note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第17話
家を出ると、澄んだ青空が広がっていた。最初は乗り気ではなかったけれど、次第に晴れやかな気分になってきた。
「いやあ、いい天気ですね」
空を見上げたバシャリの奇妙な服装を、わたしは見とがめた。
「あなた、いい加減シャツの上に腹まきをするのはやめてくれないかしら」
「どうしてですか? これほどの素晴らしい品は、周囲の目に晒すべきですよ」
あの日以降、バシャリはどこに行くにも腹まきを身につけている。それも、シャツの上からだ。
みっともないからやめろ、と口をすっぱくして注意しても、毎回この調子ではぐらかされる。
「それに勝手に帽子まで……」
バシャリの頭の上ではまっ白のパナマ帽が、日光を受け止めている。
「これですか」
と、バシャリは帽子のつばに手をかけた。
「これは周一からの贈答品ですよ。いいものですね、地球の帽子は。あらゆる害悪から身を守ってくれます」
また大げさなことを言って、と呆れていると、
「みんなでお出かけかい」
家の前を箒ではいていたマルおばさんに声をかけられた。目尻をさげて微笑んでいる。
「おおっ、マルおばさん。相変わらず栄養を過剰に摂取した体形をされていますね」
バシャリがわけのわからない挨拶を返した。
「あんたも、今日も腹まき似合ってるよ」
「そうでしょう。でも幸子は腹まきを外せと言うんですよ。信じられますか?」
「本当だね。そりゃさっちゃんが悪いわ」
マルおばさんが豪快にわらいながら同意した。
バシャリはすでに近所中の有名人だ。腹まきをした映画俳優以上に男前の男性が、自分は宇宙人だと言い張るのだ。
目立たないわけがない。バシャリについて問われると「勉強のしすぎでおかしくなった大学生ですわ」と、答えることにしている。我ながら完璧な嘘だと思う。
記事にあった空とぶ円盤研究会の所在地は、五反田駅のすぐ近くだった。わたしは、記事の切りぬきをたしかめた。
「住所はここなんだけど……」
そこは、古びた書店だった。木造の一軒家で、トタン屋根の一部が今にもはがれ落ちそうだ。
店前には一応、新刊本や入荷間もない雑誌も並んでいるが、たいして売れている様子もなく、普通の書店にあるような宣伝用ののぼりもない。
商売っけというものが、一切感じられない店だ。とても空飛ぶ円盤を研究しているような場所には見えなかった。
店に入るかどうか躊躇していると、
「あなた方も空とぶ円盤研究会に用があるのですか?」
背後から声をかけられた。振り向くと、まっ白なシャツが目に飛び込んできた。
視線を上げると、三十歳くらいの男性が柔和な笑みを浮かべている。
バシャリほどではないが、かなり身長が高い。健吉がさっとわたしのうしろにかくれた。
バシャリがずいっと前に進み出た。
「おお、あなたは空とぶ円盤研究会の人間ですか?」
彼は、目をぱちくりさせた。バシャリの身長にたまげたみたいだ。
彼ほど上背があれば、自分より背が高い人間が珍しいんだろう。だが、すぐに落ちつきを取り戻したのか、おだやかな口調で答えた。
「いいえ、違いますよ。ですがここに用があるのはあなた方と同じだ」
「そうですか。では目的が同じ同志として一緒に行きましょう」
「ええ、ぜひそうさせてください」
彼は、小さく頭を下げた。
空とぶ円盤研究会に用があるんだから、この人も変わった人なのかしら……
ちらちらと彼を観察した。でも、別段おかしな点は見当たらない。それどころか物腰もやわらかで品も良さそうだ。
足元に目をやると、よく磨きこまれた靴が光を放っている。ずいぶんと上等そうな革靴だった。
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