、誠実さ、信頼性、道徳性に関連)」と「有能さ(知性、技能、創造性、効力に関連)」のふたつが、援助に限らず人が社会的相互作用の相手を選択する際に普遍的にみられる次元であり、なかでも温かさをより重視することが示されています(6)。温かさや有能さといった特性が個人間で異なる場合、個人間でより差があり、状況間でより差が少ない特性が、相手を選択する際の意思決定においてより有益な手がかりとなるからでしょう(7)。このように、相手の性格と能力では個人差と状況による変化の程度が違うので、異なる認知的処理がされている可能性が考えられます。

 これまで、援助行動は主に社会心理学の領域において、帰属理論によって説明されてきました。帰属理論とは、自分や他人の行動の原因を何に求めるのかという帰属過程が、どのように行われるのかを理論化したもので、援助行動については複雑な帰属モデルも提唱されています(8)。しかし、このような研究はあくまでメカニズムについてのものであり、なぜそのような帰属がなされるのか、という観点からの研究はあまりありませんでした。私たちの研究は、メカニズムには機能が反映されている、というリバース・エンジニアリングの方法論によって同情や援助行動を解明しようとしたものであり、進化心理学の有効性を示すひとつの例といえるでしょう。

文献

1) Oda, R., Tainaka, T., Morishima, K., Kanematsu, N., Yamagata-Nakashima, N., & Hiraishi, K. (2021). How to detect altruists: Experiments using a zero-acquaintance video presentation paradigm. Journal of Nonverbal Behavior, 45, 261-279.

2) Oda, R., & Nakajima, S. (2010). Biased face recognition in the Faith Game. Evolution and Human Behavior, 31, 118–122.

3) Trivers, R. L. (1971). The evolution of reciprocal altruism. Quarterly Review of Biology, 46(1), 35–57.

4) Oda, R. & Hayashi, N. (2024). Deciding who is worthy of help: Effect of the probability of reciprocity on individuals’ willingness to help others. Evolutionary Psychology, 22, https://doi.org/10.1177/14747049241254725

5) Oda, R. & Hiraishi, K. (2021). Checking boxes for making an apology: Testing the valuable relationships hypothesis by a new method. Letters on Evolutionary Behavioral Science, 12, 7-11.

6) Fiske S. T., Cuddy A. J. C., & Glick P. (2007). Universal dimensions of social cognition: Warmth and competence. Trends in Cognitive Sciences, 11(2), 77-83.

7) Eisenbruch, A. B., & Krasnow, M. (2022). Why warmth matters more than competence: A new evolutionary approach. Perspectives on Psychological Science, 17(6), 1604-1623.

8) Tscharaktschiew, N., & Rudolph, U. (2016). The who and whom of help giving: An attributional model integrating the help giver and the help recipient. European Journal of Social Psychology, 46(1), 90-109.

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