「SNSのフォロワー数が少ない人は、本を出版できない」は本当か

先月、「SNSでの活躍」が書籍企画採用の基準となる出版社が増えている、という主旨のツイートをしたら、話題となった。

実際には約3,200リツイートや約9,200いいねという数は「バズった」というほどではないと思うが、私のところには100を超える真面目なコメントが届いた。出版業界内外からの驚きや怒りの声から、現場で働く書籍編集者からの「ほんこれ」「つらい」という嘆き。(きっと「今さら何言ってるの?」という白けた思いを抱いた方も多かったのではないかと思う。)出版業界の未来を憂う声もあった。この機会に、寄せられた声をもとに私なりに書籍出版業界の現状について考えてみることにした。

作家の代理人が直面する「企画採用のハードル」とは?

私は「作家の代理人」として、著者の書籍企画や原稿を出版社に持ち込み、条件交渉を行い、出版を実現させるという仕事をしている。日々、様々なジャンルの書籍を扱う編集者とコンタクトを取り、企画提案や情報交換を行っている。

その経験からすると「SNSでの活躍」が企画採用のときに重視される傾向は、すでに数年前からあった。ビジネスにおけるインフルエンサーの重要性が言われて久しいのだから、当然のことと言える。特にテレビに置き換えるならば「バラエティ番組」「情報番組」で取り上げられることが多い実用・ライフスタイル系のジャンルは、著者のSNSでの「インフルエンス力」無しには、新人の出版は難しくなってしまったように感じていた。

そして、最近、私が出版社への営業にまわる中で、立て続けに2人の編集者から「企画会議で著者がSNSで活躍しているかどうかを問われるようになりました。残念ですが、この企画は通りませんでした」と頭を下げられるという出来事があった。ビジネス実用やノンフィクションの企画だった。2人ともベテラン編集者である。そう伝えるのは悔しかったのではないかと想像する。そうした事情から、Twitterでふとツイートしたところ、冒頭に述べたような反響があったのだった。

インフルエンサー頼みが加速する書籍出版業界

才能を見出し育てる場である(と思われていた)書籍出版業界でも、インフルエンサー頼みとなっていることに、ショックを受けた人たちも多かったようだ。

ジャンルや会社の規模で、採算ラインや効果的な販売促進の方法は異なる。書籍編集者の中でも、文芸書や人文書などのジャンル、また比較的小さい出版社で働いている人たちは「出版するかしないかを、そんなことで判断するようになっているのか……」と驚いていた。(なろう系などのウェブ小説は数字重視の世界なので、これはまた別で考察したい。)私も文芸書を担当することが多いので、こうした傾向が強くなっていることに気づくのが遅かった可能性もあるが、実質はコロナ禍でオンライン化が進んだこの一年程で加速したのではないかと思う。

なぜ、出版業界でもSNS偏重が加速しているのか

それは言うまでもなく、続く出版不況の中、より確実な売上を求めるようになった出版社で、SNSのフォロワー数、いいね数、「バズらせる力」などが、マーケティングの指標として用いられるようになったからである。著者のフォロワー数の一定数が読者だとみなされるのだから、売る側からすると多いほうがいいに決まっている。数字は分かりやすいから、トレンドに疎い人でも、自分の専門外のジャンルでも、「これだけ売れる可能性がある」と理解することができる。みんな安心である。

また、出版点数が増えているため、営業や販促に欠ける人材が足りないこともあるだろう。今や書籍をベストセラーにするのは難しい。あまり出版業界外には知られていないようだが、書店の店頭で目立つように陳列して販売してもらうためには、内容の良さを広めるだけでなくメディアへの露出情報や書評などを書店員にアピールする必要がある。(これがもう時間も労力もかかるのだ。そのわりにタイミングが合わなければ効果もさほど出ないという悲しさ……)そして、出版社は販売促進費用や広告宣伝費用を多くは出せない。SNSで影響力を持つ著者であれば、出版社が費用をかけなくても一定の宣伝効果が見込める。

「企画は良いけど売れそうにない」を失くしたい

エージェントとして数多くの書籍に携わっていると、出版社の事情も見えてくるので、著者のSNSでの活躍を重視する傾向を完全に否定するつもりはない。〈お客さん〉を持っている著者を優先的に扱うのは、ビジネスを考えれば当然のことだと考える編集者もたくさんいるし、それでヒットが出ればその出版社が〈救われる〉のも(実際に、そう言われたことがある)、事実だろう。

ただ、広告費用はかけられなくても、オウンドメディアやSNSでの発信力を高めて、ノウハウを蓄積し、書店と連携し、著者だけに頼らずにベストセラーやロングセラーを生み出している出版社はたくさんある。SNSにとらわれずに新しい書き手を発掘し、採算ラインを超える良書を多く生み出している独自性の高い出版社も増えている。もし、企画の質ではなく「売る自信がない」という理由で、出されない「本」があるのだとしたら残念でならない。「企画は良いけど売れそうにない」を失くすためには、本を作るときも売るときも、本を送り出す側が知恵を絞り続けるしかないのである。

次回は、インフルエンサー本が中心となったら書籍出版業界に起こることについて考えてみたい。(続く)

お読みいただき、ありがとうございました!