「美しい村」

 石垣の上には花が咲いている。田の畦を歩いて水を見回る人。向こうの丘で牛が草を食んでいる。
 道脇には小川が流れ、水草がなびく。猫がゆっくりと木橋を渡る。異星のように月があがる。あそこからここまで、これは誰のみた夢なのか。
 散歩する近所に、今は使われなくなった水車小屋がある。蔓が絡まり、しだいに朽ちている。脇に流れる渓流にはヤマメがいる。新緑の光に魚影が跳ねる。

 二〇一九年十月の水害で山のあちこちは崩れたままだ。私の家の裏山も崩れた。林道の下地砕石が流され、舗装がせんべいのように割れ砕け、一部は道そのものがごっそり失せていた。

 あの夜は土の腐ったような臭いがし、石がゴンゴン転がる音がしていた。これは避難かと考えていた間もなく、雨が止んでくれた。
 楽な暮らしではないのかもしれない。季節を感じるゆとりもなく日々が過ぎゆくのかも知れない。それでもここは「美しいムラ」だ。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?