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天使か悪魔か(恋模様2年1組#8)

出席番号6番 河合ヨシト

「はい、集合!」

 部員はたったの7名。僕は、卓球部のキャプテンだ。

「なに張り切ってんだよ」

 ノブが、小声でからかってきた。久しぶりの新入部員だ。力が入って当然だ。

「じゃあ、今日の練習は…」

 僕は、手を滑らせてボールの入った箱を落としてしまった。彼女は、微笑んで、転がったボールを拾い上げると、僕に手渡した。

「どうぞ」

 その笑顔は、天使だった。見とれていると、ノブがお腹にパンチをしてきた。

 つい最近、入部してきたのは、1年生の高岡さんだ。一か月前に、高岡さんは、友達に連れられて、卓球部を見学しにきた。それから少しした後、「マネージャー希望ですけど、いいですか」と、恥ずかしそうに体育館を一人で訪れた。「友達は?」と聞くと、バスケ部のマネージャーになったという。

 高岡さんは、唯一の女性部員だ。しかも、可愛い。高岡さんは色白で、大人しい。失敗をするとすぐに頬が赤くなる。化粧で誤魔化している女子たちとは違う。

「お前、あぁいうの好きだよな」

 二階を見上げると、同じクラスの瀬戸君がいた。瀬戸君は、ふらふらと時々こうやって僕たちを茶化しにくる。

「お前はいいなぁ、一生懸命で」

 瀬戸君が手招きする。二階に上がると、瀬戸君がチュッパチャップスを手渡してくれた。口の中にコーラの味が広がっていく。瀬戸君とは全然タイプが違うけれど、何だか馬が合うような気がしている。

「お、ナイスシュート!」
 シュートを決めたのは、飯野川君だ。飯野川君は、カッコいい。僕なんかより背が高く、何より華がある。僕も生まれ変わるなら、ああいう体型に生まれたかった。

 体育館は3つに区切られていて、バレー部とバスケ部、そして残りを新体操部と卓球部が使用している。いつしか3分の2は新体操部に占領され、僕たちの卓球部の練習場所は端に追いやられている。キャプテンだから、一言文句でも言ってやればいいのだが、部員も僕も争い事は嫌いだ。なんだがこの体育館の構図は、これから生きていく世界を表しているような気がして、時々うんざりすることもある。

「河合先輩!」

 下から高岡さんが呼んでいる。

「ほら、お前の天使が呼んでるぞ」

 茶化す瀬戸君を睨み付け、僕は下に降りた。

 瀬戸君が言う。

「あぁいう子には気を付けろ」

 その意味が、僕にはまだよくわからない。バスケ部もバレー部も、毎年数人のマネージャーが入るが、卓球部にマネージャーが入ったのは何年ぶりのことだろう。

「ね、どうして卓球部のマネージャーになったの?」

「私は、先輩がキャプテンだからこの部に入ろうと思ったんです」

 うれしいことを言うじゃないか。

「ヨシト先輩、ほら、時間」

 高岡さんは二人きりの時だけ、ヨシト先輩と呼ぶ。もしかしたら、高岡さんは僕のことが好きなのかもしれない。「勘違いするなよ、後で痛い目みるぞ」と、瀬戸君に茶化されるだろうか。それでも、頬を赤くしている彼女を見つめると、それでもいいと思っている。

「よし、練習始めようか」

 僕は、今が一番幸せかもしれない。 



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