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モノローグでモノクロームな世界

第四部 第二章
一、
 うだるような蒸し暑さと刺すような光に、顔を顰めながら歩く。
蜃気楼がゆらゆらと揺れるアスファルトの歩道から逃げるように、目の前の本屋の自動ドアをくぐったのは、もはや必然と言えただろう。

 天井からの薄暗い蛍光灯が灯す店内に人の影はまばらだった。
大方、駅前の新しく出来た大型書店に客が取られてしまったのだろう。どこの町の小さな本屋も、生き残りをかけて大変だと聞く。私が嘗てバイトをしていたあの本屋も、店長はいつも売上表を見つめながら頭を悩ませていたものだ。

 店内をゆっくりと見て回る。比較的若い家族世帯が多い町や客層に合わせてだろう。入口から入ったすぐの場所には、子供向けの本や絵本が種類豊富に取り揃えられている。『子供に読み聞かせたい名作』と題うたれたポップの下には、ねずみの兄弟の話や緑色の鮮やかな青虫の絵本等、どれもこれも懐かしい本が並んでいた。
 思わず手を伸ばしかけた私の手は、だが絵本の横に誰かが置き忘れていったであろう青い背表紙の本を手に取っていた。

淡いブルーが爽やかな印象を与えるその本の表紙を、若い女性が映る写真と手書き風のタイトルが飾っていた。帯に踊るのは、現役女子大生の赤裸々な日々の文字。そして、後ろ姿を見せる彼女の前方に映っていたのは、私が今も苦しみながらくぐっている赤煉瓦の門だった。
 興味が惹かれないという方が無理だっただろう。
自分とほぼ同じ境遇の、それでいて全く違う彼女の生活に。
もしかしたら、双葉麻衣に目をつけられなければ、否、私が馬鹿な失敗をしなければ、送っていたかもしれない日々に。

 手に取ったその本は、混じり合わないインクと紙の匂いがした。


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