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クロスボール#28

前回(第27話 光)のあらすじ…
ユウマに連れられ、電車に乗り込んだケイシ。ユウマから、自分は強くないと聞かされる。南稜高校では、ハルトが高校生に混じって練習をしていた。周りに遅れをとりながらもがくハルトの姿に、ケイシは、今の自分と重ねて、思わず声を張り上げる…

第28話 虹

「もう一人、会わせたい人がいるんだ」

 南稜高校を出て、駅に向かおうと歩き出したケイシを、ユウマが呼び止める。ユウマの視線を追うように振り返ると、車椅子に乗った人影が、少しずつ近づいてくるのが見えた。キャップを被った少年らしき人影は、ゆっくりと車椅子を進めてくる。

「あれは、もしかしてマコト?」

 確かめるように横を見ると、ユウマはしっかりと頷いた。

「そうだ」

 マコトの通う東谷川中学は、この辺りだ。まさか、ユウマが連絡を取り合っていたとは思いもしなかった。

「俺がハルトをつけた日に、ここで会ってさ。色々な話をしているうちに、仲良くなったんだ」

 試合の日、ユウマは、マコトが"チームの頭脳だ"と言った。マコトのことをよく知っていたからこそ、言えたのだろう。

 ユウマが手を振ると、マコトも気が付き、手を振り返した。駆け寄るユウマの後を、ケイシも追った。

「久しぶり。今日は、ケイシも連れてきたんだ」

 マコトは、ケイシの方に車椅子ごと体を向けた。ケイシの顔をじっと見つめると、試合の時のようなクールな表情ではなく、にっこりと笑顔を見せた。

「また会えて嬉しいよ」

 差し出された手を、ケイシは戸惑いながらも、しっかりと握りしめた。マコトも、力を入れ直すようにして握り返してくる。

「ここ、僕が小さいころから、ずっと憧れていた高校なんだ」

 校舎全体を見上げる瞳は、小さな子どもがヒーローを見ているかのようにキラキラとしていた。付近に住むサッカー少年は、一度は皆、南稜高校のサッカー部に憧れを抱く。それは、ケイシも同じだった。

「たまにね、前に進めなくなりそうになることがある。そんな時は、ここに来ることにしているんだ」

 マコトはそう言うと、校舎の周りを右回りに進んでいく。ケイシが、車椅子を押そうと手を伸ばすと、ユウマが首を横に振った。それに気がつくと、「ありがとう。自分出来ることは自分でやるようにしてるんだ」と、マコトは言った。

「事故にあって、サッカーからは、随分と離れていたんだけど」

 テニスコートを通りすぎると、グラウンドの奥がよく見えた。ハルトが、また、部員たちと一緒にランニングをはじめている。表情は険しく、とても苦しそうだった。三坂中学では見られない姿に、ケイシの心は揺れていた。

「ここにきて、ハルトの姿を見た時、驚いたんだ。まさか、ハルトがここまで来てるとは思ってもみなかったから。ここの部員、何人いると思う?」

 マコトの問いかけに、ユウマもクイズを楽しむような表情をした。

「ざっと、200人だ」

「そんなに?」

 ランニングをしている部員の他に、グラウンドの端では、多くの部員が筋トレやボール磨きを行っていた。これだけ多くの部員がいるのならば、ろくにボールも触らせてもらえない者もいるだろう。どの部員も皆、自分の与えられた練習や、役割に一生懸命に見えた。腐ったらそれで終わり。きっと、この部を去るしかない。

「強豪チームになると、それくらいはいるもんなんだ」

 唖然とするケイシに、ユウマが付け加えるように言った。

「ハルトを見てたらさ、自分も何かしないといられなくなった。正直、見つけた時は、とても悔しい気持ちで一杯だったんだけど。何度も通っているうちに、そんな気持ちよりも、またサッカーをやりたいって、そう思う気持ちの方が強くなった」

 休憩の合図が出された。ハルトは、グラウンドに倒れこむようにして座り込むと、ペットボトルに手を伸ばした。部員たちの中で、ハルトに声をかける者はいない。楽しそうに談笑する部員とは違い、ハルトは少し孤立しているようにも見えた。

「僕は、ここを受けるつもりでいる」

「え?」

 マコトは、はっきりと言い切った。目標を口に出した瞳は、まったく迷いがない。

「一般入試になるけど、ここに入りたくて。そして、必ずサッカー部に入るよ」

 ユウマも、横で深く頷いていた。

「だから、僕は次の試合でハルトに勝たないといけない。ここに入ったら、ハルトと同じチームになるだろう?それじゃ悔しいじゃないか。そうなる前に、僕は、ハルトに勝ちたい」

 マコトの眼差しを見つめていると、掲げる目標がすぐにでも叶うように思えた。

「次の試合は、絶対に勝つ。そうハルトに伝えておいて」

 そう言うと、マコトは握手を求めた。差し出された右手を握りしめる。

「俺たちも、負けないからな」

 言葉をかけると、マコトは、また、にっこりと笑った。

 帰りの電車の中では、久しぶりにユウマと笑いあった。会話は途切れない。部活のこと、ハルトのことを思い出しては、わけもなく笑っていた。

 窓の外は、いつの間にかどしゃぶりの雨が降りだしていた。

「すごい雨だね」

「そうだな」

 遠くの空は、雲の切れ間から晴れ間が見え、光が差し込んでいる。

「降りるまでに止むといいね」

「きっと、通り雨さ」

 窓に打ち付けられる雨は、まるでケイシの心の中のモヤモヤを、一気に洗い流してくれるようだった。

「今日は、ありがとう」

「誘ったのは俺だから。俺も、ケイシと一緒にハルトを見たかったんだ」

 ユウマの優しさに、少しずつ心が満たされていくような感覚になっていた。

「自分自身を信じることが、多分、一番大切なんだろうな。ハルトを見てたらそう思うよ。自分を信じられないことが、きっと一番苦しみを生み出しているのかもしれないね。せめて自分くらいは自分を好きで信じてやらないとな」

「そうだね」

 皆、自分と戦いながらもがいている。ユウマの言葉に、ケイシの中の何かが弾けたような気がした。

 電車を降りると、雨はもう上がっていた。

「やっぱり通り雨だったようだね、ほら、あそこ。虹だ」

 ユウマの指差す方に顔を向けると、空にはうっすらと虹が見えた。

「それじゃ、ここで」

「うん、ありがとう」

 家へ向かう途中、空を見上げると、虹が見える方向が変わっているのに気がついた。さっきよりも距離は近づいている。悩みも見方を変えれば、この虹のように答えも変わってくるのかもしれない。
 ケイシは、虹を掴むようにして手を伸ばす。今にも掴めそうだ。手の平を広げると、そこにはまだ虹が見えた。ケイシは目を瞑り、心の中に虹をしまいこんだ。   
 まずは、父に話をしよう。ケイシは、父との約束を思い出していた。今、伝えられることがあるはずだ。ケイシは、軽くなった心に呼び掛けるように深呼吸した。

 家に帰ると、真っすぐ診療所に向かった。上手く伝えられる自信はない。だけど、今の気持ちを素直に伝えたかった。

「なぁ、親父」

「なんだ?」

 父は、振り返ることもなく、診療台の犬と格闘していた。

「俺、サッカー続けたい」

 父は、何も言わず治療を続けている。

「まだ、ちゃんと向き合ってないんだ。俺、今やっと、ちょっとだけ見えた様なそんな気がするんだ。だから、もうちょっとだけ時間をくれないか。ちゃんと考えるから」

 ケイシは、父に頭を下げた。こんな風に、しっかりと頭を下げたことなんて初めてだろう。父が、深い溜息をついた。

「まったく、お前はいつも中途半端な答えしかだせねぇな。一体誰に似たんだか」

「うるせぇ」

 父は、ケイシの目をじっと見つめた。

「やるなら、徹底的にやれ」

 そういうと、父が少しだけ笑ったようにも見えた。

第29話 スポットライト


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