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本読みの記録(2016)

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ブックレビューなど書物に関するテキストを収録。ブログ「ブックラバー宣言」に発表したものをベースにしていますが、すべての文章について加筆修正をおこなっています。対象は2016年刊行… もっと読む
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2017年2月の記事一覧

女性ならではの本ですか? いいえ違います〜『ワイルドフラワーの見えない一年』

◆松田青子著『ワイルドフラワーの見えない一年』 出版社:河出書房新社 発売時期:2016年8月 掌編小説が50篇。世の中の常識や規範に対する違和感をベースに自由を謳歌しようとする言葉の小宇宙。 表題作〈ワイルドフラワーの見えない一年〉は自分の行動を互いに公表しては「いいね!」のやりとりをするSNS時代へのささやかな抵抗とでもいえばいいでしょうか。『原色植物百科図鑑』からの引用を散りばめて不思議な魅力を醸し出しています。 〈お金〉は拝金主義をとぼけた味わいで風刺し、〈ヴィ

話題の論客がテレビ文化を熱く語る〜『芸能人寛容論』

◆武田砂鉄著『芸能人寛容論 テレビの中のわだかまり』 出版社:青弓社 発売時期:2016年8月 『紋切型社会』で話題を集めた武田砂鉄の第二作目。論評の対象となっているのはタイトルに謳われているように主に芸能人ですが、テレビにも露出するトマ・ピケティのような学者や織田信成のようなスポーツ選手もふくまれています。 与沢翼の転落を座高測定の廃止と絡み合わせて考察するかと思えば、前園真聖を阿川佐和子と並べて論じたり。中山秀征は成果主義が日本の形態に似合わないことを教えてくれる存在

戊辰戦後デモクラシーとしての動き〜『自由民権運動』

◆松沢裕作著『自由民権運動 〈デモクラシー〉の夢と挫折』 出版社:岩波書店 発売時期:2016年6月 実におもしろい本です。 「戦後デモクラシー」といえば、アジア・太平洋戦争後の民主化・民主主義運動のことを指しますが、戦後史研究者の三谷太一郎は、日本近代史においては、それぞれの戦争がそれぞれの戦後になんらかの政治参加の拡大を引きおこしていることに注目し、複数の「戦後デモクラシー」が存在することを指摘しました。 松沢裕作は、この指摘をさらに一つ前の時期にさかのぼらせ、戊辰戦

「正義」の発生するところ〜『憲法9条とわれらが日本 未来世代へ手渡す』

◆大澤真幸編『憲法9条とわれらが日本 未来世代へ手渡す』 出版社:筑摩書房 発売時期:2016年6月 憲法九条に関して、社会学者の大澤真幸が三人の論客に意見を聞くという趣向です。登場するのは中島岳志、加藤典洋、井上達夫。一般に流布する「護憲/改憲」の枠には収まらない議論という触れ込みではありますが、そもそも護憲論にも改憲論にも様々なヴァリエーションがあるのは昔から当たり前の話で、ここでは三人とも明確に改憲論を披瀝しています。末尾には大澤自身の改憲論も収められています。 中

「理性の復権」を唱えるのはナンセンス!?〜『感情で釣られる人々 なぜ理性は負け続けるのか』

◆堀内進之介著『感情で釣られる人々 なぜ理性は負け続けるのか』 出版社:集英社 発売時期:2016年7月 サブタイトルにある「なぜ理性は(感情に)負け続けるのか」というのは、いかにもタイムリーな問いかけです。米国大統領選のドナルド・トランプ氏の勝利がその象徴的なあらわれといっていいでしょう。あからさまに女性や移民を蔑視する下品な男が超大国の政治リーダーの座についたわけですから。その結果について「理性が感情に敗れた」とする論評はすでにたくさん出回っています。本書は大統領選の結

東アジア共同体の具体化を〜『21世紀の戦争と平和 きみが知るべき日米関係の真実』

◆孫崎享著『21世紀の戦争と平和 きみが知るべき日米関係の真実』 出版社:徳間書店 発売時期:2016年6月 外務省で情報調査局分析課長、国際情報局長などを歴任し、現在は評論家として活躍している孫崎享が文字どおり「21世紀の戦争と平和」について考察した本です。 第二次世界大戦後の国際秩序を概括し、日本の対米従属構造を明らかにしたうえで、集団的自衛権の行使が日本の平和にとってけっしてプラスにはならないことを説いています。恒久的平和を実現するためには「東アジア共同体」構想の具

タンザニアの都市住民に学ぶ〜『「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義批判』

◆小川さやか著『「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義批判』 出版社:光文社 発売時期:2016年7月 「その日暮らし」は現代日本ではダメな生き方ということになっています。でも本当にダメなんだろうか。小川さやかは「ダメ」と決めつける前に「その日暮らし(Living for Today)」を人類学的に追究することで現代人の生き方を問い直そうとします。同時に「その日暮らし」として組み立てられた経済が必ずしも現行の資本主義経済とは相いれないものではないことも示されます。それ

擁護でも否定でもなく〜『保守主義とは何か 反フランス革命から現代日本まで』

◆宇野重規著『保守主義とは何か 反フランス革命から現代日本まで』 出版社:中央公論新社 発売時期:2016年6月 保守主義者を自称する人は増えているらしい。もっともその意味するところは人によって異なります。本書は保守主義を思想史的・歴史的に検証し、その再定義を試みるものです。 フランス革命に対抗して論陣を張ったエドマンド・バークを保守主義の原点とするのは教科書どおり。ただここで注意すべきなのは、バークは革命一般に反発したわけではなく、フランス革命のように歴史と断絶した急進

壮大な人体と宇宙のハーモニー〜『138億年の音楽史』

◆浦久俊彦著『138億年の音楽史』 出版社:講談社 発売時期:2016年7月 音楽から世界をみるのではなく、世界から音楽をみる。ここに書かれてあるのは壮大な音楽のタペストリー。音楽史はもちろん、宇宙物理学から数学、医学、生物学、考古学、キリスト教神学、政治学、哲学などなど様々な分野から知見を取り込んで、悠久の音楽史を浮かびあがらせています。 本書では娯楽とか芸術とか現代的な観点がひとまず括弧に括られ、政治的機能や権力との関係、他の学問分野との関連など、音楽の多面的な性質が

新たな列強の時代へ〜『中東から世界が崩れる イランの復活、サウジアラビアの変貌』

◆高橋和夫著『中東から世界が崩れる イランの復活、サウジアラビアの変貌』 出版社:NHK出版 発売時期:2016年6月 世界を人体にたとえると、中東は経済の血液(エネルギー)を体全体に送り出す心臓。ここでの異常は世界に影響を与えずにはおかない。中東が混乱して崩れ、ブラック・ホールのように世界全体を吸い込んでしまう。そうしたシナリオを回避するためには当然ながら中東を理解することが重要になる。──これが本書の趣旨です。書名の「中東から世界が崩れる」とはそのような意味を込めていま

憲法を守ることと変えることは同列に非ず〜『憲法と政治』

◆青井未帆著『憲法と政治』 出版社:岩波書店 発売時期:2016年5月 本書は日本国憲法の平和主義に焦点をあてながら、憲法と政治の関係の断面を捉えようとする論考です。2015年9月の安保法案の強行採決など安倍政権と与党議員によって毀損された立憲主義に対する危機意識が背景にあることはいうまでもありません。著者は憲法九条論を専門の一つにしている憲法学者。 政治が憲法に従うのは当たり前という前提が崩れて、「憲法を守る」ことと「憲法を変える」ことが同列になっているような構図が作ら

危機をチャンスに変える〜『私たちはどこへ行こうとしているのか 小熊英二時評集』

◆小熊英二著『私たちはどこへ行こうとしているのか 小熊英二時評集』 出版社:毎日新聞出版 発売時期:2016年6月 小熊英二の時評集としては『私たちはいまどこにいるのか』につづく第二弾。2011年から2015年にかけて公表した時評類を収めています。 反原発デモに関する論考は、あくまで前向きな論調が良くも悪しくも印象的。東日本大震災後に行なわれた衆議院選挙で反原発を訴える政党が伸びず投票率が振るわなかった点にもポジティブな要素を見出そうとしているのはいかにも小熊らしい。

将棋ソフトカンニング疑惑を先取り!?〜『ビビビ・ビ・バップ』

◆奥泉光著『ビビビ・ビ・バップ』 出版社:講談社 発売時期:2016年6月 物語の舞台は、まもなく22世紀を迎えんとする近未来の世界。語り手は夏目漱石よろしく一匹の猫。ドルフィーという名のその猫は、ビッグバン以来宇宙で生起せる全事象がデータベース化された《超空間》に接続できるというワケで、神様視点を獲得しています。 肉体が滅んでも電脳内で生きつづけることが可能になった地球では、リアルと疑似現実環境の境界は曖昧模糊に。空間の移動もまた現代とは様相を異にするスピードと利便性を

「市民運動」の結実として〜『日本会議の研究』

◆菅野完著『日本会議の研究』 出版社:扶桑社 発売時期:2016年4月(修正版:2017年1月) 刊行以来、様々な話題を提供してきた本ですが、大手マスコミが手をつけてこなかった対象に果敢に切り込んだ姿勢はやはり賞賛に値するのではないでしょうか。本書をきっかけにして新聞やテレビでも積極的に日本会議を取り上げるようになったのは歓迎すべきことだと思います。 安倍政権の反動ぶりも、路上で巻き起こるヘイトの嵐も、『社会全体の右傾化』によってもたらされたものではなく、実は、ごくごく一