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答え

「お盆は帰らないよ。」
家族の悲しそうな声が電話越しに聞こえた。
それから、ずっとずっと、私の心の中で家族の声が響いている。

帰省を諦めたのが正解なのか、間違いなのかなんて誰にもわからない。でも確かにそこにある静かな恐怖から逃れ、答えのない問題を解くために一人になりたいと足を運んだ場所が、「蕪木」だった。

お喋りは禁止だと聞いていたから、
小川洋子の小説と持ち歩き用の日記帳をお供に店内へ。

真夏の昼下がり、駅から15分歩いて見つけた「蕪木」の空間は、初めて来たとは思えない、懐かしくて温かい匂いがした。

お喋りは禁止。カウンター越しから、珈琲豆がじゃらんじゃんと回って、
それから氷と珈琲が重なる音だけが空間を構成している。
「お待たせいたしました」
コーヒーの横には、小さなチョコレートが2つ、誇らしげな顔をすることもなく、でもそこにあるのが当たり前かのように置いてあった。
店員さんがコーヒーに合うチョコレートを選んでくれると聞いてお願いしていたのだが、これがとっても美味しい。少々ビターなのだが、「苦い」を理解し、自分の中で受け入れることで、私の味方になってくれるようだった。

持ってきた小川洋子の小説は、存在が消滅するお話だった。
コロナ禍で沢山の存在が消滅しかけた今、消滅を許さない、
忘れてないけないという事を思い出させてくれる小説。
「物語の記憶は誰にも消せないわ」と言い捨て連行されていく女の人の声もまた、心の中に響く。

色んな声が響いていた。一人の時間を求めて「蕪木」に来たけど、沢山の声がする。でもどの声も私に必要な声だ。決意の声、不安の声、哀しみの声。

不安なままでいい。だけど私は一人ではない。
声が聞こえるままに、日々の存在に感謝し、不安を生きなくてはいけない。

答えは見つからなかった。
私は不思議と、自信に満ち溢れていた。

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