見出し画像

013「悪童と鼠色の塔」

 意味のない世間話を滔々と語る祖母は、3人の子供を殺した。カーボンを挟んだ用紙に、殺した名を記して、役場に、提出したのだという。

 無数の洪水に見舞われた世紀末の1年、海岸に流れ着いた水死体たちには球根が埋め込まれていた。球根は、緑がかったやわらかい肉を吸いあげて、刀のような茎を、色のない内蔵へ伸ばし、ひどく、明るい色の花弁をひらいた。握りつぶした卵黄を青空に広げる廃墟の子ら。いつまでも、はてしなく、いつまでも……

 そうして、リボンのようにほどけながら、色のある細胞が深海へゆっくりと落下する。

 朝食としてわたされたビタミン剤のケースを床に落とした。錠剤ケースの蓋がはずれたが、その口からは砂ばかりが流れだした。砂の一粒一粒が、ちいさな光の輪をまとっている。ビタミンはどこにもない。ありがたいことだ。

 街に一軒しかない学習塾に、祖母が妹を連れてゆこうとするのを、阻止しなければならない。そこは塾の看板を掲げているだけの、ただの売春宿だ。友人が、友人のまま帰ってきたことなどない。ちいさなレンズが、どこにでも隠れているという。友人たちは、街から逃げるか、市営団地の屋上から飛び降りるか、どちらかしか残されない。

そうして、街には、つぎつぎに鼠色の塔が建設されてゆく。どの塔も、天たかくそびえたち、足元はくらく、洪水に飲まれてゆくばかりだ。

 祖母の言葉は、乗りこんできた警官たちに遮られ、その場で、祖母は撲殺される。多摩川の河川敷で、バラバラになった3人の子の遺体が発見され、遺体についていた歯型が、祖母のものと一致したという。

 わたしは、警官に殴りかかる。たちまち押さえ込まれ、彼らの笑い声とともに、ズボンを脱がされる。歯型がなんだというのだろう。祖母の殺した子らを、なぜ、殺される前に救えなかったのだろう。祖母が処刑されたからといって、結局のところ、警官たちへ自己愛の快楽をあたえるに過ぎない。それがわたしの友人たちに、いかなる冥福をもたらすというのだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?