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青果売場

野菜売場の前に女が覆い被さっていた。
「ここの野菜よくないわ」
手に取っていた野菜をそう言って元に戻す。
「わるくもないわ」
そう言ってまた野菜を棚から取った。買い物客でありながらしていることは野菜を選別する従業員のようでもあった。よくないわるくないと言いながら、野菜の出し入れを繰り返しているのだ。絶え間なく動いているのに、作業は何も進展していない。

君は突入の機会をうかがっている。食と折句へつながる野菜を探しにやってきたのだ。葱やニラは折句には短すぎるが、まな板の上で切るにしても値段が気になった。もやしはマリネになるか。あるいはナムルになるか、折句になるか。同時に複数の可能性について考えねばならなかった。

「よくないわ」女は緑の野菜を押し戻した。
「わるくもないわ」また別の野菜を引き抜いている。はっきりとよければ(わるければ)決断することができるだろうに。グレーに留まった野菜が女を独りの綱引きの中に閉じ込めているようだった。いつまで待っても同じことだ。

君は女の背後に隠れながらミニトマトについて、小松菜について、ブロッコリーについて思案を巡らせていた。マリネよし、ナムルなし、折句よし。マリネなし、ナムルよし、折句なし。マリネよし、ナムルよし、折句よし。様々な可能性が考えられた。
弱くなった心が可能性にロックをかけることもあった。マリネなし、ナムルなし、折句なし。その時には道は行き止まり、すべての野菜が世界の外へと追い出されてしまう。
心が最大に開かれた瞬間、その時にならどんな野菜でも、マリネになり、ナムルになり、折句にもなることができるのだ。心はゼロと無限が手を結ぶ場所だった。

「よくもないわ」
女は腐りかけた野菜を押し戻した。
「わるくもないわ」
女は腐りきっていない野菜を取り戻した。

いつまでも待ち続けているわけにはいかない。飛び込んでいかなければ手に入らない宝物があるのだ。価値を見極めるのは他人ではない。
君は君の力で見つけなければならない。

渦巻いた
太鼓判なら
いらないと
日の出を見ずに
飛び立つキャベツ

折句「うたいびと」短歌


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