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環境をつくるサル:ニッチ構築と人類進化

これは、「工科系学生のための<リベラルアーツ>」(知泉書館)のために書かれたものの、使われなかったボツ原稿を改変したものです。工学部生に向けて、工学を多様な視点から捉えてもらうことを意図しています。


1. テクノロジーの起源?

 現在、世界の人口は80億人にのぼるといわれています。現代人は地球上のあらゆる地域に広がっていますが、これがすべてホモ・サピエンス(Homo sapiens)という学名をもつひとつの種だというのは、皆さんも常識として知っていると思います。人類がこのように繁栄することができたのは、その技術力のおかげです。実のところ、私たち現代人の身体的な特徴は、熱帯のアフリカで生活していた初期のホモ・サピエンスとあまり変わりません。それが地球上のあらゆる気候のもとで様々な生業によって生きていくことができたのは、道具や衣服、住居、あるいは食糧をつくりだし、改良していったことによります。約175万年前に初期のヒト属(ホモ属)がアフリカを離れたのが、人類の最初のユーラシア大陸への移住でした。その後、人類集団は何度もアフリカから他の地域へと広がっていきました。おそらく熱帯への適応としてすでに体毛を失っていたヒトにとって、毛皮で造った衣服は寒いところでの生活に欠かせないものだったでしょう。石器は堅い木の実や骨を割ったり、皮を割いたりすることを可能にしてくれます。槍や弓矢によって、素手ではとても太刀打ちできない獲物を狩ることができます。道具は作成だけでなく、それを使う技術もまた必要です。ヒトは、多種多様な道具とそれを使いこなす技術によって、地球の支配者となったのです。その延長に、現在の先進的なテクノロジーがあります。いまや人類は地球の裏側にいる人たちとも瞬時にコミュニケーションをとることができたり、宇宙ステーションに人を滞在させることができたりする一方で、自分自身を破滅させるのに十分な量の核兵器も持っています。では、人類はいったいいつからものをつくり、それによって環境に適応していくことができたのでしょうか。
 最も基本的なテクノロジーといえば、道具でしょう。道具使用は「個体が特定の目的を達成するために,自身の形や位置,状態を変化させる手段として,自己の身体や環境から切り離された物体を操作する行動」と定義できます(1)。道具使用によって、個体は生身の体だけではできないようなことが可能になります。昔は道具を使うのはヒトだけだと考えられていましたが、今では、様々なヒト以外の動物種においても道具使用が報告されています。例えば、オマキザル(Cebus sp.)やチンパンジー(Pan troglodytes)は石をハンマーのように使って木の実を割るといったことをします。ではヒトは何が違うのかというと、その道具を加工して自分たちでつくり出すところだ、と考えられていたのですが、実はこれも他の種でみられることが分かってきました。例えばカレドニアガラス(Corvus moneduloides)は小枝を道具として用い、朽木の穴に潜むカミキリムシの幼虫を釣って食べたりするのですが、小枝を自分で加工して、何種類かの道具を使い分けているということが分かっています(1)。
 では、人類史における最初の道具は何だったのでしょうか。その話の前に、まずは人類の進化史について簡単にみておく必要があります。現在最古の人類とされている種は、アフリカのチャドで発見されたサヘラントロプス・チャデンシス(Sahelanthropus tchadensis)という学名をもつ種です。700〜600万年前に生息していたとされ、頭骨から脊椎がまっすぐ下についていたことから、直立二足歩行していたと考えられています。しかしながら、頭骨の化石しか発見されていないことから詳細は分かっていません。全身骨格が発見され、確実に直立二足歩行していたと考えられるのは、エチオピアで発見されたアルディピテクス・ラミダス(Ardipithecus ramidus)です。約400万年前に生息していたこの種は、チンパンジーのような樹上生活の特徴を留めていたものの、犬歯が小さいこと、骨盤の形などはヒト的でした。
 少なくとも440万年前から人類の系統は多様になっていたことが分かっています。現在、人類はホモ・サピエンス一種しかいないので、人類というと、あるひとつの種が別の種に入れ替わって…というイメージがあるかもしれませんね。しかし、現在の方がむしろ異常なのであって、過去には複数の直立二足歩行する種が共存していたのです。それ以降の200万年のあいだにアウストラロピテクス属、パラントロプス属そして初期のヒト属が時期を重複しながら存在していました。約200万年前のアフリカに、それまでの種よりも脳が大きく、顎があまり突出していない種が現れます。これらホモ・ハビリス(Homo habilis)とホモ・ルドルフェンシス(Homo rudolfensis)はヒト属(ホモ属)に分類されています。人類はアフリカで起源し、アフリカという限られた地域に適応していた動物でした。しかし、180万〜120万年前にはアフリカを出て、ユーラシア大陸のコーカサス山脈まで分布を広げていたことが明らかになっています。ヒト属はやがて東アジアに到達し、ホモ・エレクトゥス(Homo erectus)となりました。60万〜20万年前に、高く丸い頭蓋と大きな脳をもつホモ・ハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)が現れます。さらに、30万〜4万年前にはヨーロッパにホモ・ネアンデルターレンシス(Homo neanderthalensis)、いわゆるネアンデルタール人が存在していました。一方、約20万年前にアフリカに現れた種が、やがてネアンデルタール人を駆逐していきます。これがホモ・サピエンス、つまりわたしたちと同じ種です(2)。
 チンパンジーが様々な道具使用をすることから、おそらく最初期の人類も、すでにある石や骨といったものを道具として使っていたのでしょう。では、それらを加工すること、つまり道具の製作はいつから始まったのでしょうか。以前は、人類史における最初の加工された石器は、約260万年前のものだとされていました。エチオピアやケニアの複数の遺跡で発見されたこの石器は、オルドワン(オルドヴァイ文化)と呼ばれています。小石から採られた剥片と、その残りの「石核」からなっているというのがその特徴です。他の石を使って小石を叩くことで削り取られたと考えられる剥片は、薄く鋭い形をしており、刃物として用いることができたのではないかとされています。この「他の石を使って」というのが重要です。先に紹介したカレドニアガラスも道具を自分で製作しますが、そのために道具を使う、ということはしません。かれらが使うのは自分の嘴だけです。ところが、オルドワンは石という道具によって製作されています。つまり、道具を製作するために道具を使う、というのがヒトの特徴だといえるようです。
 では、どの人類種がオルドワン石器を造って使っていたのかというと、はっきりとしたことは分かっていません。この時代のアフリカには、アウストラロピテクス属、パラントロプス属、そしてホモ・ハビリスが共存していました。しかし、何のために、またどのように使っていたかということについてはある程度推測できます。アフリカの遺跡では、オルドワン石器と動物の骨が固まって出てくるところがよくあります。オルドワン石器を使った初期の人類は、おそらくサバンナをうろついて、肉食動物が食べ残した屍肉を石器で解体して食べていたのではないかと考えられています。さて、実は2015年に、ケニアの330万年前の地層から加工された石器が発見されたという発表がありました。330万年前というと、アウストラロピテクス属がいた時代です。ロメクウィアン(ロメクウィ文化)と呼ばれるこの石器は、石を地面にある別の石に叩きつけて割る、といった技法で製作されているようです。石器が造られた当時の環境は、サバンナではなく森林が多かったと推定されること、また近くで発見された動物の化石骨には石器による傷がついていないことから、オルドワンとは異なり、動物の解体に使われていたのではないと考えられています(3)。
 オルドワン石器によって骨を割り、動物の皮を剥ぎ、肉を切り取ることによってもたらされたもののひとつが、ヒトの特徴のひとつである大きな脳です。最初期のサヘラントロプスやアルディピテクスの脳容量は、チンパンジーよりもひとまわり大きい程度でした。それが、時代を経るごとにどんどんと大きくなっていきます。実は、脳というのは維持するのにエネルギーが必要な器官なのです。現代人の場合、脳が体重に占める割合は2%程度ですが、その脳が体全体のエネルギー消費のおよそ16%を使っています(4)。大きな脳を維持するためには効率よくエネルギーを得る必要がありますが、そのために役立ったのが肉などの動物性タンパク質です。肉は、同じ量の植物性食物よりもはるかにカロリーが高いし、消化もされやすいという利点があるわけです。
 実は石器の他にもうひとつ、サバンナに広がっていった初期人類にとって大きな武器となったものがあります。それが集団です。初期のヒト属あたりまでの人類は、肉食動物に襲われて食べられるということがよくあったと考えられています(5)。直立二足歩行というのはそれほど速く移動できるものではないし、大きな爪や牙ももっていなかったので、サーベルタイガーやヒョウ、ライオンといった肉食獣の餌食になりやすかったのでしょう。おそらくそれに対抗するため、アウストラロピテクスは集団でサバンナを移動していたということが、遺跡の証拠などからいわれています。ひとりぼっちで肉食獣に出くわすと、自分が食べられてしまうしかありませんが、二人いれば確率は半分になりますよね。また、大勢でいるとそれだけ外敵に気づきやすいとか、食物を見つけやすいといった利点もあります(6)。

2. 学習と累積的文化

 最初は捕食者対策として形成された集団でしたが、これが初期人類のテクノロジーにもある影響を及ぼします。それが、文化の累積です。文化の概念や定義は様々ですが、ここでは文化を、集団において社会的に伝達される情報としましょう。実はヒト以外の霊長類においても、情報が社会的に伝達されるということは報告されています。例えば先にチンパンジーの道具使用について触れましたが、チンパンジーの多様な道具使用には地域集団によって違いがあり、さらにその違いは地方的環境条件によるものではないので、集団内での何らかの社会的な伝達によっているのだろうと考えられています。では、このようなヒト以外の動物の文化とヒトの文化のどこが異なっているのかというと、累積的かどうか、ということです。チンパンジーはそれなりに複雑な道具使用をしますが、世代を経るごとにその技術が革新されていくということはありません。基本的におなじ技術が継承されていくだけです。一方、ヒトは世代を経るごとに、前の技術に新たなものを付け加えていきます。その成果として、現在我々が享受している高度な技術があるといえるでしょう。
 この累積的な文化をもたらした要因のひとつが、情報の社会的な伝達方法、つまり学習です。チンパンジーとヒトでは、他者の行為を学習するやり方が異なります。道具使用の学習についてみてみましょう。何らかの道具を用いて食物を獲得したり、あるいはパズルのような一連の操作をすることではじめて食物が得られたりするような状況を作り出し、見本となるヒトの行為をヒトの子どもとチンパンジーのそれぞれがどのように模倣するかを調べた多くの研究があります。その結果、チンパンジーは行為の目的を理解することによって道具の機能を学習し模倣してみせたのに対して、ヒトの子どもは行為に含まれる目的のみならず、そこにたどり着くまでの方法も忠実に模倣するということが明らかになりました。チンパンジーの模倣は「目的模倣(emulation)」、ヒトの模倣は「真の模倣(imitation)」と呼ばれています(7)。 しかしながら、その後の研究では、必ずしもこのように二分できるものではなく、チンパンジーにも真の模倣は見られるらしいということが分かってきました。さらに、ヒトの模倣を特徴づけるのは、むしろ過剰模倣(over-imitation)ではないかといわれています(8)。過剰模倣とは、見本の行為のうち目的を達するためには無駄で、明らかに意味がないものでも模倣してしまうことです。
 模倣は情報を受け取る側に関することですが、情報を伝える側にもヒトと他の動物種とのあいだで大きな違いがあります。それは「教育」です。教育とは何でしょうか。カロとハウザー(9)は、ある個体が観察者(教えられる個体)の前でのみ特別な行動をする、その行動が行為者にとって直接的な利益にはならない、そしてその行動によって観察者が知識や技術をより効果的に得ることができる、という3つの条件が成り立っているとき、この行動を「積極的教示行動」つまり教育であると定義しました。 実はこのような定義によると、ヒト以外の種にもある程度の教育はみられるのです。例えば、野生のミーアキャット(Suricata suricatta)においてこの定義を満たす行動が発見されています(10)。 他にもアリや鳥類において同様の行動が発見されていますが、いずれも捕食に関する行動に限られています(11)。また、野生の霊長類においても、積極的教示行動ではないかと考えられる例がいくつか報告されています(例として12)。 しかしながら、ヒトほど積極的に、また大規模にこのような教育を行う種はいません。ヒトはまさに「教育するサル」だといえるでしょう(13)。
 さて、サバンナで肉食獣の餌食となっていた初期人類ですが、約180万年前のホモ・エレクトゥスの時代になると、逆に狩りをする側になりました。この時代には、集団で積極的に大きな獲物を仕留めていたということが分かっています。そこで役に立ったのが、ひとつにはそれまでよりも進歩した石器です。かれらの使っていた石器はアシューリアン(アシュール文化)と呼ばれるもので、オルドワンよりもはるかに洗練されていました。また、集団での狩猟にはチームワークも必要です。おそらくある程度複雑な言語をもっていたことでしょう。そのような文化は、社会集団のなかでの学習と教育による累積の結果生み出されたものだと考えられます。
 その後人類はヨーロッパや中東、中央アジアに広がっていったネアンデルタール人と、アフリカで進化したサピエンスに分かれていきます。残念ながらネアンデルタール人は約4万年前に絶滅してしまうのですが、なぜサピエンスではなくネアンデルタール人の方が絶滅してしまったのかというと、おそらく技術力の差だったのではないかと考えられています。ネアンデルタール人はサピエンスよりも大柄で、がっしりとした体格だったようです。その体格を生かして、緯度の高い寒冷な地域でいわば肉弾戦によって獲物を仕留めていました。古人骨の分析から、骨折などの大きな怪我が多く、寿命も短かったと考えられています。一方、より小柄だったサピエンスは、投槍器(アトラトル)のような飛び道具を開発し、集団で協力することによってより安全に獲物を得ることができていたようです。そういった新しい武器の開発も、やはり学習と教育による累積の産物でしょう。テクノロジーの進歩には、社会集団が欠かせないということです。

3. ニッチ構築

 人類は道具や社会集団をつくることによって、それまでには得られなかった食物を利用し、新たな環境へと広がっていくことができました。これは、生態学的には新しくニッチを広げたという見方ができます。
 「ニッチ」(niche)とは、もともと「壁龕(へきがん)」という意味で、西洋建築にみられる彫像などを置く壁のくぼみのことです。生態学では「生態的地位」ともいわれていて、「個々の生物種が、生態系の中で占める位置または役割」(大辞林第四版)という意味になります。生態系のなかで、それぞれの生物種は周囲の同種個体や異種個体、また気温や湿度、地形などの物理条件といったものから影響を受けています。ニッチはこういった様々な環境要因のセットとして記述でき、地球上の生物種は、それぞれのニッチに適応して種分化することにより多様化してきたのです。最初期の人類がどのようなニッチに適応していたのかについては詳しいことはわかりませんが、サバンナに進出し、そこで石器を使うことにより、肉というエネルギー効率の高い食物を以前よりも多く利用できることになりました。人類がいつから火を使い始めたのかということについては諸説ありますが、火の使用もまた、危険な動物を追い払ったり、食物を加工したりして消化しやすくするといったことを可能にすることで、ヒトの活動範囲を広げました。ホモ・サピエンスはやがてシベリアなどの寒冷地に進出していくのですが、それは縫い針の発明により、毛皮を縫いあわせて防寒具をつくることで可能になったと考えられています(14)。
ヒトの特徴として、ニッチを広げるだけに留まらず、ニッチを自らが創りだす、ということを盛んに行っているということがあります。環境を改変することで、生物自身がニッチをつくりだすことを「ニッチ構築」といいます(15)。従来の自然淘汰のモデルでは、ある時点での環境が遺伝子プールに影響し、特定の遺伝子(群)を選択する、別の時点ではまたその時点での環境が遺伝子プールに影響する、というかたちで、環境と遺伝子は別々のものとして捉えられていました。しかし、生物の側が、自らが適応していく環境に作用しそれを変えていくこともあるのではないかというわけです。さらに、そのようにして新たに創られたニッチが生物の特徴を選択します。分かりやすい例がビーバー(Castor canadensis)のダムです。ビーバーは自分たちで切り出した木を持ってきて川を堰き止め、ダムを造って、そこに水中からしか出入りできない安全な巣を構えています。この自分たちで改変した環境が、ビーバーの身体の特徴への淘汰圧としても働いた結果、ビーバーは木を齧るための硬い歯や、深いところに潜るための水かきや平らな尻尾を進化させたのです。
 ニッチを広げることはできたものの、約1万年前までは、人類はそのニッチのなかで、自然の生態系の一要素として生活していました。ところが、約1万年前に大きな革命が起こります。農耕牧畜、つまり植物を栽培したり家畜を飼育したりすることを、人類は始めたわけです。農業とは、自然の生態系からヒトにとって役に立つものだけを取り出して、そのなかで新たに物質やエネルギーを循環させることです。つまり、自然とは別に、新たに農業生態系というようなものをつくり出す行為といえます。さらに、それを構成する動植物を人為淘汰することにより、新たな栽培種や家畜をつくり出しました。これはバイオテクノロジーの起源といえるかもしれません。この農業を大規模に行うことにより、ヒトは自らが適応するニッチをつくり出していきました。有名な例が、乳糖耐性の進化です。哺乳類の乳には、ラクトース(乳糖)という糖分が含まれています。ほとんどの哺乳類は乳児のときにはこのラクトースを消化分解できますが、乳離れするとその機能が失われます。ヒトの場合、5歳を過ぎると乳糖分解酵素が不活性となるのです。ところが、現代人のなかには成人してもこの乳糖分解酵素が活性のままである人たちがいます。北欧人の大部分と、北アフリカやアラビアのいくつかの集団です。ラクトースを分解する能力は、ある単一の遺伝子を持っているかどうかによって決まるので、こういった人たちはその遺伝子をもっているということになります。ではこの遺伝子がどのような集団でみられるのかというと、長く酪農、つまり家畜を飼育してその乳を利用するという生業を続けてきた集団において高頻度で存在しているのです。乳糖分解酵素を活性のままにする突然変異が起こったと考えられるのですが、集団内にこの遺伝子が存在する頻度から、突然変異はヨーロッパの北中部で起こり、周囲に広がっていったと考えられています。一方、ウシの遺伝子の頻度から、酪農もヨーロッパ北中部から広がったと推測されます。これは、酪農という文化が乳糖耐性の遺伝子に影響したことを示唆するものです(16)。酪農は文化的な産物ですが、遊牧民のように一年のうちある時期をほとんど生乳だけを飲んで過ごすような環境では、大人になっても乳糖を分解できる能力が維持されるのです。

4. ニッチ構築と教育

 先に、累積的文化にとって教育は重要であり、ヒトはまさに「教育するサル」といえる、という話をしました。現代の先進国では、子どもの教育にかなりの出費がなされています。また、教育は公的なものでもあり、公立の学校には税金が投入されています。実は、なぜ、このように熱心に教育をしようとするのか、というのは大きな謎なのです(17)。
 積極的教示行動は、教える側にとって「直接的利益がなく、ある種のコストを払う」ことで行われるものです。つまり教育は、教える側がコストをかけることによって教えられる側に利益をもたらす利他的な行動だといえます。ということは、教育の進化は利他行動の進化という文脈で捉えなければなりません。教育は何よりもまず親から子へとなされるものですが、相手が子どもや血縁者であれば、同じ遺伝子を共有している可能性が高いので、コストを払う価値があります。問題は、血縁ではない他人への教育行動です。このような他人への教育行動を説明する原理のひとつが互恵的利他行動の理論です。これは教育に限らず利他行動一般にいえることですが、たとえ行為者が受益者のために何かをして一時的には損をしても、後で受益者から同じだけ返してもらえば、お互い困ったときに助かるし、どちらも損をしないので、このような行動は進化する可能性があります(18)。つまり、私はあなたにあなたが知らないことを教えるから、代わりに私の知らないことを教えてください、といったかたちで、相互に教育することで情報の交換が行われればよいということになります。あるいは現在の学校教育の多くがそうであるように、役に立つ情報を提供する代わりに対価として金銭を払う、というのも同様でしょう。つまり「お互いさま」というわけです。ただ、これが成り立つためには、お返しが保証されていなければなりません。助けた相手がお返しをせずにいなくなってしまったり、より少ないお返ししかなかったりすると互恵的ではなくなってしまいます。助けてもらうだけでお返しをしなければ一方的に得をするので、お返しをしない「ただ乗り個体」が発生する可能性が常にあるということです。互恵性が維持されるには、何らかの条件のもとで、ただ乗りするような個体を排除して、ちゃんとお返しをするような個体どうしがランダム以上に関わり合うことが重要となります(19-20)。
 「ただ乗り個体」を防ぐ方法のひとつが、文化的に互恵的な社会関係をつくることではないでしょうか。互恵主義をもたらす至近要因のひとつは規範であり、互恵主義の規範は、社会的な伝達によって維持することができます。社会的ネットワークのメンバーが互恵主義の規範を共有していれば、そのなかで間接的な互恵性が維持されるでしょう。ニッチとは、なにも物理的な環境に限りません。集団における互恵的な関係は、集団のメンバーにとっての一種の社会環境、つまり社会的なニッチとみなすことができます。互恵性の規範は社会的な伝達によって広められるため、規範を積極的に教えることは、社会的なニッチを構築していることになります。これまでみてきたように、教育とは、規範などの概念を伝達し、教えられる側の行動を変容させる行為です。教師が教育によって互恵的な関係のニッチを構築できるのであれば、その利益は教育のコストに見合うものになるのではないでしょうか。先に述べたように、子やきょうだいなどの血縁個体に対して何らかの知識や技術を財として教える場合には、教えるために払ったコストは、共有されている遺伝子の適応度を高めることで補償することができます。しかし、人類社会が大きくまた複雑になるにつれ、分業化が進み、技術は専門化・高度化していったでしょう。このような状況下では、非血縁個体に対して教育によって文化を伝達することが重要になりますが、そのためには教育にかかるコストの補償が必要です。このような状況下での教育には、知識の提供だけでなく、互恵性や内集団への忠誠心などの道徳的規範の伝達もまた必要であったと考えられます。それは現在の教育制度にも現れていて、例えば教育のなかには「公民教育」という概念がありますが、これは「自由の自覚をもつ市民としての資質・意識を育てることによって、市民社会の発展をめざす教育。市民教育」(大辞林第四版)です。また教育基本法第一条(教育の目的)では、教育は「勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成」を期して行わなければならないとされています。このように、道徳的規範を伝達することにより構築された互恵的なニッチによって、様々な知識が伝達され、累積していったのではないでしょうか。その結果、人類は地球の支配者となることができたのです。

文献

1) 伊澤栄一 (2021). 道具をつくる/使う 小田亮・橋彌 和秀・大坪 庸介・平石 界(編) 進化でわかる人間行動の事典 (pp. 179-185) 朝倉書店.

2) Boyd, R., & Silk, J. (2008). How Humans Evolved (Fifth edition). W. W. Norton. 松本晶子・小田亮 (監訳)(2011) ヒトはどのように進化してきたか ミネルヴァ書房.

3) Lewis, J.E., & Harmand S. (2016). An earlier origin for stone tool making: implications for cognitive evolution and the transition to Homo. Philosophical Transactions of the Royal Society B. 371, 20150233.

4) Aiello, L.C., & Wheeler, P. (1995). The expensive-tissue hypothesis: the brain and the digestive system in human and primate evolution. Current Anthropology, 36, 199-221.

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6) 松本晶子・小田亮 (2021). 群れる 小田亮・橋彌 和秀・大坪 庸介・平石 界(編) 進化でわかる人間行動の事典 (pp. 223-228) 朝倉書店.

7) Tomasello, M. (1990). Cultural transmission in the tool use and communicatory signaling of chimpanzees? In : Parker, S.T. & Gibson K. (Eds.), ‘Language’ and intelligence in monkeys and apes: Comparative developmental perspectives. pp. 274-311, Cambridge University Press.

8) Whiten, A., McGuigan, N., Marsuall-Pescini, S, & Hopper, L.M. (2009). Emulation, imitation, over-imitation and the scope of culture for child and chimpanzee. Philosophical transactions of the Royal Society B, 364, 2417-2428.

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17) 小田亮 (2023). ニッチ構築としての教育 安藤寿康(編)  教育の起源を探る 進化と文化の視点から ちとせプレス.

18) 小田亮 (2020). なぜ人は助け合うのか―利他性の進化的基盤と現在―. 心理学評論, 63, 308-323.

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20) Bowles, S., & Gintis, H. (2011). A Cooperative Species: Human Reciprocity and Its Evolution. Princeton University Press. 竹澤正哲・高橋伸幸・大槻久・稲葉美里・波多野礼佳(訳)(2017) 協力する種 NTT出版.

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