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ベテランペーパードライバー、免許合宿へ行く

山形はもっと涼しいところだと思っていた。

この2週間だけでも平均気温はずっと30℃を超えていて、「もしかしたら」と思ってキャリーケースに詰めてきたヒートテックもウルトラライトダウンも、必要ないどころかむしろ邪魔でしかなかった。

「では、Aコースを行きましょう」
「はい」
「信号左」
「はい」
「次の一時停止線を右」
「はい」
「カーブ超えたら時速30kmで」
「はい」
「森逸崎さん、運転上手いですねえ」
「いえいえ、先生方の教えのおかげです(白目)」

教官が変わる度に発生するこんなやり取りにも、だいぶ慣れてきた。

私は今、人生で2回目の免許合宿に来ている。



ナマケモノ

事の発端は2017年、鮫洲の運転免許試験場にて言われた言葉である。

「完全に失効してますね。更新期限から1年以上経過してるので」

渋谷で免許証の入った財布をスラれたことも、引っ越しが重なったことも、更新通知のハガキを紛失したことも、仕事が忙しかったことも。まあ色んな理由いいわけはあるのだけど、「そういえばそろそろ更新期限か」と思って鮫洲に免許更新に来たら、それを拒否されたのだった。

「へ?」
「だから、完全に、失効、しています」
受付担当の方がさっきよりも大きな声で説明してくる。
いや、聞こえなかった訳じゃなくてですね。

「失効って、仮免すらも?」
「半年以内だったら仮免付与できたんですけどね、もうダメです」
「取り直しってことですか?」
「そうです。試験、初めから全部受け直してまた来てください」
「教習所からまた?」
「必要であればそうなります。だから、今日は更新できません」
「え、なんとかならないですかね?」
「ならないです。残念ですね」

せめてもう少し残念そうに言ってくれ。


その後、母からの「免許は取り直しときなよ」という言葉をのらりくらりかわしていたのだけど、千葉の実家に生活の拠点を移したことで、それは必至になった。


18歳のころ普通自動車免許を取得してからすぐに都内で生活を始めてしまったから、身分証代わりにしか免許を利用していなかった。
東京事変「能動的三分間」の歌詞よろしく、私は生粋の「ベテランペーパードライバー」だった訳である。

免許センターで一発合格できるほどの技術も知識もとうの昔にどっかにおいてきてしまったもんだから、いくつか調べて、一番安かった山形の教習所に来た、という次第。

ちょこちょこ受けていた仕事は夜対応できるように調整したし、こうなったら山形を満喫しまくってやろう。



サイコウ

結論、めっちゃ良かった。

そもそも私は大学生たちが休みに入る前のシーズンオフに来たから、同日入所は私を含めて2人だけだった。(驚き)

2人だけだと教官のサポートも手厚くなる。
目線の置き方、ブレーキの踏み方、ハンドル操作のタイミング。運転のポイントを分かりやすく教えてくれて、「18の頃はなんであんなに苦戦していたんだろう」と思うくらいに、まるで車が自分の手足のように動いてくれるようにもなった。

昨今よくある転生系漫画の主人公の無双感ってこんな感じなのかしら、と調子に乗る程度には。

そして今更、交通の勉強も面白い。
おかげで仮免試験の実技も筆記も減点なし、満点で通ることができた。


ちょうどさくらんぼの収穫期と重なったから、教習所近くのさくらんぼ農家を覗いたら、規格外だというさくらんぼを無料で大量にくれた。(しかも佐藤錦。高級品)

箱作りの手伝いをして、家族みんなに郵送する分を安くしてもらったりもした。


それに、色んなことを聞いた。

この時期は市役所でさえ「副業OK」にしていて、みんなでさくらんぼの収穫アルバイトをすること。さくらんぼ収穫のアルバイトを雇うと県から補助金が出ること。山形は盆地で、過去には熊谷よりも「暑い土地」として有名だったこと。朝と夜の寒暖差のおかげでさくらんぼやラフランス、りんご、シャインマスカットなどの果実の糖度が高くなること。

かの松尾芭蕉が句を詠んだことで有名な立石寺、最上川。
3月のライオンにも出てくる将棋の街、天童。
思い出ぽろぽろで見た紅花収穫はもう少し後だけど、素敵な資料館もあったし、道の駅では「紅花ジェラート」が売っていて、これがとても旨かった。

米も美味しい。水も美味しい。日本酒がまずくなる訳が無い。
なんてことない道や土地がとても整備されていて、荒れている場所がない。

いいところだなあ、山形。

卒業検定まであと少し。
今日も今日でB-1グランプリで入賞したという「鳥中華」を食べて、ゆったり散歩して元気いっぱいになった。

私とっても、頑張れそう。


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追記:無事免許取得しました。
今後は失くさないようにして、ちゃんと更新もします。

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