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長谷川不可視「トリップ・オア・トリート」中編

 二日間街道を行き、道中野営などをしながら目的地の村に到着した。軒先、門、その他様々なところにカボチャのランタンが飾り付けられ、魔除け目的の仮装をした子供達が家々を練り歩いている。
「とりっく、おあとりーと! 旅のおねーさんおかしちょーだい」
「よおしかわいい坊や達。とっておきのケーキだ持って行け」
「ありがとー!」
 今日何度目かのやり取り。普段絶叫だとか断末魔だとか、異端を罵倒する声だとか呪詛の声とか、えとせとら。そういうものを聞き慣れている身としては子供の笑顔が全身に染みる。ドナベールは思わず身震いした。ああいい、無垢な笑顔は最高だ。彼らこそ未来だ、幸せに育って欲しい。彼女だけで無くダンも、普段の六割増しくらい元気に見える。ただ中年男性がカボチャかぶってあれだけはしゃぐのはどうかしているが。
 かの神を信じ、己の一生をかけて抵抗した人々は基本解放しているが、唯一子供だけは将来を案じ生かして逃がしている。それが彼女の主義だ。無論彼らにとって私達は父母を殺した憎き敵であるし、これはただの偽善だ。ただ彼女自身の感情が、両親に従うしか無かった彼らを消したくは無いと叫んでいるのでそうしている。両手で数えられる年数しか生きていない彼らが、成長した後かの神をどうするか自ら判断するときに、私は彼らともう一度対峙するのだろう。身勝手ではあるが、ドナベールはその日が楽しみでもあった。
 少しすると、彼女は不自然さに気がついた。何人かの子供達——魔女、ミイラ、仮装は様々だったが——の目の異常さだった。そこにあってないものを見るような、それでいて空虚な中に狂気を孕んだ切迫した目……何だ? 恐らくそのような目をした子一人ならば気がつかなかっただろうが、それが何人も重なると流石に異変を感じざるを得ない。
「おいダン、少し気になることが出来た。着いてきてくれるか」
「今か? 子供と戯れられる貴重な、今を差し置いてか?」
「ああその子供に関することだ」
「素晴らしい、是非俺も同行しよう」
 持ち場を同胞に任せて、ドナベールとダンはその子供達を尾行する。ダンは相変わらずカボチャ頭だったが突っ込むのが面倒なのでそのままにしておいた。
「……?」
「なーんで子供だけで村の外れへ」
 彼らはお菓子を集めきると互いに話すでも無く、バラバラに村の外れへと向かいはじめた。恐ろしい程会話が無い。例え隣を歩いていようと、肩の当たる距離だろうとお構いなしに、静かに早足で真っ暗な森へと進んでいく。「止めた方がいいのだろうか」
「いや、待て。なんかどうにも気持ち悪い。そのまま追いかけよう」
 そのまま森に入って幾ばくか、いつの間にか二人の前に寂れた木造の教会が現れた。最早廃墟一歩手前、あと一年も経てば崩壊しそうな教会だ。それでいて光が無く、項垂れているようにも見える。ただかつて朱色であったであろう屋根だけが、月光に鈍く光っている。ドナベールは思わず、自らを守るように腕を組んだ。なんだ、あれは。ダンの息づかいにも緊張が走る。その間にも、普通の子供なら物怖じしそうにもかかわらず、子供達は躊躇うこと無く入り口へと吸い込まれていく。まるでその教会に丸ごと一呑みにされているようだった。
「気味が悪い。今行くのは得策ではないんじゃないかな」
 ドナベールは得も言われぬ恐怖を覚える。死とも神に逆らう恐怖とも違う、未知の恐怖。感覚としては初めて殺意を向けられた時に近い。だがそんな彼女の発言が聞こえなかったのか、ダンはそのまま引きずられるように教会へと足を踏み入れてしまった。
「ダン!」
 そのまま扉はバタン、と閉まってしまった。


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