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人はみんな、出会ったものでできている

人は生きているだけで価値がある。

そう信じてはいるが、仕事や恋愛で悔しい気持ちになるたびに
「なんて自分は価値のない人間だ」と自信を無くすことがある。

前回の仕事を辞めてからぷー太郎に成り下がり
今の自分を空から眺めたら輝いていないなと思った一年前。

このまま腐るわけにはいかない。
なりたい自分になるために、昨年9月に地方の新聞社に入社した。

新聞社と言っても記者をするわけでもなく、地域の情報誌を作る仕事だ。
月間フリーペーパーなので、有料の広告を営業で取ってくる必要もある。

正直、営業職をやりたいなんて気持ちは一ミリもなかった。
それならどうして自分がこの仕事を選んだか・・・

そもそも仕事は生きていくためにしなくてはならないことであって
なんで生きるのかってそりゃ幸せになるためで
幸せに感じる瞬間ってなんだろうと考えたときに
目の前の人が笑ってくれているときだとわかった。

楽しいことをすれば心は満たされるし、美味しいものを食べても心は満たされるけど、楽しいときって常に誰かといるときなんだ
美味しいものも「コレめっちゃうまいな」って気持ちを共有できる人がそばにいるから幸せに感じるのだと気づいた。

それからなりたい自分が明確に見えるようになった。

「人はどこかでつながっている」

この考えが自分の中にあって、性格診断をするとわりと日本人には多いタイプみたい。
知らない誰かが亡くなったとすると、その周りの人は悲しむだろうし、
その悲しむ人を見て周りの人もまた悲しむ。

最近の話だが、おかんの知り合いが亡くなったみたいで、おかんがその知らせを受けて涙を流していた。
じいちゃんが亡くなったときも涙目になってたことはあったが、たぶん生きていて初めておかんの涙を見た。

その姿を見たおとんも心配そうにしていた。

やっぱり誰にも亡くなってほしくないなと思う。
生きたら死ぬことが確定するのだけれど、大切な人同士が少しでも長く一緒にいられたらと思う。

友だち、会社の同僚、家族を亡くしたときにも死ぬときってどういう気持ちになるのだろうと考えたりもした。

亡くなった友だちとの最後の会話で「りくんの言葉が嬉しい、ありがとう」
と言われてさ、死ぬときって一人で死んでいくから孤独な気持ちでいっぱいになるのかなとか思った。

実際に自分も死にかけた経験が何度かあるが、そのときはみんなに会えなくなっちゃうのかなぁと思うと寂しかった。
もしかしたら死ぬかもしれないと言われて、先輩や友だちが見たこともない悲しい表情をしていた。

あぁ、大好きな人が少しでも孤独な気持ちを抱いて欲しくないなと思ってから自分を大切にできたし、生きていく理由もわかった。

心が孤独にならないように
心が豊かになるようなものに触れて生きていくことが大切だと思っていて
それらはいくつも世の中にあって

人によってそれが音楽だったり、食だったり、スポーツだったり違うのだけど
どれもが自分のためにを大前提に、人のためにって気持ちがあるものだと思う。

自分にとっては音楽がまさしく心が豊かになるもの。
だから音楽や、ライブハウスをひろめることができたら
救われる人が増えるのかなって考えた。

本当は音楽で直接的に救えたのならいいのだけど、人には向き不向きもあるわけだ。

自分にできることはなんだと考えたときに、文章だと思った。言葉でなら人の心を豊かにできるものを広められる自信があった。

そういった思いもあり、広報の仕事を選んで
営業もあると言われたが、言葉で人の心を豊かにさせる以外の方法でも、それが可能な手段があるとするのならやってみたいと思った。

地域の情報誌で広告費をいただいてお店を紹介する。

飲食店であれば、お店に来てくれる人が増えればお店の人も喜ぶし、
お客さんも美味しいものを食べて幸せな気持ちになる。

今度あの店行こうよって楽しみな約束が一つでも増えれば
心が豊かになることにつながる。明日を生きていく理由にもなる。

そんな風に地域の人たちが潤ってくれたらいいなって思った。

実際やってみると難しいことばかりだった。何度も心が折れた。
それでも、クライアントさんのありがとうが嬉しかったな。
公園に行って子育ての取材もしたのだが、取材した家族からあの時はありがとうと満面の笑みで言っていただいたりもした。

地域にあるあまり知られていないお店を無料で紹介したりもした。
今まで断ってきたというライブハウスのオーナーにも
音楽は人の心を豊かにする力があると信じています。
是非、紹介をさせてくださいと頼み込んだこともあった。

オーナーには音楽好きには通ずるものがあると思うからめっちゃ考えたけど、いいよ受けると言っていただいて、ライブハウスを広めたいという小さな夢も叶った。

コラムを書いたときには、読者の人から「スタッフさんの言葉に勇気づけられました」との声もいただいたこともあった。

本当にやりがいしかない仕事だった。
働けたことが幸せだった。

それでも、いろいろと考えることは出てくる。
最終的には辞める形にはなったのだが、今でも働いてよかったなと思う。

最後には、会社の人たちが送別会を開いてくれた。
組織として仲間がいたから自分はいろいろな人から感謝の言葉をいただけたんだなとわかった。

地域の人からもらった「ありがとう」の言葉は、自分だけに向けられた言葉じゃないんだなと感じたときに、余計嬉しくなった。
たった10カ月しかいなかったけど、会社の人も、クライアントさまも、地域の人も出会えてよかった人たちばかりでした。

自分が話を聞かないといけないのに、何故か人生の相談に乗ってくれるお店の人や、ママさんパパさん。本当に三重県は優しい人しかいない。
大好きなこの町があるこの地域の活性化に少しでもできてたらいいな。

これからもなりたい自分がいることは変わらないから進んでいく。いつも見てくれている人がいるだけで、自分にも価値はあるんだと忘れずに。
人は出会ったもので、毎日更新されて生きているのだな。

孤独な気持ちのまま死んでほしくないなと思うけれど

そもそも自分にはもっと身近なことで大切にするべきことあるだろと思うこともあり、
反省をしながら、しっかりと生きていこうと思う。



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