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憲法を守ることと変えることは同列に非ず〜『憲法と政治』

◆青井未帆著『憲法と政治』
出版社:岩波書店
発売時期:2016年5月

本書は日本国憲法の平和主義に焦点をあてながら、憲法と政治の関係の断面を捉えようとする論考です。2015年9月の安保法案の強行採決など安倍政権と与党議員によって毀損された立憲主義に対する危機意識が背景にあることはいうまでもありません。著者は憲法九条論を専門の一つにしている憲法学者。

政治が憲法に従うのは当たり前という前提が崩れて、「憲法を守る」ことと「憲法を変える」ことが同列になっているような構図が作られ、その構図自体は市民から大きな抵抗感なく受け入れられているようにみえるところが、ここ数年の間に日本の「立憲主義」に与えられた打撃の深さを物語っていよう。(p3)

「憲法と守る」ことと「憲法を変える」ことが同列になっている。これは昨今の与党政治家が声高に叫びはじめた「中立」とも関連しているように思われ、私もまたそのことへの違和感を共有するものです。公務員には九九条によって憲法の尊重擁護義務が課せられていることを国民も忘れてはならないでしょう。

実力を統制するということ

さて、九条のもとで展開されてきた自衛隊をはじめとする諸政策には、九条から引き出された「軍事の否定」という論理によって限界が画されてきました。これは「かつてない実力統制の方法」だと著者はいいます。本書ではそれを実力の「論理による統制」と呼び、考察の基点としています。

日米ガイドライン、秘密保護法の制定から安保法制成立へと至る防衛政策の流れを憲法との関係から記述する手際は新書にふさわしく簡潔にまとめられています。とりわけ武器輸出三原則の確立から撤廃までの経緯や法的位置づけに関する記述はたいへん勉強になりました。

著者の理解によれば、昨年の安保・外交政策の転換により「論理による統制」には大きな穴があいてしまった、ということになります。では「論理」による統制に綻びが生じた状況を立て直すために何をすべきなのでしょうか。新たな議論を切り拓いていく必要があるのではないでしょうか。

国会については、市民が声をあげ「議院が高度の自律を享有する責任を問う必要」を訴えています。さらに裁判所の役割についても一章を割いているのが注目に値するでしょう。この問題ではこれまで統治行為論が幅を利かせてきました。しかし「そもそも、統治行為論なるものについては、学説でもかねてより『不要』という議論が有力に説かれてきた」のであって、「事案の性質や経緯、諸機関の行動等に着目し、裁判所の任務や、裁判所に求められる行動を具体的に考えること」が必要だといいます。内閣法制局の安定化装置としての役割に一定の評価を与えつつも、憲法解釈が一義的に確定されるものでない以上、裁判所の役割もまたおおいに期待されているというわけです。

……司法権もまた政治権力であることは、そろそろ正面から認められるべきだろう。そして憲法八一条に明文で規定された司法審査権は裁判所の権限であり、裁判所に他権力の統制による憲法秩序維持の責務を負わせている。国防軍の創設や緊急権条項の新設に関して政権が意欲を示しており、現実味を帯びる現状で、裁判所が事後的に政治のなしたことの正しさのチェックをする必要性は高まるばかりである。動態的な憲法秩序の維持の一部としての役割を果たすことへ、期待が高まっているというべきであろう。(p243)

いささか専門的で細かい議論も展開されていますが、それらを含めて憲法の平和主義と政治の関係を考えるには有意義な本といえるでしょう。

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