川川

本の感想

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最近の記事

リチャード・セネット|クラフツマン:作ることは考えることである

「労働する動物」vs「工作人」 本書は、著者であるセネットが、ハンナ・アレントの「労働する動物」という考えに対して抱いた疑問から出発する。まずは、アレントの考えから紹介したい。アレントは人間には二つの次元があると考えた。一つは、「モノを作る」という次元であり、この次元において、人は考えることを特段せずに仕事に没頭する。これが「労働する動物 animal labourans」である。もう一つの次元は、より高尚な次元であり、「なぜ」モノを作るのかといった疑問やその判断にこだわ

    • 勝手に書評|國分功一郎|暇と退屈の倫理学(後編)

      前編はこちら↓ ハイデッガーの退屈論:3つの退屈本書の第5章では、ハイデッガーの退屈論が紹介されている。ハイデッガーによれば、退屈には三つの形式があるという。それは、 ①何かによって退屈させられること ②何かに際して退屈すること ③なんとなく退屈であること ①の何かによって退屈させられることは比較的分かりやすい。本書では電車を待つことが例として挙げられている。ここではつまらない授業を例として考えたい。つまらない授業では、私たちは退屈し、退屈な授業だったと終わってから思う。

      • 勝手に書評|國分功一郎|暇と退屈の倫理学

        改めて読み直した個人的な理由 数年前に一度読んだことのあるこの本を、今改めて読み直している。この本を読んだのは、まだ学生だった2017年頃だったと思う。以来、書店では幾度となく見かけてきたが、「退屈をどう生きるか、どう暇でいられるかみたいなことが書かれていたなあ」とぼんやりと思い出すのみだった。最近は文庫版が出たこともあってか、どの本屋にも置かれていて、よくおすすめされて平積みされているのも見る。その点、とりあえず面白い本みたいな位置づけになっているような気もがしなくもない

        • 勝手に書評|寺尾紗穂|日本人が移民だったころ

          寺尾紗穂(2023)『日本人が移民だったころ』河出書房新社 とある図書館で目に止まった本だ。著者の寺尾紗穂さんは、シンガーソングライターとしても活躍しており、インターネットで偶々知って以来、よく聞いていたしCDも持っている。本を出していることは知っていたのだが、あまり見かける機会がなく、今回初めて図書館で出会った。その時は他に目当ての本があり、貸出期限の2週間ではこの本に辿り着けそうもなかったので、その本を返す時に借りようと決め、数日前にようやくこの本を読み始めた。それにし

        リチャード・セネット|クラフツマン:作ることは考えることである

          勝手に書評|レベッカ・ソルニット|ウォークス 歩くことの精神史

          レベッカ・ソルニット著、東辻賢治郎訳(2000/2017邦訳)『ウォークス:歩くことの精神史』左右社 タイトルにある通り、「歩くこと」に関して書かれた本である。英語の原題は、「Wanderlust: A History of Walking」となっており、さまよい歩くといった放浪的な意味合いも含まれているかもしれない。必ずしも目的地へ行くための歩くことだけではないことが、本書を通して様々な角度から書かれている。 タイトルからもテーマは「歩く」というシンプルなものだとはすぐ

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          勝手に書評|石牟礼道子|苦海浄土 わが水俣病

          石牟礼道子(1972/2004新装版)『苦海浄土:わが水俣病』講談社文庫 この本、読んだことありますか? そう聞いてみたくなる。あまりに切実な内容だ。この本をきっかけにして、公害や環境問題に意識を向けるようになった人は少なくないと思う。 今から50年以上も前に書かれた本なのに、その内容とともに打たれた警鐘は現代にも強く鳴り響く。むしろ、50年も経ったのに状況はさほど変わっていないどころか悪化しているかもしれない、と胸がざわめく。 小学生か中学生の頃、社会の授業で「公害」

          勝手に書評|石牟礼道子|苦海浄土 わが水俣病

          勝手に書評|松村圭一郎|小さき者たちの

           この本に出会ったのは、北杜市にある「のほほん」というカフェが併設された小さな本屋さんだった。タイトルを見た時、すぐに〈小さき者〉が何を指そうとしているのかピンときた。著者である松村圭一郎さんの他の著作『くらしのアナキズム』などを呼んでいたから、それはきっと〈名もなき者〉〈普通の、ありふれた人びと〉〈歴史物語の中では取り上げられることのない人びと〉そういう人たちを指すんだろうと思った。そういう本を読みたいと思った。  本屋でこの本を購入し、同じ場所でアイスコーヒーを注文して

          勝手に書評|松村圭一郎|小さき者たちの

          勝手に書評|中空萌|知的所有権の人類学

          中空萌(2019)『知的所有権の人類学:現代インドの生物資源をめぐる科学と在来地』世界思想社  この本は、読み進めるのに少し時間がかかってしまった。手元の記録を見ると、4月24日に読み始め、5月に3週間ほど間が空いて(自分の研究などで忙しかったため)、今日6月3日に読み終えた。読むのに時間がかかった理由の一つとして、本の内容に没頭するまでに少し時間を要したということがある。大抵の本は、電車に乗っている時間や待ち時間などにどんどんと読み進められるのだが、この本は、舞台(調査フ

          勝手に書評|中空萌|知的所有権の人類学

          勝手に書評|時がつくる建築 リノベーションの西洋建築史

          加藤耕一(2017)『時がつくる建築:リノベーションの西洋建築史』東京大学出版会 西洋建築史を専門とし、東京大学で教鞭をとる加藤耕一さん(1973〜)による一冊。サントリー学芸賞(芸術・文学分野)を受賞した本でもある。その際の三浦篤さんによる選評がとても分かりやすくまとまっているので載せておきたい(こちら)。勝手気ままに書いているこの書評よりもためになると思うので、合わせて読んで頂ければと思う。 二〇世紀的価値観への疑問 本書でまず提示されるのは、建築に関する二〇世紀的価

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          勝手に書評|絡まり合う生命 人間を超えた人類学

          奥野克巳(2022)『絡まり合う生命:人間を超えた人類学』亜紀書房  人類学者の奥野克巳さん(1962〜)による最新の著作である。奥野克巳さんは現在、立教大学で教鞭に立っており、近年は精力的に著作活動を行っている。単著では、『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(亜紀書房, 2018)や『モノも石も死者も生きている世界の民から人類学者が教わったこと』(亜紀書房, 2020)があり、『ひび割れた日常 : 人類学・文学・美学から考える』(亜紀

          勝手に書評|絡まり合う生命 人間を超えた人類学

          勝手に書評|中島岳志|思いがけず利他

          中島岳志(2021)『思いがけず利他』ミシマ社  最近、ミシマ社の本が面白いという話を友人としていて、その時に紹介された本がこの『思いがけず利他』だった。著者の中島岳志さん(1975〜)は、東京工業大学のリベラルアーツ研究教育院で教授をされている方で、同組織には、池上彰さんや伊藤亜紗さんなど、良く名前を耳にする方も多く在籍している。國分功一郎さんも一時、この教育院で教授をしていた。  本書は、東京工業大学未来の人類研究センターの「利他プロジェクト」(詳細はこちら)の成果の

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          勝手に書評|希望のつくり方

          玄田有史(2010)『希望のつくり方』岩波新書  本書は、東京大学社会科学研究所で2005年から行われている「希望学」プロジェクトの成果が元になっている。(「希望学」プロジェクトについてはこちら)著者であり経済学者の玄田有史さん(1964〜)は、この「希望学」プロジェクトのリーダーである。「希望学」プロジェクトの成果としては、『希望学1〜4』(東京大学出版会)などが挙げられるが、本書はそれらを一般向けに書き直したものだといえる。 「希望を持つ」とはどういうことか 「希望」

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          勝手に書評|私とは何か 「個人」から「分人」へ

          平野啓一郎(2012)『私とは何か:「個人」から「分人」へ』講談社現代新書  小説家の平野啓一郎さん(1975〜)による、分人主義の考え方をまとめた新書。「分人主義」と書かれると、なんだか難しそうな感じがする。分人もよく分からないし、主義という言葉は少しいかつい。でも、この本を読むと、そんな難しいものではないということが分かる。分人という考え方は身近な悩みを紐解いてくれる素晴らしいツールなのだ。 個人じゃなく分人ってどういうこと? 個人は英語でindividualと書く。

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          勝手に書評|メイキング 人類学・考古学・芸術・建築

          ティム・インゴルド(2013), 金子遊・水野友美子・小林耕二訳(2017)『メイキング 人類学・考古学・芸術・建築』左右社 Ingold, T. 2013. Making: Anthropology, archaeology, art and architecture. London, Routledge. 4つのA ティム・インゴルドは1948年イギリス生まれの社会人類学者であり、1976年にケンブリッジ大学で博士号を取得している。彼の博士論文は、フィンランド北東部の

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          勝手に書評|セルフビルドの世界

          石山修武文, 中里和人写真(2017)『セルフビルドの世界 家やまちは自分で作る』筑摩書房(ちくま文庫) 建築家・石山修武 石山修武(1944〜)は、日本を代表する建築家の一人である。彼の代表作は、なんと言っても31歳の時に建てた「幻庵」(1975年)だろう。まずは、「石山修武 幻庵」とググってその写真を見てほしい。とにかく特徴的な形態をしている。どこかの先住民族のトーテムを想起させるような、そういう出で立ちである。それでいて、内部は、少し宗教性のある、神秘的な空間が広がっ

          勝手に書評|セルフビルドの世界

          勝手に書評|忘れられた日本人

          宮本常一(1960/1984)『忘れられた日本人』岩波書店(岩波文庫) 採集者として伝承者として 宮本常一(1907-1981)自身があとがきにも書いているように、この本の大半は雑誌『民話』(1958年に創刊された「民話の会」の機関誌)に隔月で連載された「年寄たち」という文章が元になっている。彼は、昭和14年(1939年)から全国各地を歩いてみてまわり、その遍歴は生涯続くこととなる。戦後しばらくは郷里である山口県周防大島で百姓仕事をしながら、西日本を中心に各地の庶民の生活に

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