北野諒

ここでは試論やメモなどを掲載しています / Instagramでは作品や展示の様子など…

北野諒

ここでは試論やメモなどを掲載しています / Instagramでは作品や展示の様子などを掲載しています

最近の記事

【紀要テキスト公開のお知らせ】個展「不揃いの積み木」についての報告と考察-幼児造形教育研究におけるArts-based researchの試み-

京都文教大学のこども教育学部研究紀要(第4集)に「報告」を執筆しました。2023年の個展「不揃いの積み木」をArts-based researchの試みとして捉え、幼児造形教育研究との関連を考察しています。下記リンクにて公開されています。 京都文教大学 学術機関リポジトリ ただ、本文中の作品画像が、データ作成か入稿時かの不具合で、微妙な解像度になってしまいました……。作品画像そのものはインスタグラムで確認していただく方が良いかもしれません。 お知らせまでに。

    • 【ワークショップ開催のお知らせ】遊びと造形のひろば ぶきっちょ

      京都文教大学の図工室にて、地域の子どもたち(未就学児・小学生)と保護者の皆様に利用していただける 【遊びと造形のひろば ぶきっちょ】を開催します。「しっぱいを、たのしもう!」を合言葉に、描いたり・作ったり・遊んだりを自由に楽しんでいただける道具や材料、絵本・おもちゃ・ボードゲームなどを揃え、こども教育学部の学生・教員も活動をサポートします。共に【しっぱい(試行錯誤)】を楽しむことができれば幸いです。みなさまのご来室をお待ちしております。 ■日時 2024/7/20(土)10

      • 逸脱の術:矛盾形容語法としての「美術教育」

        すっかりnoteの更新が滞ってしまっている。何かしら手を入れておかないと存在自体を忘れてしまいそうなので、2つのテキストをアーカイヴしておきたい。 ただ、ちょっと「在庫の品出し」みたいな感じで、「テキスト」としゃちほこばって言うほどのものでもなく、これまでの学会発表の際に、概要を整理して予稿集に掲載した文章である。具体的には、第41回美術科教育学会北海道大会(2019年3月)における「美術室で米を炊く:造形遊びから関係遊びへ」、 コロナ禍によって予稿集の発刊のみに終わった第

        • 美術室で米を炊く : 「造形遊び」から「関係遊び」へ

          すっかりnoteの更新が滞ってしまっている。何かしら手を入れておかないと存在自体を忘れてしまいそうなので、2つのテキストをアーカイヴしておきたい。 ただ、ちょっと「在庫の品出し」みたいな感じで、「テキスト」としゃちほこばって言うほどのものでもなく、これまでの学会発表の際に、概要を整理して予稿集に掲載した文章である。具体的には、第41回美術科教育学会北海道大会(2019年3月)における「美術室で米を炊く:造形遊びから関係遊びへ」、 コロナ禍によって予稿集の発刊のみに終わった第

        【紀要テキスト公開のお知らせ】個展「不揃いの積み木」についての報告と考察-幼児造形教育研究におけるArts-based researchの試み-

          【書評】鑑賞のファシリテーション ~深い対話を引き出すアート・コミュニケーションに向けて~

          平野智紀氏の著書『鑑賞のファシリテーション ~深い対話を引き出すアート・コミュニケーションに向けて~』について書評を書きました。美術科教育学会の学会通信に掲載されていますが、関係各所の許可をいただき、このnoteでも下記に転載いたします。 せひご一読いただき、平野氏の著書を手に取っていただければ幸いです! 1.本書の背景 対話型鑑賞とは何か。本学会においては用語の意味からあらためて説明する必要はないかと思われる――が,もう少し踏み込んで「その来歴および現状と課題を述べよ

          【書評】鑑賞のファシリテーション ~深い対話を引き出すアート・コミュニケーションに向けて~

          刊行のお知らせ『ここからどう進む?対話型鑑賞のこれまでとこれから アート・コミュニケーションの可能性』

          2022年夏に開催されたフォーラム「対話型鑑賞のこれまでとこれから」が、ちょうど1年越しで書籍化されます。フォーラムの全8セッションについて、単なる「記録」に留まらないよう、その後に行われた議論や考察も追加して再構成しました。本書からはじめて、という方はもちろん、フォーラムに参加された方にも読み応えのある内容になっているかと思います。9月2日以降に全国の主要書店で順次発売予定とのこと。ぜひご一読ください。 京都芸術大学アート・コミュニケーション研究センターによる直販サイトは

          刊行のお知らせ『ここからどう進む?対話型鑑賞のこれまでとこれから アート・コミュニケーションの可能性』

          開催のご案内と話題提供:「アイアイ」プロジェクト報告フォーラム×トットローグ-鳥取という“地方”で考える鑑賞教育-

          以前にインタビュー(対話型鑑賞から関係の造形へ)を受けたプロジェクトから、総括的なフォーラムを行うとご一報いただいたので、ここでもご案内いたします。 残念ながら私自身は当日の参加が難しそうなので、欠席者からの話題提供として、少しだけメモ的に考察を記しておきたい。 今回のプロジェクトは、複数の研究者および実践者による、多様な意見・論点の「なまっぽい語り」が収められたことが、まず何よりの達成だったと思う。というのも、美術教育の実践や様態はそれこそ「なまもの」であり、それゆえに

          開催のご案内と話題提供:「アイアイ」プロジェクト報告フォーラム×トットローグ-鳥取という“地方”で考える鑑賞教育-

          インタビュー「対話型鑑賞から関係の造形へ」掲載のお知らせ

          昨年の10月に受けていたインタビューが、メディアサイト「アイアイ」に掲載されました。 対話型鑑賞から「関係の造形」へ このインタビューは、小笠原敏晶記念財団の「2021年度 調査・研究等への助成(現代美術分野)」に採択された研究プロジェクトの一環で行われたもので、調査研究テーマは【現代美術の見方は「地方」でも学べるか〜鳥取とその周辺地域における「鑑賞教育」の実態から考える】とのこと。 お題に対してどこまでお役に立てたか、微妙なところではありますが、個人的にはこれまでの活

          インタビュー「対話型鑑賞から関係の造形へ」掲載のお知らせ

          個展「不揃いの積み木」開催のお知らせ

          10年以上ぶりに個展をすることになった。 なった、というか、することにした。 「美術教育のひと」「ワークショップをつくったり実践したりするひと」という自認で10年来やってきたので、自分がアーティストとして作品を展示するというのは、何ともムズムズするというか、固まっていた筋肉に血が通ってしびれるみたいな、正座から立ち上がったときのアレの感じ。 内容としては、ここ数年にわたって行ってきたワークショップ「そのへんに落ちているものを拾って遊ぶ」の延長で「なんかできちゃった作品」の

          個展「不揃いの積み木」開催のお知らせ

          【鑑賞】とは時間をかけることである

          前回の続きで、インタビューを受けて考えたことのメモその2。この記事ではインタビューでの大きなキーワードのひとつであった【鑑賞】について考察する。 大きなキーワード、といっても、まさか直球で「北野先生にとって鑑賞とは何ですか?」という質問が来るとは思っていなかった。おお、話が壮大だ……となったが、風呂敷の大きな議論は嫌いではない。いやあ、何なんでしょうね? とお茶を濁しつつ、なんかおもろいこと言えんかな、と頓知をはらかせてみた。 鑑賞とは時間をかけることである。 特に議論

          【鑑賞】とは時間をかけることである

          対向車線としての【地域】

          前回に少し触れた、とあるプロジェクトでの「インタビュー」は無事終了した。年内にはウェブサイトで公開されるとのことで、後日またリンクを貼っておきたい。インタビューの内容は多岐にわたったが(2時間半くらい喋ったかも)、大きなキーワードとしては【地域】そして【鑑賞】の2つがあった。その場で色々と思いついたことを、忘れないうちに2つの記事に分けてメモしておく。 まずは【地域】について。地域芸術祭、地域アート、地域共創……等々、2000年代以降の日本の美術界において「地域」の語は、あ

          対向車線としての【地域】

          関係の造形 予備的考察1

          とあるプロジェクトでインタビューを受けることになった。 対話型鑑賞の実践・研究、およびそこからの展開について話すことになりそうで、noteを始めたついでにこれまでのワークショップについても記録しておこうと思い立ち、インスタにざっくりと整理してみた。対話型鑑賞の実践・研究に集中的に取り組んだ時期以降(2017~)の活動から、現在の研究テーマである「関係の造形」のアーキタイプになりそうなものを、ひとまず3つだけ選んでまとめた。 ワークショップの記録をどのような体裁でまとめるか

          関係の造形 予備的考察1

          創造性の肩凝り

           前回の続き。件のラジオ収録はおかげさまで無事終了した。こちらは無料公開とのこと。 CULTIBASE Radio *36 創造性の種としての“術”と“癖”、そして“凝り” *37 他者の“術・癖・凝り”を鑑賞し、活かす技法 以下、忘れないうちに考えたことをメモしておく。 論点は、術と他者との関係性で、「術は他者によって齎されるほかない」というテーゼ。そこから理路はふたつに分かれる。   ① とすれば、誰かの術を開花させるために、自分は相手にとっての他者としてどのように

          創造性の肩凝り

          術と癖

          このあいだのイベント(組織の他者といかに出会うか:批評から創造を生むファシリテーションの術)から考えたことの覚え書き。   アートとは術(すべ)、つまり何らかの「見方」や「考え方」や「やり方」といった方法のことである。イベントでは、いったん素朴にそう考えてみて、他者との関わりからお互いの特異な術を発見していきませんか、と提案したのだった。   その際、ホストの臼井さんとのディスカッションのなかで、術の萌芽としての「癖」というアイデアが出てきたのが、とても面白かった。高度に洗練