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【掌編小説】夫婦円満の秘訣

私は、車の一人旅が好きです。
仕事が落ち着いた時、何にも考えずに、どこに行こうとか、目的地を決めずに走り出していきます。
街中の混雑を避けて、スイスイ走れる郊外へ。
スマホの電源を切って、FMラジオをかけ、季節が快適な気候なら窓も開けて。

泊まるところも決めていないので、とんでもない田舎で眠くなって、迷惑にならない道の駅で仮眠をとらせてもらったりなんてこともよくあります。

冬から春へ、少しずつ暖かくなってくるころ、仕事から解放された私は、勢い込んで出発してしまった私は、まだ雪の残る峠を恐る恐る越えて、電波が悪くて雑音だらけだったFMラジオも聞こえ始めたあたりで、ホッとした気分で下り坂を走っていました。

計画性ゼロの旅なので、こういうこともしょっちゅう起こります。
こんなことも、気分が変わって楽しい思い出になったりもします。
無事に帰って来れた後だから言えることかもしれませんが…

ラジオからは、地元の番組でしょうか、昼下がりの穏やかな雰囲気の情報番組が流れていました。
リスナーの年齢層は高そうで、地元の駅前の百貨店で開催している和菓子イベントの話で盛り上がりながら、パーソナリティがメールを読みます。

私は、結婚してウン十年経ちますが、よくケンカもしています。
この年でも意地を張ってしまって、なかなかうまく謝れないことが多いのですが、
そんな時は、妻が好きだという甘納豆を買っては、次の日あたりに、しれっと渡すようにします。すると、妻は喜んで食べくれて、それでなんとなく仲直りのようになって、次の日からは笑顔で話せるようになります。
こんなことで?って思うのですが、それでも何とかなるものです。
これが夫婦円満の秘訣というものでしょうか。

よくある話だけど、ちょっといい話だな、なんて聞きながら
機嫌よく道を走っているとお腹が減ってきました。

そんな時は、だいたい都合よく道の駅が見つかります。
大きくはないけど、新しくて良さげなフードコートをありそうです。

車を降りて、建物の中へ。
フードコートで、そこの名物らしい“幻の豚肉”のトンカツ定食を注文して席を探します。
4人掛けのテーブルが8席、1人用のカウンターが7~8席、思ったよりもさらに小さめなのもあってあまり席が空いていない。

お昼過ぎの田舎のフードコートでこれだけ混んでいるのは、気っと料理に定評があるに違いない、なんてちょっと期待を膨らませつつ、一か所だけ空いていた4人掛けテーブルへ着いた。

「いっつも!そうやってあたしが悪いみたい言うし!」
「お前がいつまでも小さいことで文句言うからだろ!」

しまった。横の席の夫婦らしき二人、ケンカしている。
早口で言い合ってるので内容はわからないし、あんまり聞きたくもないので、ひっそりと、そしてそそくさと幻のトンカツに手を伸ばします。

「だから俺にばっかり言うなよ!」

旦那さんが大きな声を出します。
と同時に、食器を置くドン!という音がとても大きくて、食べ始めていたカツの肉の柔らかさに感動して意識がそっちへ行っていた私は、思わずビクッっとなってしまいました。

「あ、すみません」

私の挙動に気が付いて、申し訳なさそうに謝ってくれて、それで何となくケンカは鎮火。
ですが、二人とも無言で非常に気まずい空気が流れます。

急いで食べたので、幻のトンカツ、すっごい美味しかったはずなのに、あんまり覚えていません。
また来ないとな…
そんなことを思いながら、フードコートを後に。
その後、トイレに行って、水を買おうと売店へ入りました。

売店も、規模は大きくないけど、スタンダードなこの地方のお土産に加え、地元の農家さんの果物やお菓子、伝統工芸品などがしっかりそろっている立派なラインナップです。

ペットボトルの水と、ちっちゃなチョコレートでもあればと思って、店内を回ると、和菓子コーナーで、さっきの若夫婦の旦那さんを見かけました。

旦那さんの手には甘納豆が。
さっきのラジオの夫婦円満のエピソードが浮かんで、私がおもわず「あ」と声を漏らしてしまいました。

その声で私に気が付いた旦那さんが「さっきすみません」と、困ったように丁寧に謝ってくれます。
さっきはちゃんと見てなかったのですが、年齢は30歳前後くらいでしょうか、スラっとした好青年で、フードコートでの怒り声とは打って変わっての優しい声が印象的でした。

「甘納豆、お好きなんですか?」
私がそう尋ねると、ちょっと恥ずかしそうに笑って

「はい、妻が好きなので機嫌を取ろうと」
奥さん、若いのにピンポイントに甘納豆好きなんだとちょっと驚きます。

「そういう話、聞いたことあります。効果あるといいですね」
さっきのラジオの話をしようかと思ったけど、そんなに長話するような状況でもないかなと思って、さらっと会話を交わして、通り過ぎようとしました。
夫婦喧嘩なんてよくある話だし、見ず知らずの人に夫婦喧嘩のネタで話を引っ張られるのもちょっと煩わしいでしょうし。

すると旦那さんがぽつりぽつりと話してくれました。

「妻が言ってたんです。
よくお義父さんが、お義母さんが好きだからと言って、和菓子屋さんで甘納豆を買ってきてくれてたって。
それで、妻も一緒に食べていたら、いつの間にか甘納豆が好きになったって。
でも、お義母さん自身は甘納豆あんまり好きじゃなくて。だから、娘にほとんどあげて、自分ではあんまり食べてなかったらしいです」

もちろん、ラジオのベテラン夫婦と、この若夫婦、親子じゃないかもしれないです。
けど、そうであってほしいな、なんてちょっと思いました。

不器用だけど、仲直りしたくて自分から歩み寄るお父さんと、
その気持ちを察して、甘納豆をおいしそうに食べる、甘納豆嫌いのお母さん。

夫婦円満って、そういうことなのかもしれないですね。

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