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利他主義者は目を見れば分かる?

進化心理学は心理学の一分野であって、心の進化について研究しているわけではありません。では何をやっているのかというと、他の実証的心理学と同じく、心の仕組みについて仮説を立て、それを調査や実験によって検証しています。ただ、その際に「仕組みは機能を反映する」という考え方から仮説を立てます。心が自然淘汰の産物だとすると、適応という機能を果たしているはずだし、そのための仕組みを備えていると考えることができるからです。もちろん、そうではない可能性もあります。しかし、適応という視点から心の仕組みを探ってみることで、新しい発見がもたらされることもあるでしょう。さて、私たちヒトは高度な協力関係によって複雑な社会を形成してきました。ということは、私たちの心もそれに適応した仕組みをもっているはずです。それはいったいどういうものなのでしょうか?


1. プライス方程式から何が予想されるか?

 生物一般に、ある遺伝的な形質がどのように次世代へ伝わるかということは、プライス方程式によって表すことができます。つまり、プライス方程式は進化の一般的な方程式といえるでしょう。このプライス方程式を拡張すると、利他行動の進化についてある条件を導くことができます。それは、形質が似たものどうしが集団を形成すれば、利他行動に関連した遺伝子が広がっていくことができるだろう、というものです。これを「正の同類性」といいます。
 利他行動は進化生物学においては、やり手の適応度を下げて受け手の適応度を上げる行動と定義されます。利他行動に関わる遺伝子があったとすると、利他行動をやればやるほど適応度が下がるので、このような遺伝子は減っていく、つまり生物は利他行動をしない方向に進化していくと考えられます。ところが、現実には多くの生物種では親子やきょうだいのあいだで助け合いがみられるし、私たちヒトのように、赤の他人のために寄付をしたり臓器を提供したりといった、高度な利他行動がみられる種もいますよね。なぜそうなのか、というと、利他行動によって個体の適応度は下がるかもしれないが、利他的な個体どうしで集まることができれば、集団レベルで適応度を上げることができるからだ、というのがプライス方程式の拡張から導かれる結論です。これを「複数レベル淘汰」といいます。プライス方程式については別の記事「サルでもわかるプライス方程式」を参照してください。
 正の同類性が実現されやすいのは、ひとつには血縁集団です。なぜなら、血縁集団は同じ祖先からきた特定の遺伝子を高い確率で共有しており、また血縁個体どうしは近くにいることが多いので、関わりあう機会も多いからです。私たちは親子やきょうだいどうしが助け合うのは当然と思っていますが、血縁どうしのあいだで利他行動がよくみられるのは、そのような理由によるのです。ただ、正の同類性が実現できれば、必ずしも血縁どうしでなくとも利他行動は進化することができます。非血縁間の利他行動の進化を説明するものとして互恵的利他主義の理論がありますが、互恵的利他主義が成り立つためには、フリーライダー、つまり助けてもらうだけでお返しをしない人が排除される必要があります。これはつまり、ちゃんとお返しをする人だけで集団を形成するということですから、やはり正の同類性なのですね。そこから何が予想されるのかというと、おそらく私たちの心には、正の同類性を保つような仕組みが、適応によって備わっているのではないか、ということです(1)。

2. 人は見た目で分かる?

 さて、ここからが心理学の話になります。いかにフリーライダーを防ぐか、ということが正の同類性にとって重要だったわけですが、最初から利他性の高い人を選んで、その人たちとだけやり取りをすれば、フリーライダーに出会う可能性は低くなります。そこから、私たちには相手の利他性を判断する心の仕組みがあるのではないか、という仮説が立てられます。
 そこで私たちの研究室では、ある実験を行いました(2)。どういう実験かというと、まず利他性の高い人たちと低い人たちを選び出します。これらの人たちを「ターゲット」と呼びますが、その人たちと実験者が会話をしているところを撮影します。その動画を第三者に見てもらって、動画への反応を調べようというものです。個人の利他性の高さを測る尺度を69名の日本人男子大学生に実施し、最も点数の高かった上位7名(高利他主義者)と低かった下位7名(低利他主義者)を選出しました。これらのうち、実験への協力を承諾してくれた高利他主義者6名と低利他主義者4名について、実験室で初対面の実験者と会話をしているところを撮影させてもらいました。実験者と対面してからの最初の30秒間の動画から音声を消したものを、実験用の刺激動画として用いました。
 この動画を、ターゲットとは全く面識のない別の大学の学生に観てもらい、ターゲットを相手とした分配委任ゲームをやってもらいます。分配委任ゲームとは経済ゲームの一種で、お互いに面識のない参加者のペアにより1回だけ行われます(3)。ペアは分配者と被分配者に分かれ、分配者はある金額(例えばX円)を実験者より与えられます。分配者はそのX円を被分配者とのあいだで分け合うように教示され、分配者が決定したとおりに分配者自身の報酬は決まります。一方、被分配者には分配者がどのように分配したかは知らされません。被分配者の選択肢はふたつあります。ひとつは分配者に分配を委任して、 分配者が分配したとおりの金額をもらう(委任選択)、もうひとつは、委任せずに実験者から確実な金額P円(ただしX円の半分より少ない)をもらう(確実選択)というものです。この分配委任ゲームでは、分配者は被分配者に確実にP円もらうという選択が与えられていることを知らされていません。つまり、被分配者にどれだけの金額を分配するかは、純粋に利他的な行動としてとらえることができるわけです。
 実験参加者には、動画の人物を分配者、自分を被分配者としてこの分配委任ゲームを行ってもらいました。参加者には、実験者からもらった300円を、100円単位で見知らぬ相手と分けるとしたらいくら相手に渡すか、ということをあらかじめ動画の人物に聞いてある、という教示をし、動画の10名それぞれについて300円を委任するか、それとも委任せずに確実に100円もらうかを決めてもらいます(図1)。

図1 今回の実験で用いた分配委任ゲーム

もし相手が200円以上自分に分配してくれるような利他的な人物なら委任した方がいいし、全く分配してくれないような非利他的な人物なら、委任せずに100円を確実にもらった方がいいということになります。全部で40名の大学生にゲームを行ってもらい、動画の人物に委任した場合にはその人物に1点、委任されなかった場合には0点を与えて、高利他主義者と低利他主義者のあいだで得点を比較しました。その結果、高利他主義者の方が低利他主義者よりも多く分配委任されていることが明らかになりました。これはつまり、参加者が高利他主義者に対して、より自分に多く分配してくれるだろうという期待を抱き信頼したということを示しています。このように、30秒間の動画を見ただけで、その人が利他的かどうかということがある程度判断できるということが分かりました。これは、利他性について正の同類性を保つための認知的な適応なのではないかと考えられます。

3. 何が見極めの手がかりとなっているのか?

 私たちには他者の利他性を見極める能力があるのではないか、という話でしたが、では、何がその手がかりとなっているのでしょうか?
 候補のひとつが、眼輪筋による目尻のしわです。その形状から「カラスの足跡」などともいわれていますが、人が心から笑っているときに、眼輪筋が動いて目尻にしわができることを最初に指摘したのは、19世紀フランスのギョーム・デュシェンという神経学者でした。そのことからこの微笑みは「デュシェン・スマイル」と呼ばれることもあります。この眼輪筋の耳側は、意識的に動かすことが難しいとされています。ゆえに、目尻のしわを見ると、その人物が心から笑っていることが分かるわけですね(ただし、「カラスの足跡」は意識的につくることができるという研究もあります)。私たちは、実験に使った高利他主義者と低利他主義者の動画を、1秒ごとのフレーム単位で分析してみました。額にしわがよる頻度、うなずきの頻度、微笑みあたりの時間、微笑みの左右対称性、そして眼輪筋が動く程度について調べたのですが、動画の人物の利他性と高い相関があったのは、眼輪筋が動く程度でした(4)。利他的な人ほど目尻のしわがよくできていたということです。
 眼輪筋の動きが手がかりになっているのなら、それが使えないときには利他主義者の見極めもできないはずです。そこで、顔の上半分と下半分のそれぞれを隠した動画について、同様の見極め実験を行いました(5)。それぞれの人物の顔の鼻から上半分にモザイクをかけたものと、下半分にモザイクをかけたものを用意します。それらについて、先の実験と同様に、実験参加者に分配委任ゲームを行ってもらいました。見極めが正しくできているかどうかの指標としては、信号検出理論を用いました。参加者の委任については、次の4つのパターンに分けられます:1)高利他主義者に委任する(正解)、2)低利他主義者に委任する(誤った信号の検知)、3)高利他主義者に委任しない(見逃し)、4)低利他主義者に委任しない(正しい排除)。例えば10人のターゲット全員に委任すれば100%の正解となりますが、一方で誤った委任も多くなります。逆に、全員に委任しなければ、誤った委任を減らすことはできますが、正解も無くなりますよね。つまり、いかに正解を増やし、誤った委任を減らすか、ということが見極めの精度となります。信号検出理論では、これをd’という指標で表します。このd’が正の値に大きくなるほど、見極めの精度が高いということがいえます。信号検出理論について詳しく知りたい人は、ピンカーの著書に分かりやすい解説があるので参照してみてください(6)。
 さて、結果はどうなったのかというと、下半分にモザイクをかけた、つまり鼻から上が見えている動画についてはd’が正の値となり、ゼロとのあいだに統計的に意味のある差がありました。つまり、見極めができていた、ということになります。しかし、上半分にモザイクをかけ、鼻から下しか見えない動画では、d’の値はゼロより大きいとはいえませんでした。これは、おそらく目や目元のあたりを手がかりとして利他主義者の検知が行われていることを示唆します。ピンポイントで眼輪筋の動きとはいえませんが、その可能性は高いといえるでしょう。
 ちなみに、同じ動画をフランスの大学生に見てもらい、利他性の判断をしてもらったのですが、フランス人の参加者には高利他主義者と低利他主義者の違いが分かりませんでした(7)。ひとつの理由としては、かれらがアジア人を見慣れていないということがあるでしょう。別の理由としては、そもそも見極めに使っている手がかりが異なる、ということも考えられます。先行研究では、表情を読みとる際に、日本人は目のような顔の上部の特徴に頼る傾向が強く、欧米などの他文化では顔の下部の特徴に頼る傾向が強いことが示されています(8)。 結城らは、これは日本文化では感情表現を制限する傾向があるためではないかと考えました(9)。つまり、日本人は目の周りの微妙でコントロールしにくい動きに、より注意を払う必要があるのではないかというのです。ここからは全くの仮説でしかありませんが、新型コロナウイルスのパンデミックの際に、日本人は比較的マスクをすることに抵抗が少なかったのに対し、欧米人は頑なにマスクをしたがらなかったことの理由のひとつがこれかもしれません。口元の動きで相手を判断しているのなら、当然そこが隠されることには抵抗があるでしょう。
 今回の研究は、69人のうち非常に利他性の高い人と低い人という極端な例を比較していますし、相手を判断する際には、言葉や身体の動きといった他の様々な要素も重要でしょう。この結果に私たちの日常生活における認知がどこまで正しく反映されているのかについては慎重にならなければなりません。しかし、日頃から感じる「この人はいい人そうだ」といった印象は案外当たっているのかもしれませんね。

4. 文献

1) 小田亮 (2020). なぜ人は助け合うのか―利他性の進化的基盤と現在―. 心理学評論, 63, 308-323.
2) Oda, R., Naganawa, T., Yamauchi, S., Yamagata, N., & Matsumoto-Oda, A. (2009). Altruists are trusted based on non-verbal cues. Biology Letters, 5, 752–754.
3) 清成透子・山岸俊男(1999)分配委任ゲームを用いた信頼と信頼性の比較研究. 社会心理学研究,15, 100–109.
4) Oda, R., Yamagata, N., Yabiku, Y. & Matsumoto-Oda, A. (2009). Altruism can be assessed correctly based on impression. Human Nature, 20, 331-341.
5) Oda,R., Tainaka, T., Morishima, K., Kanematsu, N., Yamagata-Nakashima, N., & Hiraishi, K. (2021). How to detect altruists: Experiments using a zero-acquaintance video presentation paradigm. Journal of Nonverbal Behavior, 45, 261-279.
6) Pinker, S. (2021). Rationality: What it is, why it seems scare, why it matters. Viking. 橘明美 (訳) 人はどこまで合理的か(下)草思社
7) Tognetti, A., Yamagata-Nakashima, N., Faurie, C., & Oda, R. (2018). Are non-verbal facial cues of altruism cross-culturally readable? Personality and Individual Differences, 127, 139-143.
8) Ozono, H., Watabe, M., Yoshikawa, S., Nakashima, S., Rule, N. O., Ambady, N., et al. (2010). What’s in a smile? Cultural differences in the effects of smiling on judgments of trustworthiness. Letters on Evolutionary Behavioral Science, 1, 15–18.
9)Yuki, M., Maddux, W. W., & Masuda, T. (2007). Are the windows to the soul the same in the East and West? Cultural differences in using the eyes and mouth as cues to recognize emotions in Japan and the United States. Journal of Experimental Social Psychology, 43(2), 303–311.


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