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毎日散文

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#怪談

026「軍隊蟻」

026「軍隊蟻」

 すべての灯台に照準をあわせたミサイルがどこからか発射され、あらゆる陸地から、海をてらすものが失われる。一本の、壊れた紳士傘を持った少女が、爆炎とともに崩れてゆく灯台のひとつを眺めている。巨大な、不可視の力が、どこかではたらいたはずだが、全人間が滅ばなかったのなら、無駄な節約に拘った火遊びにすぎない少女はおもっている。

 白い瓦礫。白い瓦礫のむこうがわに、暗すぎる岬と海岸線が溶けあっている。

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018「妖刀」

018「妖刀」

 鋭利な刃が、ベビー・ベッドの上に置かれている。誰が置いたのかは、わからない。長男か、両親か、赤ん坊自身なのかもしれない。刃はやわらかいシーツの上で、ぬめるように青白くひかっている。赤子が休むべき場所に、秘宝としてか、武器としてか、鋭利な刃は置かれ、その自らの重さが、切先を白いシーツにめりこませ、一部をすでに裂いている。そのベビー・ベッドを見下ろすように、赤と黄色のモビールが揺れている。

 雪深

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013「悪童と鼠色の塔」

013「悪童と鼠色の塔」

 意味のない世間話を滔々と語る祖母は、3人の子供を殺した。カーボンを挟んだ用紙に、殺した名を記して、役場に、提出したのだという。

 無数の洪水に見舞われた世紀末の1年、海岸に流れ着いた水死体たちには球根が埋め込まれていた。球根は、緑がかったやわらかい肉を吸いあげて、刀のような茎を、色のない内蔵へ伸ばし、ひどく、明るい色の花弁をひらいた。握りつぶした卵黄を青空に広げる廃墟の子ら。いつまでも、はてし

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012「泥」

012「泥」

 竜血樹のまわりで、泥が撒かれる。ところにより、均一でなめらかな部分も、盛り上がって山になる部分も、泥が撒かれずに、もとの草地が見えている部分もある。祈りとともに血の樹液が流れ、泥はゆっくりと、子供の肉体に変化してゆく。島が、巨大な一枚の皿であり、誰かの食事が、ここで準備されていることを知り、戦慄したものは、数匹の獣しかいなかったのだ。

 西陣織の着物を着た女が、泥の子らを連れて赤い船に乗りこん

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011「学者一家の歌」

011「学者一家の歌」

 がれきのような家で暮らすと、ふとした瞬間に、鼓の音が聞こえる。夕食に親子丼を作る。包丁がなく、鶏肉を切ることができないので、安く売られていた唐揚げを卵と混ぜ、濃い味のつゆとともに火を通す。長く愛用していた眼鏡を、月明かりだけを頼りに歩こうとして、踏んで割ってしまった。眼鏡を買う金もなく、一匹の鴉が、屋根の上を飛んでいることをわたしは知らない。

 裸の身体に、米の湯気を感じながら、死んでいった鳥

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