古典100選(25)曽根崎心中

今日は、知る人ぞ知る近松門左衛門の人形浄瑠璃の作品である『曽根崎心中』を紹介しよう。

徳川綱吉の治世下にあった1703年、実際の心中事件を題材に作られた名作である。

では、有名な場面の原文を読んでみよう。

この世の名残り、夜も名残り、死に行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜、一足づつに消えて行く、夢の夢こそ哀れなれ。 
あれ数(かぞ)ふれば、暁の、七つの時が六つ鳴りて、残る一つが今生の、鐘の響きの聞き納め、寂滅為楽(じゃくめついらく)と響くなり。 
鐘ばかりかは、草も木も空も名残りと見上ぐれば、雲心なき水の音、北斗は冴えて影うつる、星の妹背(いもせ)の天の河、梅田の橋を鵲(かささぎ)の橋と契りて、いつまでも、われとそなたは夫婦(めおと)星、必ずさうとすがり寄り、二人がなかに降る涙、川の水嵩(みかさ)も増さるべし。
向かふの二階は、何屋とも、おぼつかなさけ最中にて、まだ寝ぬ灯影(ひかげ)、声高く、今年の心中よしあしの、言の葉草や繁るらん。
きくに心もくれはどり、あやなや、昨日今日までも、よそに言ひしが、明日よりは我も噂の数に入り、世にうたはれん。
うたはばうたへ、うたふを聞けば、
「どうで女房にや持ちやさんすまい。いらぬものぢやと思へども」 
げに思へども、嘆けども、身も世も思ふままならず、いつを今日とて今日が日まで、心の伸びし夜半もなく、思はぬ色に、苦しみに、 
「どうしたことの縁ぢややら、忘るる暇はないわいな。それに振り捨て行かうとは、やりやしませぬぞ。手にかけて、殺しておいて行かんせな。放ちはやらじと泣きければ」 
歌も多きにあの歌を、時こそあれ今宵しも、うたふは誰そや、聞くは我、過ぎにし人も我々も、一つ思ひとすがり付き、声も惜しまず泣きゐたり。

以上である。

この文章が、冒頭から七五調で書かれていることに気づいただろうか。

平安時代の和歌の五七五七七、江戸時代の俳句の五七五など、私たち日本人にとって、七五調は馴染み深いリズムである。

近松門左衛門の『曽根崎心中』は、松尾芭蕉が1694年に亡くなって9年後に世に出た。このとき、近松門左衛門は、まさに芭蕉が亡くなったときの年齢である50才になっていた。

近松門左衛門は、その後も長生きして1725年に72才で亡くなった。5代将軍綱吉もすでに亡くなっており、8代将軍吉宗の時代だった。

さて、今日の『曽根崎心中』もあえて訳すまでもなく、内容はだいたい分かると思うので、おまけとして、次の書籍を参考に紹介しよう。

もう28年前になるが、中京大学の教授だった坂野信彦氏が『七五調の謎をとく』という本を出している。

今でも、童謡や唱歌、J−POPを聴いていると、歌詞のリズムが七五調であることに気づく。

私たち日本人にとって心地よい響きとなり、印象に残る七五調は、はるか昔から長く受け継がれてきた。

つまり、人に話をするときも、七五調に近いリズムでテンポよく話すことを意識すると、意外にも聞きやすいのである。





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