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モノローグでモノクロームな世界

第四部 第一章
一、
 引き金を引いたのは、誰だったのか。
この感情に気が付かなければよかった。
そうすれば、私は綺麗なままでいられたのに。
こんな嘘の色を纏わなくてもよかったのに。
 でも、もう戻れない。
どんなにそれを願っても、彼は誰かの横であの頃の私に向けたように、優しい笑顔を交わすのだろう。
だから、その前に私は自らの手で結末を迎えなければいけない。

 もしかしたら、あの夏に私達が出会っていなかったのならば、私達はお互いがお互いの場所で、少しだけこの世界を憎みながら、少しだけこの世界に迎合しながら、それなりの幸せで今も暮らしていたのかもしれない。
 だが、私達は知ってしまった。
そして、知ってしまった。
お互いの存在を。

 東京に来れば、変われると思った。
それこそ、陳腐な発想だけれど。
それでも、もうあの町に居るのは限界だった。
それなりに話し相手もいた。それなりに下らないことを話し合える、笑いあえる仲間もいた。
 家族は私に興味が無い代わりに、私の事に対して口を挟むことも無かった。

だから、あの町に何か特別負の感情があったわけでもないし、そういった人間が居たわけでもない。ただ、あの町の閉塞感が私の神経を度々、酷く逆撫でた。
 県内の国立大を蹴り、遥かにランクが落ちる都内の私立大を選んだ私を、学校の担任教諭だけが、引き留めた。それは別に彼が私の将来を真摯に考えての行為ではなかった事は明らかだった。ただ、その国立大に受かったのが、進学校を名乗っていた学校で、その年受かったのが私一人だけだったのに過ぎないからだ。
故に、彼の空虚な言葉は、私の行動を引き留める事は無かった。

 スーツケース一つで、都心に住む彼の部屋に突然押し掛けるような真似をした私を、彼は驚き戸惑いながらも受け入れてくれた。
「住所が変わっているとか、思わなかったの?」
そう問われて、初めて私は自分の行動に愕然とした。
全くその懸念を考えなかった事に対してと、なんて浅はかで迷惑な行為をしてしまったのだろうという二つの意味が、羞恥心として私の体を今更ながら駆け巡っていく。
いつもそうだ。
彼に関する時、普段、慎重深い行動を心掛けている私だというのに、いつも早まった行動をしてしまう。
謝罪の言葉を早口でまくしたて、顔を見ずに足下に置かれたスーツケースを掴むと、私は元来た道を引き返すために体を反転させた。
何でもない振りをして、歩きだすのだ。
頭で体に指示をする。心臓は早鐘を打ち続ける。
その音は聞かれてはならない。
ようやく踏み出した足は、だが、二歩目を継げる事無く、中途半端に止まった。
 私は戸惑いながら腕を掴むその手の持ち主を見上げた。
「別に俺は構わないよ。前に話した事あったっけ?ここ、海外赴任中の叔父の家なんだけど、一人で暮らすには部屋が多すぎて、一年近く暮らしてるけど、どうにもしっくりこなくてさ。
・・・・・・・でもさ、その、君は本当にここで暮らそうと思ってきたの?」
変な聞き方をする彼に私は戸惑いがちにどういう意味か問う。
「いや、その・・・・・・俺達、別に付き合っているわけでもないわけだし、それなのに、一緒に暮らすっていうのは。」
戸惑いがちにそう言葉を繋げる彼の顔は、私が知っていたあの頃とさほど変わっていないように私の瞳には映り、その事に何故か安堵している自分が居た。
「そうか、そうだよね。ごめんなさい、私、そういうのに本当に疎くて。
迷惑・・・・・・だよね。」
「そのさ、他に行く場所はあるの?」
被さるように尋ねた彼の言葉に、私は静かに首を横に振った。

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