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モノローグでモノクロームな世界

第四部 第一章
三、
 真飛は私の異変に気が付いていながらも、気が付かない振りをしてくれた。私にとって、実にそれは好都合だった。何故ならば、私は私の弱い部分を彼に知られてはいけなかったのだから。

 その人が私に声をかけてきたのは、年が明けて直ぐの事だった。
「何か悩んでいるんじゃないですか?私でよければ話だけでも聞きましょう。」
そんな胡散臭い台詞に乗ったのは、誰でもよかったからに過ぎない。だから、私は未だにその人の顔を正確に思い出すことができない。今でも覚えている事と言ったら、少し低い声でぼそぼそと小さな声で話すあの話し方と、男の人の手にしては、しなやかで長く冷たい指の感触だけ。

 何故、こんな風に二人きりで隠れて会うようになったのかも、その経緯すら覚えていない。どちらから言い出したのかも。彼にとってはもしかしたら、最初から私はただの都合の良い女でしかなかったかもしれない。それはそれで構わない事だった。私にとっても、彼の存在は、真飛に正面から向き合えなかった私の逃げ場所でしかなかっただから。
そうして、愚かな私は、ある確信に触れてしまった。
真飛の事が好きだという事実を。
その人と会い、肌を交わす事により、私はその事に気づいてしまった。

 笑いだしそうになる程、滑稽で最悪だった。
それなのに、その事に気づいた後も、私はその人との関係を続けた。真飛に彼との関係がばれて、家を出て行くように促されるかもしれない。そうなる可能性も頭では解っていた。
 ただ、この空虚な体を埋めてくれればそれでよかった。
ただ、この気持ちに蓋をしてくれればそれでよかった。
たとえ、それが歪んでいようと、この気持ちに気づいてはいけない。
今なら、まだ気が付かない振りをできるかもしれない。
臆病な私は、自分自身の気持ちからもそうして、逃げ出した。

 矛盾した心と体を抱えたまま、私は失速を続け、地へと堕ちていく。
もう翼は役に立たないだろう。
その人との関係を続けながら、それでも満たされない心と体のアンバランスに、私は何時からか自らを壊していった。
もうその頃には、少しの刺激では自分という存在を繋ぎ留めておくことができなくなっていた。
痛みを感じる時にだけ、現実で居られる。
どうしようもない私を少しだけ受け止め、少しだけ許すことができた。

 そして、笑うのだ。
真飛の理想で居るために。仮面をかぶり続け、少しだけウィットに富んだ会話を交わし、少しだけ物憂げに振舞ってみせる。
彼好みの少しだけ周りと違う自分を持て余している自分を演じなければいけない。
演じろ、演じろ、彼の理想を。
決して間違えるな。これは、ゲームだ。
間違えたら、そこで終わり。
私はこの世界で唯一の居場所を失う。
だから、決して間違えてはいけない。
見せてはいけない、どす黒く醜い自分を。

決して、知られてはいけない。
背中の翼がもうとっくの昔に折れていることは。


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