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地元紙連載随筆

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2021年2月~4月、地元夕刊紙に連載した随筆。
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記事一覧

「転々」

 田人に住む前は、鮫川村にいた。鮫川村に住む前は千葉の船橋にいた。船橋の前は、福岡市にいた。福岡の前は、東京にいた。東京の前は、南相馬、原町にいた。

 原町に生まれ育ち、新宿で新聞奨学生の浪人生活を送り、大学に入ってあちこち引っ越し、就職して九州支部に配属され、九州・沖縄を行商のようなことをして歩いた。それから福岡で塾講師。それから船橋・市川・江戸川区あたりで植木屋修行。それから阿武隈山中に移っ

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「花々」

 木々に花が咲くと仕事したくない。 ウメから始まり、サクラ、モモ、ユキヤナギ、レンギョウ、・・・。
 色が多いし柔らかいし眠たいし。どこからかピアノの練習音でも聞こえてきたなら、地べたに身を投げたい。空気が温もり、地面が暖かくなり虫も動き出す。
 虫が動くと仕事したくない。昨夏は4回ハチに刺された。イラガ、チャドクガ、アリにもやられる。地べたから、動く虫たちを眺めていると、葉陰、木蔭があり、お日様

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「美しい村」

 石垣の上には花が咲いている。田の畦を歩いて水を見回る人。向こうの丘で牛が草を食んでいる。
 道脇には小川が流れ、水草がなびく。猫がゆっくりと木橋を渡る。異星のように月があがる。あそこからここまで、これは誰のみた夢なのか。
 散歩する近所に、今は使われなくなった水車小屋がある。蔓が絡まり、しだいに朽ちている。脇に流れる渓流にはヤマメがいる。新緑の光に魚影が跳ねる。

 二〇一九年十月の水害で山のあ

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「井戸沢断層」

 十年前、3.11の震災からちょうど一か月後の4.11夕刻、田人を震源とするM7、最大震度6弱の地震が起きた。仕事を終え、遠野町方面から帰るところだった。鮫川にかかる柿の沢橋を抜けたところの山道で、目の前のアスファルトがみるみる裂けてゆくのが見えた。山からは落石。

 なんとか借家まで帰ると、玄関のサッシ戸が割れ、本棚の本が全部落ちていた。これは3.11ではなかったことだ。その夜からゴンゴンと山鳴

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「トラツグミの鳴く夜」

 新芽が出始めると、鳥たちの囀りも多くなる。5月頃が一番賑やかだが、今頃でも夜中にふと目覚めるとフクロウの鳴き声が聞こえたりする。
 夜のしじまに渡るフクロウの声は、孤独だが温かい気がする。目のくりくりした愛嬌のある顔姿が浮かぶからか。

 田人に来て初めてトラツグミの声を聞いた。絹を裂くような声で、ヒィー、ヒィーと長く伸ばす。夜の深いころから明け方にかけてが多い。伝説の妖怪「鵺」の声と思われ、「

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「植木畑の縄文」

 田人に植木畑を借りてもう十五年以上になる。セリ市で仕入れた植木をストックしておくと、作庭のイメージがつかみ易いので重宝する。いわきでは珍しい黒土の畑だ。
 借りてすぐに驚いた。土の中から縄文土器の破片が出てくる。地主に尋ねると、以前、市の調査が入ったことがあるという。その残渣がまだ畑に埋もれているのだ。
 スコップの先にカチリと何か当たると指で探ってみる。大抵は割れた欠片だが、きっちりと文様の作

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「山道」

 今日も一日の仕事を終え、オアシをいただいて山へ帰る。くねくねした山道。ここから向こうに見えるあそこまで、真っすぐ通っていたらいいのにな。
 山裾に沿って道は曲がり、冬の陽当たりのよい場所を選んで、古い家が建っている。
 昔は水道なんてなかったから、家々は後ろに山を背負った場所か、沢筋に限られていた。家の周りには菜園があり、倉や物置があり、小さな池があったりする。その暮らしを結ぶように道は通る。

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「とらすけ」

 とらすけは白いむく犬だ。草刈中に捨てられていた三匹の子犬のうちの一匹だ。雌犬なのに妻は「とらすけ」と名付けた。
 おとなしい人懐こい犬で、田人小の子どもらが学校帰りに寄っては、「とらのしん」「とらのじょう」と勝手に呼んで遊んで行った。
 臆病で、運動会の花火や雷が鳴ると、おかしいくらいうろたえ、所かまわず穴を掘って隠れようとした。
 毎晩近くのズリ山跡の町営グランドに上がって散歩した。満天の星の

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「こころ」

 こころ腫れているときは、植栽がいい。土にまみれ、微生物にまみれ、星のかけらにまみれ、木を植える。木は空を受ける。
 こころ定まらぬ時は、石仕事がいい。石の色、重さ、質感を組み合わせ、石積み、延べ段、園路、テラス。石の経てきた時間、これからの時間を吸う。
 こころ漏れる時は、作り仕事がいい。板塀、竹垣、パーゴラ、道具小屋。構造は、少なくとも何かを繋ぎとめる。
 こころよどむときは、左官仕事がいい。

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「ひろし爺さん」

 トラックから仕事で出た枝や丸太を下ろしていると、ひろし爺さんが通りかかった。
 「ホぉ、大した燃し木だない」
 ひろし爺さんはひろし婆さんの連れ合いだ。

 ひろし婆さんは、私が植木屋修行中に手伝いに行った「ひろし親方」に似ているので、勝手に命名した。
 その爺さんも名前が分からないので「ひろし爺さん」にした。

 夫婦は近くにあった縫製工場を勤め上げ、今は年金暮らしをしている。
 婆さんは会う

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「ざ、ざ、ざ、」

 今日は山の沢に竹を切り出しに行った。
 沢の源流沿いに竹はのんのんと伸び、北風に揺れてこすれて乾いた音を立てていた。
 古竹をよけながら沢の斜面を下りてゆく。
 目ぼしい太さの竹の根本に鋸を入れる。
 ゆっくり空が傾く。
 大抵は周りに立った竹に枝葉が寄りかかって降りてこない。
 切断した根本を抱えて「ましら」のように渓を引く。
 竹は、ざ、ざ、ざ、と音を立て、冬を斜めに落ちて行く。
 ふわりと

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「掘り炬燵」

 久しぶりに山の婆さんと話す。
 深い掘炬燵には炭が赤々と燃えている。
 雪見障子から見る庭には杉苔がうるさいくらい自生している。
 婆さんは出がらしの茶を何度も勧めて話がつきない。
 このあたりはマイナス20℃になることもあって、そんなときは杉の木立も割れる。
 樹氷の朝はあんまりきれいなので、家族みんなを起こしてしまう。
 孫がイノシシの群れと出会った時は、大声を出して難を逃れた。
 山の年寄

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「ジョウビタキ」

 庭仕事をしていると、野鳥たちによく会う。いまの季節ならジョウビタキ。
「ヒッ、ヒッ」と声がして、剪定の鋏を止めると、隣の梅の枝にいたりする。
 いつも独りだ。
「ヒッ、ヒッ」の後、「カタッ、カタッ」と音がして尾を振っている。
 また来たな、と思う。
 また冬が来た。
 竹垣作りの青竹を洗っている時、洗い水が凍ったことがあった。そんな横にもジョウビタキがいた。オレンジ色の腹。こちらの手はかじかんで

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