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【食と歴史学②】「チョコレートの世界史」武田尚子

歴史学を「食」から学びなおすこの企画。第2弾は武田尚子(2012)「チョコレートの世界史:近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石」中公新書を取り上げます。チョコレートの主原料はカカオ豆です。カカオ豆は甘くないですが、砂糖などの甘味料が加えられることで甘くなります。そんなチョコレートを作るためには、カカオを栽培する人、チョコレートを作る工場、チョコレートを販売する経済の話などが必要です。今回は、チョコレートとクエーカー教徒、チョコレートと工場の話を中心に紹介します。

※以下は私が面白いと思った感想を取り上げます。本書の要約とは若干異なります。悪しからず。

①:クエーカー教徒・ココアビジネス・社会改良

 クエーカーはイギリス発祥のプロテスタントの一宗派です。創始者はジョージ・フォックスで、1650年前後に布教活動を始めました。クエーカーの信仰の核心にあるのは、万人は霊的に平等であるという精霊主義です。クエーカーは信仰を核に日常生活を律し、節約を旨とする禁欲的な特性を持つ集団です。そして、クエーカーにとって、家業の「ビジネスに励むこと」と「社会のために尽くすこと」は同等の価値を持つミッションでした。つまり、家業のビジネスと社会貢献の双方に励むことは当たり前のことだったのです。こうして、18世紀には経済的成功を収める商業者が現れるようになりました。余談ですが、そのような特性について、社会学者のマックス・ウェーバーは「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」という著作を残しています。

 そのようなクエーカーの若い信者たちが熱心に取り組んだことは成人学校運動でした。労働者が希望を持って働き、秩序ある生活を営むために、働きつつ社会に適応できる基礎力を養成することが、成人学校では目指されました。そして、クエーカーは成人学校教師の集会を定期的に開き、貧困や教育問題を議論しました。例えば、固形チョコレートの発明者であるジョーゼフ・フライが集会を主催していました。また、ヴァン・ホーテン社のココア圧搾機をオランダで購入して帰ってきたジョージ・キャドバリーも成人学校運動の熱心な推進者でした。

 それでは、貧困家族が抱える深刻な問題は何でしょう。その一つに、アルコールが挙げられます。貧困で栄養が不足しがちな人々は、アルコールでカロリーを摂取していたのです。当然、アルコールの常習は身体的にも社会的にもよくありません。そのような状況に対して、ココアビジネスを営むクエーカー企業経営者たちは、ワーキング・クラスの生活改良の一環として、禁酒運動に取り組みました。例えば、前段で取り上げたジョージ・キャドバリーは禁酒運動推進者として、ココアに注目したのです。

②:チョコレート工場と産業心理学

 イギリスでは、産業と心理の関係を研究する、独自の系譜がありました。その出発点は第一次世界大戦中の「産業疲労」の研究があります。この流れを受けて、1922年ロウントリー社は産業心理学部門を開設し、産業心理学者を正式の社員として採用しました。

 具体的には、産業心理学がどのように活かされたのでしょうか。ロウントリー社のチョコレート工場では、労働者の自主性を引き出し、労働意欲を高め、労働者自身が充実感を得ることができる職場を追求しました。産業心理学は、そのような生産システムを実現していくための一つの手段だったのです。具体的には、産業心理学部門が、トラブルが生じた作業室の、人間関係、作業手順、ラインの状況などの「人間的要因」に対する深い洞察を持ち、工場内の「効率性」を向上させるための専門的見解を提示しました。

 ちなみに、ロウントリー社のチョコレート向上は産業心理学部門を設置することで、退職率を減少させることにも成功したようです。

おわりに

 今回はチョコレートとクエーカー教徒、チョコレートと産業心理学の話をしました。産業心理学は工場制の話とワンセットの話なので、チョコレートに限らない話ですね。チョコレートはこの他、砂糖や奴隷制、戦争に関する話にもつながる話です。同書を読むだけで、視野が相当広がると思います。

 ちなみに、この本は5〜6時間程度で読み終えた気がします。一般的な新書よりやや短いくらいの分量です。

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