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リトル・メルヘン

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#エッセイ

うどんおばば

 がらがらと扉を開けると帽子の紳士が一人かけていた。私は店の中程に進み広いテーブル席の隅に座った。すぐにおばあさんがお茶を運んできた。
「今から茹でますと25分かかります」
 仕方ない。美味しいうどんのためなら私は待つことにした。お待ちくださいとおばあさんは店の奥へ姿を消した。間を置かず今度は少し若い女性がやってきた。
「今から茹でますので12分かかりますけど」
「あれっ。さっき別の方に言いました

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踏切の向こう側

踏切の向こう側

 生きていく上では忘れてはいけないことがいくつもある。
 挨拶をすること。まあ、いいや。後で返そう。呑気に構えている内にどんどん人々が去って行く。気がついた時には自分だけになっている。
 さよなら。言える時に言っておかないと後からでは言えなくなる。忘れないように……。そう心がけていても、やっぱり忘れてしまうことがある。

 鍵をかける。これは基本的なことだ。
 家を出る時には、他にも忘れてはいけな

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【退屈の話】退屈のはじめ

【退屈の話】退屈のはじめ

どこに行っても先々で猫に会った。
「いつも眠っているな」
 と何気なく言うと、
「おまえこそ」と言う。
 眠ってないし、まるで意味がわからない。
 そろそろ新しいことを始めなければ。

 何か始めなければならないと思い、決心して退屈を始めることにした。今までたかが退屈と馬鹿にしていたが、始めてみるとそう簡単でもないし、そう単純でもないとわかった。始めた以上は続けなければならない。何事も継続すること

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月曜日のクジラ

月曜日のクジラ

 久しぶりだから今日は検査もしますと言われて椅子に座った。
「無理に答えなくていいですからね」
 いや、僕は答えるんだ!
右! 左! 上! 下!
 下へ下へと目標が下がっていく。上! 右! 右! 下!
 僕は少しも考えない。考えるよりも早く、答える。
上! 右! 下! 左!
 少しも迷わない。迷う自分は弱い自分。
 向こうが先に棒を下ろすまで、僕は黙らない。僕は全部わかっているんだ。こんなテストく

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