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モノローグでモノクロームな世界

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2019年6月の記事一覧

モノローグでモノクロームな世界

モノローグでモノクロームな世界

第五部 第一章
一、
 その通報がサカイとの国境近くにある検閲所からもたらされたのは、副島が出勤して直ぐの事だった。
通報の内容は、昼間、サカイへと出国した入国審査官が、一名、戻らないとの事。
その一報を受けた時の、副島の率直な感想を言えば、またか、だった。

 ナインヘルツで勤め始めて、三年半。その間、ほぼ毎週のようにサカイから人が戻らない、あるいは、サカイへ無許可で出国した者がいるとの報告が後

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モノローグでモノクロームな世界

第四部 第三章
五、
 その警報は突然鳴った。
世界が終わるには、あまりにもあっけない程の幕切れ。

こんな終わり方は想像していなかったけれど、少しの諦念感と共にどこかで私はそれを受けいれた。
不安に彩られた顔の人々。
爆風だろうか。
凄まじい風が私達の行く手を阻んだ。
神経を逆なでる耳障りな警告音。
「どこに行けばいいの?」
真飛にそう、尋ねる。
彼は、答えなんか持っていないはずなのに、不安そう

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White NOise #09

White NOise #09

『明日が来なくても、別にいいの。』

『どうか白に犯される前に。』

『この翼をあげる。』

『この体をあげる。』

『そう、ただ、解放という名の死を我に与えてくれるならば。』

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第四部 第三章
四、
 あの日、病院で私を待っていた彼の瞳に映る私に対する戸惑いと、紛れもない絶望の色。
あの色を見た瞬間、私は自分自身が恥ずかしくなり、それと共にもう後戻りも取り繕うこともできない状態まで来てしまった事を悟った。

私は、もう彼が憧れていたあの頃の私に戻ることも、あの頃の私の振りをすることもできない。私は彼の為に何もしてあげられない。彼の理想の人間を演じることもできない程、私は醜

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第四部 第三章
三、
 今の私にできる最善の策は、さっさとこのマンションから出ることだ。そう分かっていても、他に居場所の無い私は、未だにその決心をつけることができなかった。

 代わりに私がした事と言えば、ひたすら文字を書き連ねることだった。
楽し気に始まった物語は、まるで私自身の心情を写し取ったかのように、苦しみと絶望、寂しさと懺悔、後悔が詰まった作品へと変貌を遂げていった。
私は確かにこの時、

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第四部 第三章
二、
 『アレグロ・バルバロ』
そうその作品に名をつけたのは、特に意味があってのことではない。
ただ、単にアレグロという名の登場人物が出てくること、そして、偶々バルトーク作の曲にそんなタイトルがあったことを思い出したからに過ぎない。

 だが、不思議なことに名をつけた途端、それはその名の形を取っていった。彼女と彼の行為にも、そんな風に名をつけ、くくり葬り去ることができたならば、私は

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第四部 第三章

一、
 目覚ましの音で朝早く起きると、部屋に一つだけあるテーブルに向かいあって座り、朝食のトーストを一緒に食べる。
教科書を入れたバッグを肩にかけ、鉄の扉をすり抜けようとする私に対し、見送るように部屋の入口に立つ真飛は、ほっとしたような笑顔で手を振った。

 家から出ようとしなかったあの頃の私に対し、彼は何かを言う事はなかったけれど、きっと心配をかけていたのだろう。
 だから、騙

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第四部 第二章
三、
 誰かを好きになる事は、それだけで尊い事だ。
それなのに、その事を否定しようとした。

言えなかった。
言う事は許されなかった。
言えば、きっと彼を困らせるだろう。
きっと彼を失うだろう。
 私は、そんな事で失いたくなかったのだ。
この世界で唯一の理解者を。

そうして、己の心を誤魔化すために、嘘の恋をした。

否、それは恋なんて言ってはならない程、醜い色をしていた。
それで

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第四部 第二章
二、
 長閑で暖かな木漏れ日が降り注ぐ公園で読むには、些か不適切だったかもしれない。家に帰る間も惜しみ、近くの公園のベンチに腰掛け、買ったばかりのその本を数ページ読み始めた私は、少しだけその事を後悔した。
だが、文字を追い続ける目を、頁を捲り続ける指を、今更止めることはできなかった。
 ライトブルーの表紙を捲ったその先に居た彼女は、想像していた姿とは全く異なっていた。それどころか、

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第四部 第二章
一、
 うだるような蒸し暑さと刺すような光に、顔を顰めながら歩く。
蜃気楼がゆらゆらと揺れるアスファルトの歩道から逃げるように、目の前の本屋の自動ドアをくぐったのは、もはや必然と言えただろう。

 天井からの薄暗い蛍光灯が灯す店内に人の影はまばらだった。
大方、駅前の新しく出来た大型書店に客が取られてしまったのだろう。どこの町の小さな本屋も、生き残りをかけて大変だと聞く。私が嘗てバ

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第四部 第一章
三、
 真飛は私の異変に気が付いていながらも、気が付かない振りをしてくれた。私にとって、実にそれは好都合だった。何故ならば、私は私の弱い部分を彼に知られてはいけなかったのだから。

 その人が私に声をかけてきたのは、年が明けて直ぐの事だった。
「何か悩んでいるんじゃないですか?私でよければ話だけでも聞きましょう。」
そんな胡散臭い台詞に乗ったのは、誰でもよかったからに過ぎない。だか

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第四部 第一章
二、
 一緒に暮らすことにより、この関係性が変わること。
それを全く意識していなかったと言ったら、やはり無理があるだろう。
だが、私達はいつも何処かで、変わる事に対して、二の足を踏み続けた。

そうして、私達の緩やかに始まった同居生活は、やがて荒波に呑み込まれたボートのように転覆の一途を辿っていった。

 きっかけは些細な事だった。
それらが幾層にも重なり、気が付いた時にはそこから

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第四部 第一章
一、
 引き金を引いたのは、誰だったのか。
この感情に気が付かなければよかった。
そうすれば、私は綺麗なままでいられたのに。
こんな嘘の色を纏わなくてもよかったのに。
 でも、もう戻れない。
どんなにそれを願っても、彼は誰かの横であの頃の私に向けたように、優しい笑顔を交わすのだろう。
だから、その前に私は自らの手で結末を迎えなければいけない。

 もしかしたら、あの夏に私達が出会っ

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