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農家バイト奮闘記(3)【タイア・リタイア】

※1日目、2日目の話はこちら↓

農家バイト3日目。
この日は、キャンセルしようかどうかものすごく悩んだ。
というのも、猛暑日になるらしいからだ。
天気予報のお日様マークも、いつものポップなオレンジ色ではなく、カシスオレンジのように赤みがかっていておどろおどろしい。この色合いだけで、相当危険な天候なのだと一目でわかる。

そうはいっても、自分で応募した仕事だ。
始める前からリタイアするのは、僕の流儀に反する。やってみて、それでもダメなら諦めればいい。
それに、連日の猛暑に慣れてきた節もある。飲み物も十分に用意してあるし、体力の配分もできるようになった。まぁ、大丈夫っしょ。
またしても盛大なフラグをおっ立てた僕は、このあと地獄を見ることになる。



3度目の圃場。
この景色も見慣れたもんだ。
いつものように農家さんに挨拶をし、飲み物と塩分チャージタブレットを受け取る。そして、簡単な説明の後、人数が多いのでグループ分けだ。

ああ、今日もいるじゃん、2個投げ扇風機おじい。彼と同じグループになると、ダブルアタックに恐れおののく一日となってしまう。それだけは絶対に避けなくては。
農家さんがグループ分けを始める。昨日は、横一列に並んでいるところを真ん中で区切っていた。それで行くなら、おっ、2個投げ扇風機おじいは反対側に立っている。しめしめ。

ところが、ここでイレギュラーな事態が発生した。
バイト勢が僕のグループに多く偏り、全体のバランスが悪くなってしまったのだ。そこで、ベテラン勢のAさん、Bさん、Cさんのうち1人がこちら側へ移ることに。
あれ?ちょっと待ってくれ……Cさんって……


2個投げ扇風機おじいやないかい!


これはまずいことになった。
いや、そこはAさんでいいだろ!「3人のうちだれか移動して~」っていわれても、その3人は即決しないから!それが日本人だから!
案の定、だれにするかはすぐに決まらず、農家さんが指名することに。
心の中のハリー・ポッターが「2個投げ扇風機おじいはダメ、2個投げ扇風機おじいはダメ」と懇願している。ちょっと長くてしゃべりにくい。
組分け帽子もとい農家さんは、少し考えてから、はきはきとした声でこういった。

「じゃあ、Aさんお願いします!」

よかったぁ~!これで僕もグリフィンドールの一員だ!
晴れ晴れとした気分で、今日も圃グワーツでの作業が始まった。


ヘタ切り用のハサミを受け取り、いざ参る。
カボチャの葉や茎だけでなく、雑草までもが道を阻む。
草々を掻き分け進み、手頃なカボチャさんを見つけてはヘタをちょっきん、そしてコンテナ係へパス。
草々を掻き分け進み、手頃なカボチャさんを見つけては……


めっちゃつらいんだけど(3回目)。


うん。

めっちゃつらいんだけど(4回目)。


あれれー?おかしいぞー?
昨日までとは明らかに違う。
とにかく暑い。汗という汗が全身から噴き出している。まだ午前8時前だけど、30℃くらいあるんじゃないか、これ?
さらに、日差しの強さがエグい。今ここで写真を撮ったら、全部白飛びするかも。それくらい太陽の主張が激しい。北風、仕事してくれ。

この気温と日射の両人がインファイトでボッコボコに殴ってきているため、作業者全員もれなく辟易していた。
2個投げ扇風機おじいだけは涼しそうな顔をしているけど。


午前10時になったので、15分間の休憩だ。
やれやれ、とコンテナに腰を掛け、下半身を休ませる。両足をぶらぶらさせるだけでもだいぶ楽。過酷な環境での長丁場になるので、少しでも体の負荷を軽減させておきたい。水分はしっかり補給しているし、塩分チャージもばっちり。しばらくは持ちこたえるだろう。

ふと周囲を見渡すと、おや、だれもいない。
対照的に、隣のグループには人が群がっている。こちら側のグループの人も、僕以外みんなそこにいた。
よく見ると一人の女性が横たわっていて、首や脇にペットボトルをあてている。どうやら、バイトの女性が熱中症でダウンしてしまったようだ。
やっぱり出てきたか。

僕はしばらくコンテナに座ったまま、遠目から様子を見ていた。
「こういうときに駆けつけないなんて!」「薄情者め!」と非難する声もあるだろう。でも、この判断は間違っていないと思っている。
だって、十数人も集まっているなら、僕が行く必要なさそうじゃん。駆けつけたところでやることがなければ、骨折り損のくたびれ儲けというもの。むしろ、体力温存という観点では、真っ当な行動だと自負している。これ以上体調不良者が増えることは、農家さんの望むところではないはずだ。

だからといって、全無視するほどの胆力はない。
ハイエースがやってきて女性を運び込もうとする雰囲気になると、僕もみんなのところへ向かった。
なにか手伝うことがあるかと思ったが、僕より若いお兄さんたちがテキパキと動いてくれていたので、結局最後まで野次馬だった僕。
運ばれた女性は、意識があり、会話もできる様子だった。救急車の手配も済んだようで、とりあえずは一安心だ。


しかし、この一部始終の間、僕以外に一人だけほかと異なる行動をとっていた人物がいた。
察しのいい人はお気づきだろう。

そう、2個投げ扇風機おじいだ。

みんなが女性を心配している中、我関せずといわんばかりに黙々と作業をしている。もちろん、運ぶカボチャさんは2個ずつ。
おいおい、今はそんなことしている場合じゃないだろう。そもそも休憩時間なんだから、水分補給するなりしろよ。みんなとペースを合わせなきゃいけないんじゃないのか?あんたが熱中症で倒れたらやべーよ?扇風機を過信するな!だから作業をやめぇ!

心の声が騒ぎ立てているが、当然僕にしか聞こえていないので、2個投げ扇風機おじいはいつまでもカボチャさんたちと戯れていた。


熱中症で一時騒然となったが、ほかのメンバーで作業を続行することに。
しっかしまぁ、この暑さは尋常じゃない。
第2、第3の犠牲者が現れてもおかしくない状況だ。
実際、一番休憩していた僕ですらだいぶ消耗している。草々を掻き分けカボチャさんたちを探していくが、その足取りは確実に重く、作業は遅々として進まなかった。

息がだんだん荒くなっていく。隣で作業していたおじいさんが「つらそうだけど大丈夫か?少し休んだらいい」と声をかけてくれた。優しい。どこかの2個投げ扇風機おじいとは大違いだ。
作業ラインからはずれ、呼吸を整える。重機に乗ったおじいさんからも「おーい、大丈夫かー?」との声かけが。優しい。どこかの2個投げ扇風機おじいとは大違いだ。

しかし、優しいおじいさんたちの心配をよそに、僕の体調は悪化の一途をたどる。
歩くのがやっとで、ちょっきん係などとても続けられない。
水分補給用の氷水も異常な速さで飲み干され、20リットルのポリタンクはすでに空。手元のペットボトルに入った唯一の水分は、ぬるま湯と化していた。
残り1個の塩分チャージタブレットを口の中に放り、作業ラインに戻る。せめてコンテナ係でもと思ったが、バイトのお兄さんに「休んでな休んでな」と促され、重機に乗せてもらうことになった。優しい。どこかの2個投げ扇風機おじいとは大違いだ。

そんなわけで、無念にも僕は作業をリタイアした。
午前11時45分、あと15分で昼休憩というタイミングだった。



1時間の昼休憩をもってしても、気分はすぐれない。
農家さんに事情を話し、僕は早退することになった。
申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、農家さんは「いいんですよ。午前だけでも作業してくれてありがとうございます。お大事にしてくださいね」と快く受け入れてくれた。優しい。どこかの2個投げ扇風機おじいとは大違いだ。

半日分の給料を受け取り、僕は圃グワーツを後にした。



農家バイトは残り2日分あったのだが、僕はそれらを辞退した。
理由は、あまりの暑さに体調が回復しなかったからだ。

僕の家にはエアコンがない。
そのため、日中はネットカフェへ逃げ込んだ。
冷房のガンガン効いた空間で、メロンソーダやソフトクリームを流し込み、体に冷やしの癒しを与える。
いやぁ、快適快適。

だが、問題は夜。
繰り返すが、僕の家にはエアコンがない。
ということは、30℃以上の部屋で眠らなくてはならないのだ。
連日の熱帯夜で、この週はほとんど寝付けなかった。
これはしんどい。しんどすぎる。バイトあるなしにかかわらず、シンプルに具合悪い。到底バイトに行ける状態ではなかった。
ここ本当に北海道か?


というわけで、カボチャさん収穫バイトは2.5日で幕を閉じた。

今年の夏ほど、地球温暖化を懸念したことはなかった。


(おわり)


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