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学歴は変えられる。

ガイアの夜明け、第1045回にて。

 「ホテルが進化!危機からの逆転劇」という表題で、以前にも取材されていたカンデオホテルズが再び登場した際、代表取締役が話していた、学歴や国籍、性別、職歴は不問。これらは後から変えられないものであり、採用に関してそこで差は付けない。やる気のある人に来てもらう指針が興味深かった。

 私のように高卒で社会に出て、周辺的正社員として単純作業しか経験しないまま時間が過ぎてしまい、学歴や職歴がある訳でもなければ、新卒者ほど若くもないという、転職市場では価値がないと見做され、20代半ばで書類選考が1%に毛が生えたレベルでしか通らない、社会的に年齢の割に何のスキルも持ち合わせていない者からすれば、やる気さえあれば採用する指針は心に響くものがある。

 とはいえ、学歴、国籍、性別、職歴の中で、学歴は変えられる要素がある。性別は昨今のジェンダーフリーな風潮から、今後、変更の障壁が取り払われていく方向に向かうと思われ、将来的にはそもそも二分する概念がなくなっているかも知れない。

 そう考えると国籍も、日本人として生まれている我々は、ハードルは高いものの他国の永住権を取得して国籍を移せば、国籍法第14条第1項に則って、日本国籍を放棄することも、できなくはないため、本当に変えられないのは職歴だけなのかも知れない。

 そうは言っても、本人の意思を問わずして、不可抗力的に定着してしまった学歴、国籍、性別を変えるには、途方もない時間、お金、労力が必要なのも事実で、簡単に変えられる性質のものではない。

 簡単に変えられないからこそ、恵まれない環境下で育った多くの人が、内心「なにクソ」と思いながらも諦めてしまう。だから、自身の境遇を変えようと挑戦してみることは、社会的評価が付いてくるかは別にしても、人生にとっては大いに意味のあることではないかと考える。

長寿化で人生マルチステージになる?

 それは私が高校時代に、家庭の経済状況や、大学はいつでも行けることを理由に、一旦は高卒で社会に出たものの、あまりに露骨な学歴フィルターに憤り、疫病禍を機に20代ながら通信制の大学に在籍しているが故の、ポジショントーク的な部分があることは否めない。

 自身を正当化したい意図がないと言えば嘘になるが、疫病禍で世間が振り回される中、淡々と単位を積み増し、既に短期大学士ではあるものの、最終学歴を更新して、晴れて非大卒から抜け出し、今は学士取得を目指している。

 国もIT技術の進歩によって、将来的に事務職で人余りが発生し、IT人材が不足する懸念から、リカレント教育やリスキリングに対する予算を積み増したことが話題となったように、人材の流動性を高めるためにも、学び直しが必須な時代に変容しているのかも知れない。

 時代が変われば、生きる人々の価値観も変化する。従来の学校を卒業してからひとつの企業で定年を迎え引退するような、年功序列、終身雇用を前提とするライフモデルが立ち行かなくなる可能性が高い現実は、余命が長く決して逃げ切れない若年層ほど理解している。

 医療技術の発達に伴う長寿化で、人生100年時代と言われる一方で、グローバル化に伴い、世界全体が目まぐるしく変化している影響から、企業の寿命は短命化傾向にあり、30年後に存続している確率は僅か2%なんて分析も出ており、これでは、定年までの勤続年数よりも短い。

 生涯現役が声高に叫ばれ、政府が企業に定年延長や再雇用制度の拡充を要請しているが、企業が永続するという前提が揺らいだら元も子もない。故に個人はいつでも転職できる用意が重要になる。

 とはいえ、20代までに受けてきた学校教育と、ひとつの組織での学びや経験だけで、いつでも転職の用意が出来るかと問われると、一部のスペシャリストは可能かも知れないが、大多数のゼネラリストには非現実的である。

 だから、これまでの教育→就労→引退のライフステージから、就労から引退の間に、学び直しや起業など、多様な生き方を送るマルチステージが当たり前となる黎明期から過渡期を我々はこれから経験するのかも知れない。

その気になれば、何歳でも勉強できる。

 疫病を機にデジタル技術の活用が、ここ数年で凄まじい速度で進んだ。これまで社会に浸透していなかった、オンライン〇〇、宅配(代行)サービス、キャッシュレス決済…今では当たり前のように利用しているサービスやツールを挙げればキリがない。

 授業もそのうちのひとつかも知れない。これまでの通信制大学は、大学に行きたくても行けなかった人が学び直したり、通学できなかった人が在籍する場。などのステレオタイプから、訳アリな人が行く所(=学歴にならない)などと、偏見されがちな側面が根強い。

 実体験として、私が通信教育部を設置している某大学に興味を持ち、WEB上で履修登録を済ませ、後はお金を払い込んで必要書類を郵送すれば出願が終わる状態にして、現地で開催された入学説明会に参加した。

 その後の個別相談で、単位の取り方などの初歩的な質問を念入りにして、頭が悪そうだと思われたのか、20代の高卒が学歴欲しさに今更大学出ても無駄だとは思うけど、やりたいなら勝手にどうぞ。とでも言いたげな、学習意欲を削がれる冷笑的な対応をされた。

 そのため、説明会の帰り道に郵送する予定だった封筒の中から、再利用可能な卒業証明書を取り出し、十数万円の払込票と共に会場最寄駅のゴミ箱に捨てて帰り、ヤケクソ状態で別の大学に出願。

 短期大学士取得後も系列の4年制大学に3年次編入して、現在に至るまで学習が継続できているため、結果オーライである。しかし、そんなクソみたいな経験も過去のものとなる日が近いかも知れない。

 通学部がオンライン授業に切り替わったことで、人生の夏休みとも揶揄される大学で、思い描いたようなキャンパスライフからは遠ざかり、経済的にもわざわざ学費の高い通学部ではなく、最初から学費が安価な通信制の大学をあえて選択する10代が、2021年以降増加傾向にある。

 大学に限らず、通信制の学校を出た人たちが珍しくない社会が到来すれば、これまで以上に学び直しで、学歴は変えられるものと認識が改まるかも知れない。

 そんな転換期だからこそ、何歳になっても勉強しようと思えばいくらでも出来ることを、これから社会に出る世代に、説得力を持って伝えるためにも、今日も身を以て学び続ける。


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