「掘り炬燵」

 久しぶりに山の婆さんと話す。
 深い掘炬燵には炭が赤々と燃えている。
 雪見障子から見る庭には杉苔がうるさいくらい自生している。
 婆さんは出がらしの茶を何度も勧めて話がつきない。
 このあたりはマイナス20℃になることもあって、そんなときは杉の木立も割れる。
 樹氷の朝はあんまりきれいなので、家族みんなを起こしてしまう。
 孫がイノシシの群れと出会った時は、大声を出して難を逃れた。
 山の年寄りは自分の経験したことしか話さない。
 メディアや観念の話をしない。
 肌艶がよく頬に赤みが差している。
 山の稀人(まれびと)である客人を愛おしそうに接待する。
 ストーブはあるが、ほとんど客人が来たときしか使わない。
 掘り炬燵に自分らで作った炭を入れ、暖を取る。
 山の上だから水道も通っていない。
 沢から引いた水が洗い場にいつも流れている。
 その水音を聞きながら渋茶をすすり、炭火に温もる。

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