モノローグでモノクロームな世界

第四部 第三章
二、
 『アレグロ・バルバロ』
そうその作品に名をつけたのは、特に意味があってのことではない。
ただ、単にアレグロという名の登場人物が出てくること、そして、偶々バルトーク作の曲にそんなタイトルがあったことを思い出したからに過ぎない。

 だが、不思議なことに名をつけた途端、それはその名の形を取っていった。彼女と彼の行為にも、そんな風に名をつけ、くくり葬り去ることができたならば、私はこんなにも今、絶望感を味わうことはなかったのだろうか。

 二分半の曲があっという間に終わってしまうように、楽しい時間が長続きしないということを、今までの経験で私は嫌という程知っていたというのに、迂闊にもこの瞬間まで忘れていた。無から生み出すことの楽しさに浮かれた、これは私への罰なのだろう。


 その光景を見た瞬間に頭の中では、何故とどうしてという疑問符だけが渦巻いた。
一体、どこで彼らは出会ったのだろうか。

 私をここまで落としめた彼女の姿を、大学以外で見かけるとは正直思わなかった。それがよりにもよって、こんな形で交差するとは、なんと人生は皮肉なものなのだろうか。
 その日も遅くまで図書館に居た私は、すっかり暗闇に溶け込んだ歩道を一人歩いていた。恐らく、家に帰ったところで彼は居ないだろうと考えながら。
 最近の真飛は、大学の研究とバイトが忙しいらしく、ここ最近の私達はほぼすれ違うような生活を送っていた。
思えば、彼がどこでバイトをしているのかも、どんな研究をしているのかも、彼のことに関して、私は知らないことばかりだった。それを気づかない程に、私は自分の事だけで、精一杯だった。
  冷え切って人気の無い部屋に帰るのは、正直、気が滅入る。まるで、世界から一人だけ切り取られたように、あの部屋の空気は冷たく、それでいてどこまでも優しいからだ。だから最近の私は、少しでも孤独を紛らわすために、家に帰ってからもパソコンに向かいあう生活を送っていた。
 夕食を簡単に済まそうと一度、家に向かい荷物を置くと、マンション近くのコンビニへと向かう。
早く帰って続きを書こう。
知らず足早になる私の足は、しかし、コンビニの手前の駐車場でその光景を見た瞬間、地面に縫い付けられたように一歩も動かすことができなくなってしまった。
街灯の下に伸びる、二つが重なった歪な影を見た瞬間から。

 影は蔦のように伸び、私の足を地面へと縫い付けていく。
手から落ちた財布が地面に落ち、場違いな程、軽快な音をたてながら、小銭が路面に散らばっていった。
ばらばら、ばらばら、と。
真飛? 見慣れたその背に向かい、声をかけようと口を開いた。
何をしているのと。
その瞬間だった。
彼の影から小さく顔をだした者がいた。
街灯に照らされたあの女の顔を、私は一生忘れることはできないだろう。
緩く巻かれた髪。
厭らしく零れた赤い唇。
その唇が私に向かって、醜く歪んだ。

「さようなら。」

 

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