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少年時代の母の話

父はほとんど家にいない仕事の仕方をしていました。

だから、わたしの記憶にあるのは、じいちゃん、ばあちゃん、母と兄弟との思い出がほとんどでした。

けれど、じいちゃんはアルコールが入ると暴れる人でしたし、ばあちゃんも、母の嫌みを私達に聞かせるような人たち。

ちょっといい思い出とは言いがたい所があります。

そんな中だけれど、母はわたしたち兄弟にやさしく接してくれていました。

✅絵本の読み聞かせの思い出

母と一緒に寝ていたのはほんの小さな時代。

幼稚園の園児時代ぐらいでした。

小学生に上がると、何故かじいちゃん、ばあちゃんの部屋で寝ていたのを思い出します。(どの兄弟も小学生になるとじいちゃん、ばあちゃんの部屋でした。妹は除く)

でも、その幼稚園時代には、夜に幼稚園から借りてきた絵本を読み聞かせをしてくれたのを今でも鮮明に覚えています。

わたしが読書好きになれたのもその読み聞かせがあったからだろうなと今でも思っていたり。

あの時読んでもらった絵本の表紙も鮮明に覚えているので、よほど母に読み聞かせをして貰えるのが嬉しかったんだと思います。

✅毛糸で手編みの思い出

うちの母は子供達大好き、愛してる感を子供ながらにひしひしと感じる様な人でしたね。

私たち兄弟の冬の装備も手編みで作ってくれたり。

冬になると、帽子を編んだり、手袋を編んだりしてくれました。

帽子の全体は覚えていないですけれど、母の編んだ帽子の編み目の感じは50歳になった今でも覚えています。

わたしが、まともになんとか育つ事ができたのは、母のおかげだと思っています。

家庭全体で言うと、ちょっとゆがんだ家家庭環境だったのですが、母の優しさと生きる楽しみ方を教わった気がします。

特に子供達を愛するという感覚は母に譲られた宝ものだったと思っています。

✅まとめ

わたしの母はわたしの娘が生まれる1年前に無くなってしまいました。

50歳です。

そう、今わたしは母が亡くなった時と同じ歳になってしまいました。

でも、母が亡くなった事にかなりの意味があったと今は思っています。

きっと母が生きていたら、子育てを全て母に押しつけて、やらなかったろうなって思うから。

自分の思い込みかもしれませんが、母は自分の中にある感覚があるので、特に寂しさは感じません。

その分の愛情は子供達の注ぐ事ができました。

ありがとう。


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