法人設立から現在まで
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法人設立から現在まで

Riku Obara

 お久しぶりです。ここ最近の出来事で募るお話があり、書き残していきたいことだったので、このような形で投稿させて頂きます。

 目次にある通り、一つ一つ項目毎に沿って、これから説明させて頂こうと思います。

<2020年12月 前職を退職/決意>

丁度2020年が終わろうとしていたところ、前職で社内年間優秀賞を頂くことができました。評価軸としては色々あるのですが、要点絞って下記に記載します。

①売上目標に対して、どのくらい達成できているのか(個人売上目標400万円/月)

②継続してお客様から発注頂けているのか(年間を通して0円の月がない)

③年間規模の大型プロジェクト等を推進できる能力があるのか

④社内業務リソースをどのくらいカバーできているのか→営業/企画/広告運用/広告クリエイティブ/配送業務/キャスティング/営業企画資料作成/PR施策分析/レポーティング等

このような評価軸の中、表彰して頂きました。ただ、昇進や昇給も見込まれていた中、僕が選択したものは、会社を退職し高校時代の友人と起業することでした。経営学部の大学に入学した時から、ずっと周りに言い続けていたものを実現しようと選択しました。昔から変わったことばかり経験してきたんですけど、本当にやりたいと思ったことに対しての決断は早かったです。

ここで少し早いんじゃないかと感じた人もいるでしょう。いや僕はむしろ遅いと思いました。経営者とお話ししたことがあって、「起業したい」と一度でも思ったことがある人は聞いたことがあるかもしれませんが、皆さんが口を揃えて言うことがあります。

「いいじゃん、起業すればいいじゃん」「行動した方が良いよ」

ただ、この意味を具体的に分かっている人って、行動にうつした人しか分かっていないと思うんですよね。起業なんてリスクだらけだし、成功する可能性なんて限りなく少ないですよね?しかし、この言葉の裏に隠されているのが、例え失敗したとしてもそこから学ぶ経験って、実は物凄く自分にとってプラスになることばかりなんですよね。そして、結局何にせよ行動した人にしか、その先の未来なんて見えません。


<2021年1月 地元仙台に引っ越し(法人設立準備)>

東京で勤めていた会社を退職し、仙台に戻る決断をしました。事業自体、取引先となり得るお客様が地元であり、事業を展開するなら地元でしたいという想いもあったので、必然的に仙台に拠点を置きました。

そして収入がなくなるので、固定費を下げるために実家に住まわせてもらっていました。これは安易な考えで、甘えでもあったなと親父に怒られて気付きました(笑)起業する以上、誰かに助けてもらおうなんて考え方は捨てた方が良いです。全て自分でするくらいの覚悟がないと絶対にやっていけないと思いました。

また、この月では会社名/企業理念/ビジョン/ミッション/バリュー/事業/プロダクト名等の起業する上で最も大事な部分を決めました。

<2021年2月 事業準備>

事業としては、東北地方産の加工食品を取り扱うECモールでした。自分たちで感じていた、地元から離れていても地元の食品を購入できて、身近なものにしていきたいという想いから始まったサービスでした。マーケットとしてはレッドオーシャンで、既に類似したサービスは沢山あったのですが、どこにでも手に入るような有名な地方の食品ではなく、地元の人は認知しているが全国的に認知されていないようなところだけを取り扱おうと決めていました。

ここまででは特にプロダクトとして尖った部分がないので、本当に買ってくれる人がいるのかという問題に直面していました。その他社優位性みたいなところを作っていくのに苦労しました。

そして、融資や助成金の資金調達で必要になる事業計画書の作成準備を始めていました。簡単に説明すると、事業にかかる経費がいくらで売上がいくらになるのか、そこで必要な資金はいくらかみたいなところを月単位で2年間分作成することです。

<2021年3月 法人設立>

法人設立をして初めて、世間的に会社といった形になります。最近では稼がれている会社員でも、節税対策として法人設立する方が増えてきていますよね。僕たちは、この法人設立を2021年で一番縁起が良い日にしようと、2021年1月から決めていました。その2021年中で一番縁起の良い日というのが、2021年3月31日でした。なので、その日までに必要書類を作成してから仙台法務局という場所に行き、手続きをいたしました。

<2021年4月 資金調達の書類作成及び申請>

これも調達方法では種類がいくつかあるのですが、自分たちの事業フェーズと対象となり得るものが一致しているかは確認しておいた方が良いです。例えば、銀行からの融資ですが、事業が安定していない創業当初はほぼ無理と言っても過言ではないくらい難しいです。

そこで僕たちは、「日本政策金融公庫」、「スタートアップ加速化支援事業」を選択して申請いたしました。ここでは前者が融資、後者が助成金となります。公庫は担当者の方が内容を詰めてくれるので、比較的審査通過までは持っていきやすいかと思います。助成金は返済義務のないものなので、人気があるに加え、枠の限りと申請期限が設けられています。大きくステップとしては、書類審査とプレゼン審査があり、それに採択されると対象経費から都度申請して助成金がおりる形となります。

<2021年5月 取引先の営業・明確化>

ここに至るまでに営業活動はしていたのですが、コンサル会社の代表の方にご指導いただいて、改めて取引先の明確化をしました。ペルソナ・カスタマージャーニーを作成し、それに従って取引先も擦り合わせていきました。

実際に営業を開始していくと、思ったよりも反応が薄いことに気付きました。何が問題なのか?ここで会社の信用性の部分に差し掛かってきますが、「プロダクトが無いからイメージできないこと」、「HPが無いから会社の実態が分からない」、「プロダクトに魅力を感じられていない」等があったかと思います。本来ECモールは作成するのに3ヶ月~半年はかかりますが、土台がしっかりしていないまま、作成依頼することができませんでした。

ここで進みが遅いのに不安を感じ、会社の将来的なところも考え、サブ商材としてストック型の広告販売代理事業を始めることにしました。6社程打ち合わせをして、最終的には2社に絞って7月開始で契約締結を進めていきました。

<2021年6月 ペルソナ・カスタマージャーニーの明確化/PR動画撮影兼編集>

サービスの付加価値として、文面では伝わりづらいものをPR動画で訴求をして、購買率の向上させていくという戦略で進めていきましたが、なんせ動画撮影兼編集の経験が無かったので相当苦労しました(笑)実際に自力で作成できたのですが、プロが作成したものと比較すると一目瞭然でした。とても購買率が上がるとは思えませんでした。

自己資金も資金調達も含め、資金繰りが全然できていない状態だったので、そこを外注するという選択肢がありませんでした。しかし、お金や技術が必要ない付加価値をつけることができたら、もっと良くなるのではないかと考えました。

<2021年7月 自分のなりたい姿を見つめ直す>

そもそも何故起業したのか?綺麗事なしに根本の部分をお話しすると、「お金」の部分は大きかったです。必ずしも経営者だから稼げるわけではないですし、稼げていない下積みが長い場合がほとんどである中、可能性にかけてみたかったのはあります。

そして、今では国民のほとんどの方がSNSをやられていると思うのですが、そもそもSNSで発信や投稿をしている人というのは、自己承認欲求が高い人たちです。だからこそ、「映えスポットや自分が盛れる角度を研究して、よく見られたい」、「高級なお店に行ったら投稿する」、「高価なものを購入したら見せたい」、「綺麗な景色があったら載せたい」等、色々な理由があると思いますが、これも全て自己承認欲求の現われです。

なので本来大多数の人が、誰かに「認められたい」みたいな欲求があるはずなんですよ。それが人としての信頼なのか、お金なのか、容姿なのか、人によって軸は違うとは思いますが、その部分もあるかもしれません。

そして本題ですが、結論起業した会社をお休みすることにしました。これには色々な理由があるのですが、当時の会社の状態をお話ししたいと思います。ここまでのお話しでもうお察しの方はいるかと思いますが、勿論売上はなく収入もないので、派遣で生活費を賄っていました。そして会社に必要な経費も自分たちで支払いをし、自宅をルームシェア兼事務所にして、空いた時間で本業をしていました。そして、不安定で事業にフルコミットができない日々が続き、言い合いも増えていきました。

そこで目立ったのが、お互いのやりたい方向性の違い、意見のズレ、成し遂げたいビジョンの違いです。次第に口数も減り、気まずい時間の方が多くなるようになりました。そんな状態を目の当たりにして、このまま一緒にやっていくのは難しいと感じました。共同創業者は「仲が悪くなっても、俺はそれを覚悟していたから、それでも良い」と言っていたが、僕は違いました。10年の友人関係を築いてきたのに、それを仕事で崩してしまうのは本望じゃなかったからです。僕も勿論仲良しでビジネスはできないとは思いますが、お互いが高め合えて切磋琢磨し合えるような関係性ではいたいと思いました。

ただ、25でかけがえのない経験をして、それと同時に様々な学びがありました。今だからこそ、これから実現していきたいキャリア、人生で成し遂げたい目標、それに対しての具体的な行動を明確化することができました。残る決断をした共同創業者には過酷で険しい道が待っているとは思いますが、残る決断をするのには勇気が必要だったかと思います。僕たちはそれぞれ違うキャリアを歩むこととなりましたが、陰ながら応援しています。

<2021年8月 新たな船出>

僕が起業した会社をお休みする背景としては、いくつか理由があります。下記に箇条書きで記載します。

・今後実現していきたい未来には、必ずしも実績と経験が必要である

・最低でも3ヶ月分くらいの生活費を賄える、一定以上の自己資金が必要である

・正社員、フリーランスという選択肢でも仕事をしながらスモールスタートだってできる

・仕事をしながらマーケット理解をする

・仕事をしながら人脈を作っていく

ざっとですが、こんな感じです。どんな選択をしたとしても、それを正解だったと言えるように頑張っていこうと思います!

直近ではこのような形となりますが、これからのキャリア見つめ直して、地道に泥臭く頑張っていこうと思います。まだまだ夢は終わりません。

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Riku Obara
社会人3年目|DtoC,Media,Advertising,Casting,Marketing|新卒ITベンチャーを7ヶ月で退職→SNSマーケベンチャー→東証一部上場グループ企業となる→社内MVP表彰→1年と2ヶ月で退職→起業