見出し画像

それぞれのパーティー!「りんご音楽祭2022」フェス初心者による公式開催レポート

「どこに住んでいる、どんな人でもお越しください」

長野県松本市にて開催される野外音楽フェス「りんご音楽祭」。規模を縮小しての開催となった2020年-2021年を経て、14年目となる今年度は例年通りの規模に戻すことを宣言。ステージを6つに増やし、200組を超えるアーティストが出演となった。

フェスもりんご音楽祭も初参加の筆者が、会場と松本の街を三日間自分の足で回ってきた。自分自身の、そして周りから聞こえてきたありのままの声を届けていきたいと思う。

【9月23日(土)】

「フェスなら雨でも楽しいと思って!」

朝10時、松本駅に到着。まず先に宿に荷物を預けに行くと、チェックアウトしにきた登山用の大きな背負った二人組と居合わせた。「登山ですか?」と声をかけると、「いえ、りんご音楽祭に」と返された。

聞けば、登山の前のりで松本まで来たものの、翌日の予報は雨。ひとまず飲みにでかけたら、飲み屋のカウンターでりんご音楽祭運営スタッフの飲み会に居合わせたという。そのまま一緒に乾杯をし、「そっか、明日からりんごか! 行こう!」とプランを切り替えたという。まさしく、「住んでいる街でやっているフェス」ならではの出来事だ。

「雨だから逆にね。雨の中の登山はきついですけど、フェスなら雨でも楽しいですから!」と笑うお兄さん。「やばい、全然準備してない!フェス行くときはいつもプレイリスト作るのに!」いそいそとりんご音楽祭のタイムテーブルを確認している。連れの方は、「せっかく松本きたし、ラーメン食べてから行こうよ。前おいしいところあったよね」とのんびり。

一連の会話を聞いていた宿のオーナーに、「いいなぁ、りんご。みんな朝からうきうきしていて、街が色めきだってる感じがしますね。楽しんできてください!」と見送られ宿を出る。

「山だ……。りんごって、すごいところで行われてるんだね」

松本駅前から運行しているシャトルバスは数分で満員になり、すぐに出発。街を抜け、ぐんぐん丘を登っていく。道中、窓からりんご畑が見えた。外は相変わらず小雨が降り続いているけれど、真っ赤に熟れたりんごを眺めているとわくわくしてくる。

バスは15分足らずで会場のアルプス公園についた。駐車場からは、霧の中にそびえ立つ山脈が見渡せて、おぉ、と思わず声が漏れる。後ろの席の人が、「うわー、山だ……。りんごって、すごい場所で行われてるんだね」と呟いたのが聞こえた。

「祭り、始まったな」

初日の演奏が始まるのは12時から。ぐるっと会場を回ってみることにする。今年は、計6ステージでの開催のため会場を回るのが大変かと思ったが、ステージの距離は案外近い。

ミラーボールきらめく「きのこステージ」。
さながら屋外クラブ。
坂の中腹にある「わさびステージ」。
晴れの日はステージの向こうに山と青空が見える。
RedBullのテント下の「おやきステージ」。
とにかくアーティストとの距離が近い。
RedBullのDJカー「Redbull EVVOステージ」。
いつ通っても誰かが踊っているご機嫌なエリア。
芝生の丘にある「そばステージ」。
後方にはレジャーシートを広げてくつろぐ人々も。
最大規模のステージ「りんごステージ」。
木々に囲まれており、日中は木漏れ日が気持ちいい。

どこに落ち着くかを決めかねてうろうろしていると、森の中からフェスに似つかわしくない和太鼓の音が聴こえてきた。ドンドコと音のする方へ進んでいくと、りんごステージで切腹ピストルズの演奏が始まっていた。和太鼓、尺八、笛、法螺貝に三味線。野良着に菅笠を被った面々が雨もなんのその、音を鳴らしてステージの床を踏み鳴らす。

「ここ数年、地元の祭りもなかったし、祭囃子自体聴くの久々じゃない?」
「初日の一発目にこれ持ってくるの、ほんとりんごって感じ。フェスだけど、フェスじゃないんだよ。祭り、始まったな」

初めは棒立ちだったレインコート姿の観客達も、徐々に熱量が上がってきて声を上げて踊り始めた。まさしく祭りのはじまりだ。

「んー、地獄やな! これも思い出や!」

祭りっぽいものが食べたくなり、ぽっぽ屋でポテトを買った。テントで雨をしのぎつつポテトをつまんでいたら、女の人二人組がビールのカップを持って駆け込んできた。

「んー、雨、地獄やな!〇〇ちゃん、これが初りんご?」
「そうそう」
「そっかそっか!ワハハ!まぁ、これも思い出や!これからのりんごに乾杯!!」

また別の人がテントに入ってきた。入れ替わりで出ていく二人組が、「あ、そこ、水垂れて濡れますよ。こっちどうぞ」と声をかける。二人は「雨でもこんなに楽しいならさ、雨じゃなかったらもっと楽しいってこと?」「ね、どうなっちゃうの?」と話しながら歩いていった。

どのアーティストも、MCで雨に濡れた観客を気遣う声をかけてくれる。そのおかげもあってか、一向に雨はやまないけれど会場の空気はずっと優しい。そばステージで新曲を披露したShowmoreは、 「雨の中来てくれてありがとう!無理せず調整しながら夜まで楽しんでね」と大きく手を振り、観客も雨の中それに応える。小雨の音を忘れるくらい伸びやかな歌声をりんごステージに響かせた曽我部恵一は「みんな、雨だけどね、キラキラしててね」と笑顔を見せた。

体は濡れるし冷える。足元も泥でぐしゃぐしゃ。それでも、参加者の顔は皆一様に明るい。「雨でもやるんだから、せっかく来たんだから、みんなで楽しもう」という空気を端々から感じる。

「りんご音楽祭大好きです!来年はステージで会いましょう!!」

わさびステージ入り口では、雨の中ノリノリで踊っている人がいた。よく見ると、リストバンドチェックの紙を掲げている。どうやらスタッフらしい。ステージではちょうど鯱の演奏がクライマックスを迎えていた。最前列の熱気がすごい。後ろの方で遠巻きに眺める。

「上がりたいやつ全員ステージに上がって!」の声で、一人また一人とステージにあがり、大合唱が起きた。演奏終了後、突然ステージに上がった一人がマイクを握り見事なボイスパーカッションを始めた。そういう演出? と思ったが、鯱の二人もあっけに取られて見守っている。なにか面白いことが始まったぞ、と観客が再び盛り上がる。

マイクを返し、立ち去ろうとするボイパの人を「ちょっと!名前名前!!」と鯱の二人が引き止めた。よく見ると、ステージ入り口で踊っていたスタッフの人のようだ。「〇〇です!設営2日目から会場に入ってました!りんご音楽祭大好きでーす!!来年はステージで会いましょう!」と叫ぶ声がステージに響き、大歓声と拍手が巻き起こる。「なんだこれ、すごいもの見たな……」と隣の人が呟いた。

時刻は4時を回り、雨は強くなる一方。だいぶ冷え込んできた。それでも、会場の至る所で人々が踊っている。ビールのカップに雨水が入るのを気にせず腕を高くあげる人。防水ジャケットのフードの紐をきゅっと縛り、目を閉じ空を見上げて揺れる人。なりふり構わず踊るおじいさんに、通りすがりの青年が「風邪ひいちゃいますよ」とフードを被せてあげていた。子どもたちは水たまりの中で飛び跳ねている。そんな人たちの中で自分も音に揺られていると、雨すら楽しくなってくる。

「ずっとここにいます、ずっと楽しいです」

元気なかけ声につられて、九州球(くすだま)でアップルローズマリージュースと野沢菜めんたい生ハムポテサラを注文した。そのまま、きのこステージから聴こえる音に揺れつつ隣にいた人と立ち話。

「フードの出店、おいしいところばっかですね」
「へー、そうなんですか?雨だしなーと思って今日はもうずっときのこにいますよ」
「ずっとですか」
「はい、ずっと。でも、ずっと楽しいです」

いいのか、それで。いいんだ。初めてのフェスな上、レポートを書かなければならないこともあり、とにかく色々見なければと意気込んで一日中歩き回っていたけれど、今年は三日間の開催の上に夜の部もある。欲張りすぎないのがりんごを楽しむコツなのかもしれない。

「松本へようこそ!おいしいもの食べていってください」

あたりが暗くなり、さすがに体が冷えてきた。帰りのシャトルバスは終演2時間前から出ているので、無理して最後まで残らずに早めに街に降りることにする。駅前の飲み屋街をふらふらしていると、居酒屋から出てきた人に声をかけられた。

「この店、うまいですよ!よく来てるので味は保証します!松本の人ですか?」
「いえ、長野市から。りんご音楽祭の帰りなんです」
「おぉ、松本へようこそ!!おいしいもの食べていってくださいね。岩魚の塩焼きをぜひ!」

せっかくなので店に入り、岩魚の塩焼き、名物の馬筋の煮込み、そしてステージ名にもなっているそばを注文した。地元の人に猛プッシュされただけあってどれもおいしい。暖かい店内でそばをすすっていると、ほんの1時間前まで自然の中で音楽を浴びていたのがうそのようだった。

明日に備えて体を休めるため、食後にそのまま駅から徒歩10分ほどの銭湯「菊の湯」へ。中にいるほとんどの人がりんごのリストバンドをつけていた。フェス終わりに、さっと銭湯に行けるって普通はなかなかないんじゃないだろうか。温かいお湯に浸かると、すっかり冷え切った脚に血が巡った。

【9/24(土) 】

「あはは、転んじゃった!」

2日目。雲り空ではあるけれど、雨はやんだ。ほっとする。松本市内のカフェ「栞日」でコーヒーとドーナツの朝ごはん。店内では、りんごのリストバンドをつけたままの人たちが松本のどこを観光して帰るか話していた。

昼前、ゆっくりめに会場に到着。初日の雨の影響で、地面はまだぬかるんでいるけれど、「晴れてよかったね」と来場者の足取りは軽い。「わっ!」ほんの数歩先を歩いていたお姉さんが、ぬかるみに足を取られて思い切り転んだ。鮮やかなブルーのズボンが泥まみれでぐしゃぐしゃに。大丈夫ですか、と声をかける間もなく、「あはは!転んじゃった〜!泥だらけだよぉ」とパッと立ち上がり、友人グループに駆け寄っていく。

「むちゃくちゃ心地いい秋祭り。松本以外ではやらないと腹に決めているフェス」


この日は、初日に行けなかったりんご編集者ズ・トリオのトークショーに行ってみた。りんごステージの横にタープが張られ、トークブースが。「み〜〜んな〜〜〜!トークショーが!はっじまっるよ〜〜!」と大声が響き、なんだなんだと人々が足を止める。りんご音楽祭の話、松本の街の話、はたまた大阪のナイトライフ。りんごステージでライブを観ていたお客さんが熱量そのままトークに流れ込むため、みんなリアクションがいい。質問コーナーでもバンバンお客さんの手が上がる。軽快なトークでひとしきり笑ったあと、りんごステージで次の演奏が始まる。まるで公開ラジオを聴いているような謎の心地よさがあった。

その足で、りんごステージのすぐ近く、休憩広場に出店している「カラオケスナック 女豹」も覗いてみる。出演者らしいお兄さんが、ウルフルズの「バンザイ〜好きでよかった〜」を熱唱している。会場の中で、ここだけ花見の宴会場のようだった。フェス会場でカラオケをするというなんとも贅沢な時間の使い方。

「こんなに大きかったっけ!こんなに人いたっけ!」

再びりんごステージに戻ると、ステージ後方で友人グループを見つけた。木陰のエリアにキャンプ用の椅子を並べて寛いでいる。

「どうですか、今年のりんごは」
「俺、去年も一昨年もコロナ前もずっと来てるんですよ。りんごってこんなに大きかったっけ、こんなに人いたっけ!うわー、楽しいな!」
「私は今年初めてなんだけど、外で音楽聴けるっていいね〜」
「いや〜、楽しいね。俺、ちょっと会場内を散歩してくるわ。みんなしばらくここいるでしょ?」

散歩ができるフェス。改めて会場内を歩き回ると、本当にそれぞれの人が自由に祭りを楽しんでいる。りんごをかじりながら手ぶらで歩く青年、池のそばの岩の上で坐禅を組んでいるおじさん、木陰でぐうぐう眠る人に走り回る子供。初日は、みんなマスクをしている上にレインコートを着たり傘をさしていたので表情があまり見えなかったけれど、誰もがにこにこしているのがよく見えた。

「なんだか胸がいっぱいで、今日は何も食べてません」

雨が降っていないというだけで、疲れ方が全然違う。いろんなステージを回って音楽を聴いているうちにあっという間に時間が過ぎていた。すっかり日も暮れた頃、わさびステージに向かう途中で、以前りんごの連載で話を聞いた女の子が声をかけてくれた。

「今日はこれで帰るの?いっぱい楽しめた?」
「最高でした...!なんだか胸がいっぱいで、今日は何も食べてないんです」
「えっ、何も?」
「今年もりんごに来れてうれしくて、とにかく胸がいっぱいで、全然お腹が空かなかったんです。明日も来るんですよね? いいなぁ、楽しんでいってくださいね!」

名残惜しそうに、でも晴れやかな顔で帰路につく彼女に手を振り、Lawson Jr'musicの演奏が始まるのを待つ。フランスから初来日したというドラマーでありシンガーソングライター。一体どうやって見つけてきてブッキングしたんだろう。ドラムの演奏が始まった途端、自分も含めて遠巻きに観ていた観客がわっとステージに駆け寄った。音に思わず引き寄せられた感覚。

歌の合間に、やさしい英語でMCが入る。”Everything is going to be alright(全部うまくいくよ)”、”We need to let it go. (みんな、自分を解放しないと)” 初めて聴く英語の歌詞を、ステージにいる観客が一体になって歌う。最前列で観ていた青年二人がいつのまにかいなくなったと思ったら、ドリンカーでりんごを買って戻ってきて、身を乗り出してLawson Jr'musicに差し出した。豪快にりんごをかじり、白い歯を見せて彼が笑った。「リンゴ〜〜!Thank you!!」の声に、観客が手を大きく腕を振り上げて応える。

「明日どうする? りんごもっかい行く?」

この日も、最終日に備えて少し早めにシャトルバスに乗り込む。街に降り立ったらとにかくお腹が空いて、駅前の町中華にサッと入った。ここにもりんごのポスターが。店内にも、りんごのリストバンドをつけた人がちらほら。フェス終わりのラーメンと餃子はいつにも増しておいしい。

お腹が満たされたら落ち着いたので、川沿いを散歩する。縄手エリアに来たので、もう一軒寄ろうかと「エルボールーム」のドアを開けてみた。店内を見渡すと、2018年のりんご音楽祭のポスター「とにかくパーティーをつづけよう」の文字が目に入った。角の席に座り、あまいホットのカクテルを啜る。右隣で、りんごのリストバンドをした3人組が喋っているのが聞こえてきた。

「明日どうする?サウナ行って、古着屋行くでしょ」
「それか、りんごもっかい行く」
「うわ、ちょっとありだな。誰が出るか確認しよ。チプルソと、水曜日のカンパネラ、奇妙礼太郎、呂布カルマ……」

左隣でも、地元の人らしき二人がりんごの話をしている。

「りんご、行きました?」
「行きたかったんですけど、行けなかったんですよ〜」
「私もです、めっちゃバイトしてました。仕事中、リストバンドしてる人がお店に来ては、『あぁーー』って!めっちゃ行きたかった!」 
「今日結構冷えたし、行った人大丈夫だったかな。来年こそは行ってみたいな」

会場を離れて街に降りてきても、至る所で人々がりんごの話をしているように感じる。さすが「街でやっているフェス」。

今日は夜の部にも行ってみる。24時近くに会場に行くと、各フロアはすでに盛り上がり始めていた。普段あまり夜更かしをしないので、踊りにふけっている人に圧倒されかける。みんな元気だ……。でもよく見ると、爆音が鳴り響くフロアのソファーで爆睡している人もいる。そうか、踊らなきゃいけないわけじゃないんだ。楽しみ方を自分で選ぶのがりんご音楽祭。ソファーに座って、目を閉じる。疲れた体に音が響いてくるのを感じるのは案外悪くなかった。

【9月25日(日)】

「松本ってこんなにいい街だったんだ!」 

3日目、ようやく快晴。宿を出ようとしたら、お揃いのりんごオフィシャルTシャツをきた女の子二人組を見かけたので「りんごですか?今日は晴れてよかったですね〜」と立ち話をした。

「小学校まで松本に住んでたんです。子供の頃は気づかなかったけど、おしゃれなお店増えてるし、松本ってこんないい街だったんだ!」
「私は地元こっちじゃないんですけど、街とフェスが近くてすごいですよね。他のフェスに比べると、全然過酷じゃない!色々忘れちゃったけど街で現地調達できました」
「街もだけど、アーティストとの距離も近くないですか?喫煙所でタバコ吸っててふと隣を見たら、好きなアーティストがいたんですよ!一緒に写真撮ってもらいました!」

「フェスというか、『りんごみたいなフェス』が好きなんです」

この日はタクシーで行ってみようかと列に並ぶ。前に並んでいた二人に「りんごですか?相乗りしませんか?」と声をかけると快諾してくれた。

「フェス、好きなんですか?」
「フェスというか、『りんごみたいなフェス』が好きなんです。愛知だと森、道、市場とか。自然の中で音楽が聴けるのって最高ですよね。ここ2年はコロナで来れなかったから、今年はやっと来られてほんとにうれしいです」

「お互い楽しみましょうね〜!」と手を振りあい、それぞれ目当てのステージへ向かう。そばステージのトップバッターはTHEREE1989。朝10時から、会場の空気は既に熱い。爽やかな空気にぴったりな歌声に観客がゆらゆら心地好さそうに揺れていた。

「お姉さん、頭に赤とんぼがとまってますよ」

朝一のステージに間に合うように急いで出てきたので、朝食を食べ損ねていた。そばステージエリアのフードを物色し、Alps Coffee lABのホットラテと、パワーファミリーの梨のマフィンを買い、お店のベンチに腰掛けてTina Moonの演奏を遠目に見ながらゆっくり食べる。贅沢な朝ごはんだ。

私のあとに並んでいたお姉さんに、売り子の男の子が「お姉さん、頭に赤とんぼが止まってますよ」と声を掛ける。赤とんぼやモンシロチョウがあたりを飛んでいる。日差しはあるけれど、風が涼しい。

のんびりしているうちに水曜日のカンパネラの演奏が始まった。どんどん人が集まってくる。ステージ後方で聴いていたので気づかなかったけれど、前方ではボーカルの詩羽ちゃんがビニールのボールに入り、観客の上を飛び回っていたらしい。当たり前だけれど、同じステージでも、観る場所によって景色が違う。

「いいね、だんだんバンコクみが出てきたね!」

Redbull EVVOステージでは、タイポップDJのDJ817が文字通りフロアを湧かせていた。タイ語が書かれたTシャツをきた集団が前方で踊っている。「いいね〜!だんだんバンコク味が出てきた!今日は最高のタイポップ日和!」DJの声が響く。青空の下、人々がタイポップに合わせてお酒を片手に踊っている。これはノッた方が楽しそうだと、慌ててドリンカーにお酒を買いに行き、輪に混ざった。たしかに、ここだけ空気がバンコク。フェスってなんだっけ?本当になんでもありだ。

「日向におったら夏終わってないなぁって思うし、日陰におったらエアコン聴いてるみたいでうれしいわぁ」

りんごステージでは、大比良瑞希が山脈が大きくプリントされたワンピース姿でのびのびと歌っていた。ステージ後方の木の下でレジャーシートを広げ、寝そべって聴いてみることにする。ひんやり冷たい地面と、頬に落ちる木漏れ日に、ステージから聴こえてくる歌声。なるほど。実際にやってみて、どうして会場内にあれだけ昼寝をしている人がいるのかわかった。あまりにも心地よい。ぽとん、と顔の横にどんぐりが落ちてきた。

一度寝転んだらあまりに気持ちよくて動けなくなってしまったのでそのまま居座っていたら、サウンドチェックで聴こえてきた歌声が気に入って飛び起きた。奇妙礼太郎。友人が以前、りんごがきっかけで聴くようになったと言っていたアーティストだ。ノーマークだったアーティストを、思いのほか気に入ってしまうのがフェスの醍醐味だ。

「ハッピーバイブス! ぶち上がってるね!」

再びRedBull EVVOステージの前を通りがかると、黒山の人だかりができていた。中心にいるのは掟ポルシェ。DJカーから魚肉ソーセージを投げ、子供を追いかけ、思い切り振ったビールを振りまく。その中でシャボン玉を吹く子供や、フクロウを肩に乗せて通り過ぎる人、「ハッピーバイブス!」と叫ぶ人がいて、どこまでが演出なのかさっぱりわからない。大盛り上がりのステージの脇の芝生では、寝転んで爆睡している人もいる。とにかくカオス。みんな自由だ。

「見たことない景色を見せてくれてありがとう!」

りんご音楽祭のオーディション「RINGOOO-A-GOGO」2020選出アーティスト、真舟とわの歌を聴きにわさびステージへ。午後3時過ぎ、わさびステージはちょうど直射日光に照らされていて、日差しが眩しいのか、マイクチェックをする顔が険しい。大丈夫かな、と思っていたら、ボーカルのマイクチェックでワンコーラスを歌い出した瞬間、ふっと表情がほころんだ。つられて会場の空気も柔らかくなる。

「2年間、早く歌いたい、早く歌いたいってずっと待っていました。大好きなメンバーと、あったかい人たちと、自然に囲まれて歌うことができて、本当にうれしい。見たことない景色を見せてくれてありがとう!」

歌うことができてうれしくてたまらない!そんな喜びが伝わってくるステージだった。何度も聴いていたはずの歌がライブではまったく違って聴こえて、気がついたら少し泣いていた。

演奏終了後、会場で真舟とわさんを見かけた。アーティストとの距離が近いとみんなが話していたのはこういうことか。「すごくよかったです」と声をかけ、少しお話をする。

「オーディションで選ばれた時は、弾き語りだったんです。2年間出演が延期になって、ずっと歌うのが待ち遠しかったけど、その間に今のバンド編成になって……。今年はこうして大好きなメンバーとステージに立つことができました」

オーディション選出アーティストたちは、より多くの人の注目を集める場でステージに立って欲しいという運営の想いから、規模を縮小しての開催となった2020年、2021年は出演が延期となっていた。先が見えない状況での2年間。その間も、フェスを続け、そしてアーティストたちが音楽を続けてきたからこその今年のステージ。

「おい、めっちゃいいじゃん……」
 

日が暮れてきた。りんごステージでは、台湾から出演のdeca joinsがマイクチェック中。隣の二人組が「どうする?聴いてく」「ちょっと聴いて移動しよっか。でも意外とこういう知らないアーティストがめちゃくちゃよかったりして」と小声で話しているのが聴こえた。

MC無しで演奏が始まる。さっきの二人が、「おい、めっちゃいいじゃん……。前で聴こう」と立ち上がって移動する。二人だけでなく、後ろの方で遠巻きにみていた人たちが引き寄せられるように前に移動してきた。つられて私も前へ。歌詞の意味はわからないけれど、目をつぶって心地よい音に体を揺らす。日中、後ろの木陰で聴いていた時とちがって、前列では振動が地面から直接体に伝わってくる。

「ビリビリしびれさせてくれるよね、りんご音楽祭ってさぁ」

すっかりあたりが暗くなった。日中は、木漏れ日がきれいで穏やかな空気だったりんごステージは、がらりと雰囲気が変わり、暗い森に。今年初参加のおとぼけビ~バ~の「やかましくてかっこいい音楽やりにきましたー!!」という叫び声が響き渡る。

途中、連日の雨による機材トラブルでベースが感電してしまったらしく、演奏が止まった。「ビリビリしびれさせてくれるよね、りんご音楽祭ってさぁ!」と、急遽ギターソロが始まり、ギターとボーカルの二人が間を繋ぐ。見守っていた観客も一緒に声を上げてステージを盛り上げた。

「ここにいる人たち、全員友だちです!」

りんごステージのトリは、浪漫革命。「楽しいですねーー!5年間バンドやってきてよかった、僕は幸せだよー!sleeper さん、友だち、みんなとフェスができて幸せ!ここにいる人たち、全員友だちです!」喋るを通り越して、叫ぶような泥臭いMCが続く。

まったく泣くような歌詞じゃないのに、「楽しい夜ふかし」を聴いていたら勝手に涙がぼろぼろ溢れてきた。閉じていた感情の蓋が、内側から一気に開いたような感覚。これまで、抑圧されてきたとか我慢してきたと感じたことはなかったけれど、知らず知らずのうちに溜め込んでいたものがあったのかもしれない。私が泣いている横で、大声で歌っている人もいて、静かに腕を組んでうなずいている人もいる。自分との向き合い方も人それぞれだ。

「運営がやってくれたんだから、私たちがいかなきゃ!」

終演を告げる花火が上がった。三日間続いた祭りが終わる。帰る前にトイレに立ち寄ったら、「あっ、お姉さん!そこ、もう紙ないです!」と出てきた人に止められた。個室の中から、「ここは紙あるので!ちょっと待っててください、今出るから渡します!」と声がして、出てきたお姉さんが紙を手渡してくれた。最後の最後まで、会場にいる人がみんな優しい。

ふわふわした気持ちでタクシーの列に並んだら、後ろの3人組に「お姉さん、一人ですか?相乗りしません?」と声をかけられた。みんな掟ポルシェのお揃いのTシャツを着ていたので、皆さんはフェス仲間なんですか?と聞いてみると、会場で仲良くなった初対面同士らしい。

「りんごは毎年来られてるんですか?」
「俺は初めてです。いやぁ、りんご最高っすね」
「私は3回目かな。フェス自体好きでいろいろ行きます」
「私はりんご5回目です」
「じゃあコロナ前も知ってるし、コロナ中も」
「そうです。だって、コロナの中でやってくれたのはりんごくらいだったでしょう。ありがたかったですよ。運営がやってくれたんだから、私たちが行かなきゃ!今年も、雨でもやってくれたし。来年も来ます!」

・・・

「りんご音楽祭」は、シーンの連続だった。6つのステージのみならず、道端で、木陰で、道中で、街で。いろいろな人とすれ違い、言葉を交わす。「りんご音楽祭、よかったよ」とひとくちに言っても、聴いた音楽も、見た景色もきっとそれぞれまったく違う。遊び方も、楽しみ方も、自分で選べるのがりんご音楽祭。

2年越しの大規模なフェスと聞くと、羽目を外したり暴れる人が少しはいるものかと思ったが、少なくとも私の見て回った限りはただただ会場にご機嫌な空気が流れていた。こうしてまた人が集まれること、自由に音楽が楽しめる喜びを誰もが噛み締めているようで、雨でも寒くてもみんなの顔が一様に明るかった。これだけご機嫌な人に囲まれる三日間って他にあるだろうか。当たり前だったことが当たり前じゃなくなっていく日々の中で、どんな状況でも最善を尽くそうと「祭り」を続けてきたからこそ見えた景色が、シーンがそこにあった。「来年も来たい!」と笑顔で帰っていった人たちが、そしてこれを読んでいるまだりんご音楽祭に来たことがない人たちが、また松本の街に集い、この先も新たなシーンをつないでいけることを願っている。


・・・

『りんご音楽祭2022』
“MATSUMOTO CITY”

街へ、外へ出よう。心を、一緒にひらいていこう。
ここ、アルプス公園で。

扉をひらけば、外の風が入ってくる。
一歩外に出れば、新しい出会いが待っている。
人との出会いが、自分のかたちを作っていく。

「今ここ」にしかない時間、景色、空気。
そのすべてを、あなたとこの街で共有したい。

公園の緑をくぐり抜けて、丘を登って、芝生を踏みしめて。
新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んで、あちこちで鳴り響く音に心と体を委ねよう。

僕たちの一つ一つの選択で世界は変わる。
遊び方も、楽しみ方も、自分で選ぼう。

「りんご音楽祭」は「祭り」だ。誰ひとり置いていくことなく、みんなで楽しみたい。スタッフも、アーティストも、これから出会うあなたも。
14年目となる今年も、松本を愛する仲間でお待ちしております。
何はともあれ、みんなでやっていきたいんです。


この記事が参加している募集

イベントレポ

お祭りレポート

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?