目の絵があると寄付が増える?
目の絵や写真があると利他性が高まるという現象と、その適応的な理由については「「利他的な嘘」に目の効果はあるのか?」という記事で述べました。そこにもあるように、必ずしも利他性が高くなるわけではない、という研究も数多くあることを忘れてはいけません。人間行動の研究にはノイズが多いので、ひとつやふたつの研究結果で納得するのではなく、さまざまな条件での研究を繰り返す必要があります。これまでオンライン調査や実験室における実験など、いろんな研究が行われてきましたが、ここでは、実験室の外で目の効果がみられた例について紹介します。
1. 規範か、それとも利他性そのものか?
「「利他的な嘘」に目の効果はあるのか?」でも述べたように、目の刺激の効果については、それが利他性そのものを高めているのだという説と、規範の遵守をさせる効果があり、その結果として利他的になるのだという説があります。私たちのサイコロを用いた研究では、利他性と規範が相反するときには、目の刺激は規範を守らせる方向に影響するという結果でした。では、規範が利他性と一致する場合にはどうでしょうか?そこで、募金箱を使って、実際に寄付を募るという実験を行うことにしました。
スーパーやコンビニのレジのあたりに、小さな募金箱が置いてあることがよくありますよね。目の刺激が利他性を高めるのなら、募金箱に目の絵や写真を付けてみたらどうでしょうか?実際そのような研究例があり、目の刺激があった方が、寄付金額が高くなるという結果が報告されています。私たちも、日本において同様の実験をやってみることにしました(1)。そこで、目の絵が利他性そのものを高めるのか、それとも規範意識を高めるのかを明らかにするため、先行研究(2)を参考にしてある工夫をしました。それは、募金箱を透明にして、あらかじめ中にある程度のお金を入れておくということです。ある種の種銭(シードマネー)といえるかもしれませんが、人には多かれ少なかれ同調傾向があるので、空っぽの募金箱に自分が最初に入れるよりは、いくらかお金が入っている募金箱に入れる方が抵抗がありません。さらに、例えば中に1円玉とか5円玉が入っている場合よりも、100円や500円がいっぱい入っている場合の方が、自分もそれくらいの金額を入れなければいけないのではないか、と思うのではないでしょうか。それがまさに「規範」です。どこかに明記されていなくても、100円や500円が多く入っていると、「1円なんか入れるんじゃないよ」というメッセージになるわけです。
今回はアクリル板でできた透明な募金箱を4つ用意しました。そのうち2つには募金の意図についての説明文と目の絵、残り2つには目の絵を分解して再構成したものを付けました(図1)。さらに、それぞれの中にあらかじめ入れておく金額を「少額条件」と「多額条件」に分けました。少額条件の箱には1円から100円までの150枚の硬貨が入れられ、その多くは1円と5円でした。一方、多額条件の方には1円から500円までの149枚の硬貨と、1,000円紙幣が1枚入れられました(表1)。図1を見てもらうと、多額条件の方に多く入っているというのが一目で分かるかと思います。これで、目の有無と金額の多寡で4つの実験条件ができました。寄付先は、ちょうどこの頃にヨーロッパでの難民問題が大きく報道されていたので、国連難民基金としました(集まったお金は実際に寄付しました)。
さて、この募金箱をどこに置くかということですが、名古屋市内の某居酒屋に協力してもらえることになりました。居酒屋のいいところは、毎日の来客数が把握できているところです。当然ですが人が多ければそれだけ寄付金額も多くなりますよね。もちろんお客さんの全員が潜在的な寄付者ではありませんが、毎日の寄付金額を来客数で割ってやれば、人数の影響をある程度消すことができます。募金箱がひとつだけだと少なすぎるかと考え、同じ条件のものを3つ、それぞれレジ近くと二つの個室の入り口に置きました。4つの条件の募金箱をランダムな順番でそれぞれ21日間、合計84日のあいだ17時半の開店時から0時半の閉店時まで置き、毎日閉店後に、集まった金額を数えました。
2. 目の絵は利他性そのものを促進する
これまでの研究から、目の絵が付いている方が寄付金額が多くなることが予想されます。さらに、目の絵が規範の遵守を促進することがその原因であるなら、少額条件よりも多額条件の方で金額が高くなると考えられます。つまり結果としては、目の絵あり・多額条件の寄付金額が特に高くなり、次に目の絵あり・少額条件、目の絵なし・多額条件、目の絵なし・少額条件となるはずです。
では結果はどうなったでしょうか?まず、84日のうちいくらかの寄付があったのが74日でした。実験期間中のお客さんの延べ人数は8,269人、1日あたりの中央値は92.5人で、1日あたり寄付額の中央値は90円でした。ちなみに募金箱に入れられたのはすべて硬貨で、どの条件でも10円硬貨がいちばん多く半分強を占めていました。お客さんあたりの寄付金額の中央値を条件ごとにみてみると、たしかに目の絵あり・多額条件が最も高くなったのですが、その金額は目の絵なし・多額条件よりわずかに高い程度でした。一方、少額条件では、目の絵ありの方が、なしよりも寄付額が多くなり、統計的に意味のある差がありました。つまり、多額条件ではあまり目の効果は強くなく、少額条件のときにより強く働いているということです。この結果から、目の刺激は規範意識を高める方向に働くのではない、ということが示唆されます。募金箱の中の金額が少ないときの方が目の効果が強かったということは、目の絵の付いた募金箱を見た人は「中身が少ないからもっと入れなければ」と思ったということなので、目の効果は利他性そのものを高める方向に働いているということが考えられます。
少額条件、多額条件に関係なく、目の絵の有無だけで寄付の合計金額を比べると、目の絵が付いた募金箱を置いた42日間に、合計で5,235円の寄付がありました。一方、目の絵なしの場合には4,409円でした。800円ほどの違いではありますが、募金箱に目の絵を付けただけで、寄付額を増やすことができました。否定的な研究結果も数多くあるように、それほど強い効果のあるものではないのでしょうけど、募金の現場においてはわずかなコストで効果を上げられるということはあるのかもしれません。今回は寄付金額を数えただけであり、誰がいつ、いくらくらいの金額を寄付したのかということは全く分かりません。これらの情報が何らかのかたちで分かると、もっと色々なことが見えてくるのかもしれませんね。
3. 文献
1) Oda, R. & Ichihashi, R. (2016). Effects of eye images and norm cues on charitable donation: A field experiment in an izakaya. Evolutionary Psychology, 14, 1474704916668874.
2) Fathi, M., Bateson, M., & Nettle, D. (2014). Effects of watching eyes and norm cues on charitable giving in a surreptitious behavioral experiment. Evolutionary Psychology, 12, 878–887.
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