HSP(Highly Sensitive Person:ハイリー・センシティブ・パーソン)

HSP(Highly Sensitive Person:ハイリー・センシティブ・パーソン)

私は、この言葉について、2年ほど前に患者さんから教えて頂きました。
その後、ネットニュースも賑やかすようになり、芸能人も自分が該当するなどと述べられて、話題になっています。

私が不勉強な精神科医だから、HSPについて知らなかったのでしょうか。

いえ、決して、そんなことはありません。

そもそも、精神医学的にも心理学的にも「確立されていない(コンセンサスをえていない)概念」だからです。いわゆる「ポピュラー心理学」の類と言ってよいでしょう。

アメリカの臨床心理学者Elaine N. Aronが、一般向け著作 The Highly Sensitive Person: How to Thrive When the World Overwhelms You (1996)で提唱した概念です。一言でいうと、「感受性が強く敏感な気質の人」ということになります。そもそも、科学的に提案された概念ではありません。

HSPの最大の問題点は
5人に1人があてはまる基準になっている

ということです。そのため、2~3人に1人は思い当たる節がある、という内容になります。うがった見方と思われるかもしれませんが、

絶妙なマーケティング手法

というところでしょうか。マーケティング的には、より多くの人が該当する事を、特別感を持って提案・提供する事が、流行る(バズる)ための定跡だからです。現に関連本は売れています。

そもそも、メンタルヘルス疾患・不調の診断は、一般的な状態とは異なる特徴的な精神症状が、一定期間持続されていることを確認して、慎重に行います。精神疾患は多数ありますが、それぞれの診断カテゴリーは、概ね100名に1人程度が、その診断基準に該当するように設定されています(申し合わせたわけではないのですが、伝統的にそうなっています)。その後、その診断基準に基づいて、さらなる検証を重ねられ、診断カテゴリーとして、妥当性があるとして残って行くもの、なくなったり、他のカテゴリーに組み入れられるケースもあります。その後の調査研究の結果、100名に2~3人程度、該当するといった事はありますが(強迫性障害、摂食障害など)、せいぜいその程度で、当初から10人に1人該当するような診断基準は、絶対に作りません。ましてや、5人に1人該当するような診断基準は作らないです。発達障害も同様です。

言い換えれば、精神状態やパーソナリティ(人格)、発達上の特性は極めて多様であるため、病的に偏った状態、というのは、かなり慎重に基準を設ける必要性があるという、専門医や研究者達のいわずもがなの、良心・コンセンサスが働いているのです。したがって、今後も、HSPに便乗する方はいらっしゃっても、専門家の中でコンセンサスを得る概念にはならないでしょう。

もちろん、パーソナリティ、気質に悩む事を否定はしていません。
ですが、HSPが、まるで特定の診断名やパーソナリティの問題かのように横行するのは不適切だと考えます。また、本来ケアされるべき人々が、自分の問題はHSPだと勘違いして、適切なケアを受けない事が生じてしまうことも懸念されます。
 たとえば、不安障害や強迫性障害などは(当然ながら、HSPの基準を満たしてしまいます)、思春期に発症する事が多く、年単位で持続する事から、その方のパーソナリティに影響を及ぼす事が、様々な研究によって明らかとなっています。この事は、DSM-5(アメリカ精神医学界の診断基準、国際的なゴールデン・スタンダードの1つ)でも言及されています。様々なパーソナリティ障害の研究も、それを示唆しています。言いかえれば、様々なメンタルヘルス不調の結果として、現在のパーソナリティの問題が生じてしまっている可能性が多分にあるということです。
 私が診療している方の多くが、不安障害や強迫性障害を患っているにも関わらず、「性格の問題だと思っていた」「性格の問題ではないのですか?」と仰られます。
 正確な回答は「あくまで精神症状です。精神症状が続くことによって、日常生活や社会生活での影響が生じるだけでなく、パーソナリティ=性格も影響を受けて今の状態になっているとなります。
 なお、精神科医・カウンセラーによっては、HSPかもしれないというご本人の訴えについて、一つ一つ否定せずに、寄り添うスタンスで接する事もあるかとは思います。

自分がHSPかもしれない、ということがきっかけでも良いと思います。自分のパーソナリティや感受性、また特性に悩まれているのであれば、メンタルヘルスの専門家のアセスメント・アドバイスを受けることには、価値があると思います。その場合、相談するカウンセラーについては、信頼に足る資格についても説明していますので、併せて読んでいただければと思います。

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