クソシンクロニシティ
この世の出来事は何でもかんでも同時発生する。共時性、シンクロニシティという奴だ。誰でもかれでもみんな踊りを踊っているし、お鍋の中からは変質者が登場する。両者に因果関係は一切ないが、偶然一致してしまうのだ。
『最後の熱血授業』
まずはひとつ昔話をしよう。
あれは高校3年、最後の世界史の授業の時の話だ。冷めた空気の中、担当の教師は熱弁を振っていた。「高校を卒業し、社会へ飛び出す君たちに向けて」と銘打たれたプリントを配り、我々にこれまで培った人生訓を伝えようとしていた。
既に最後の授業であり、1年を通して必要なカリキュラムは全て終了済みのため、余った時間を有意義なものにしようとしてくれたのだと思う。
「最後は継続したものが勝つ」「社会は女性たちの頭上をガラスの天井で塞いでいる」印象に残ったものだけを並べてみた。見てわかるとおり、話のジャンルはバラバラ、先生がこれまで生きてきて感じたことをダイレクトに我々へ伝えようとしたのだろう。まさに体当たりの教育だ。リクガメのようにずんぐりとしたその身体から、熱を帯びた言葉が走る走る。
しかし、ものの見事に誰も聞いていなかった。40人ぐらいのクラスだったが、このエピソードを覚えているのはガチのマジで私だけなんじゃないかな?
新生活に向けて熱い魂の交流になるはずだったこの時間が、とんだ塩授業になってしまったのは理由があった。まぁ前提として我々生徒は全員クソだ。しかし我々がクソなだけではない、いくつかの致命的な理由があったのだ。
高校3年生の終盤と言ったら何があるかな?
私の出身校は”自称”進学校なので、99%の生徒が大学へ進学した。そしてこの高校は結構名の知れた大学の附属高校なので、ざっくり半分位の生徒はエスカレーターへの搭乗券を手中に収めていた。つまりこの時期、我がクラスの半分は既に人生の夏休みが始まっていたのである。大学に受かった後の春休みが、人生の中で1番夏休み感がある。(ワケが分かんないね)
つまり彼らは授業に耳を貸すわけがないのである。そりゃそうだ、こんなに浮ついた16,7歳のクソガキ共と言語での意思疎通など不可能だ。ファービーとかおしゃべりピカチュウのほうがよっぽどコミュニケーションを取りやすい。
「じゃあもう半分の受験組はまともに聞いてたんじゃないの?大事な時期なんだし」
そうだね、普通に考えたらそうだ。ところがどっこい、この世界史の授業には、不都合な真実がもう一つあったのだ。なんと、このクラス理系なんだ。
は?
もう一度言おう。このクラス、理系なんだ。
理系なのに世界史の授業があったんだ、入試で誰1人使わないけど。
おそらく、文理選択に関わらず教養を深めるため、選択外の授業もカリキュラムに組み込まれていたのだろう。そりゃそうだよね、学校は塾じゃないんだから。学校としては、テストで点を取るための小手先のテクニックではなく、幅広い知識を身に付けさせたいのだろう。なんか同じようなこと2回言ってんなあ。
……ええと、まあとにかく。今となっては知見を広げる貴重な機会だったと思うが、視野の狭い10代の若者にはそんなもの理解できるはずもなく受験組も誰1人授業には耳を貸さなかった。
みな世界史の教科書を拡げた裏側に、数学チャートや英単語帳など思い思いの参考書を隠していた。まるで受験と関係ない授業を聞く事こそがサボりであるかのように。一見ストイックに見えるが人間性としては教科書の裏にブリーチやナルトの単行本を隠していたエスカレーター組とたいして変わらなかった。
長くなってしまったが、わざわざこんなエピソードを紹介したのはたった1つの目的のためだ。それは電源を切り忘れたファービーのように一人でしゃべり続けていたリクガメ先生の発した言葉の中に「シンクロニシティーは実在することを認識せよ」という話題があったことだ。
10年近く前の話なのでもちろん一言一句覚えていたわけじゃないが、確かにそんなようなことを言っていた。このテーマに入ったところでリクガメ先生が怒って(というか呆れて)帰り、自習の時間になってしまったので、結局リクガメが何を言おうとしたのかがわからずじまいなのだ。
こんな尻切れトンボな授業の事なんて誰一人覚えていないだろうが、この授業を唯一聞いていた(そして受験には落ちた)私は、リクガメが何を言おうとしていたのかちょっとだけ気にかかっていた。
あの時のリクガメは、この話題に入るまではずっと「努力の価値」や「歴史に学ぶことの意義」、「実力がありながらも前進を拒まれる女性たち」といった”社会における具体的な話”をしていた。
そこからクッとツマミが切り替わり、”抽象的な話”へシフトし始めていた。何を言おうとしていたのだろう?もちろんわからずじまいだ。あの時点で結構なおじいちゃんだったので、そもそもまだご存命かもわからない。リクガメならもう100年ぐらいは生きそうだが人間だ。
私の高校時代の1幕について話をしてみたが、本題とはとくに関係はない。
なぜなら今回の記事はクソシンクロニシティ。シンクロニシティについて崇高な持論を披露する場ではないのだ。そんな教養ねえし。
それでははじまりはじまり。
『ハルコシンクロニシティ』
ここは西友 松本南南東店の3番レジ。
「よくも毎日こんな欲しいものがあるわねぇ」
入店から3週間。一通りの研修を終えたハルコは1人のんびりと、店内を行き交う買い物客達を眺めていた。1番、2番、4番のレジ担当は、利用客もいないため持ち場を離れ、品出しやピッキングに精を出している。
欲しいものをカゴに入れて次の売り場へ、特売品をチェックして次の売り場へ、棚から棚へ転々とする買い物客達はさながら、蜜を集めて飛び回る蜂のようであった。
最近のスーパーは覚えることが多くてかなわない。posシステムの発展により、金額の入力や売上管理の負担やミスは減ったものの、なんとかペイだのなんとかポイントだのとよくわからない支払い方法がどんどん増えてきて参ってしまう。
幸い息子が色々と教えてくれたため、使ったこと自体は何度かあるし、難しい操作は機械がやってくれるためなんとかなりそうだが、今でも一人でレジに立つのは少し不安だ。
「43番」
「はい?ここは3番レジですが」
「ちげえよこのマイセンだよ!!」
うっかりしていた。ぼんやり待っていたら1人の中年男性がタバコを買いに来ていたのだ。ぶっきらぼうだがちゃんと番号でオーダーしてくれるあたり、そんなに悪い人ではなさそうだ。
「失礼しました43番のおタバコですね。」
ガラスケースの裏側を覗き、43番の箱を探す。みつからない、在庫を切らしていた。増税前の駆け込みもあってか、売り場のストックがなくなっていたのだろう。確かバックヤードには十分置いてあったはずだから、少し待ってもらって自分でとってこよう。幸いレジも混んでないようだし。
「在庫を確認いたしますので、少々お待ち下さいね。」
「おう」
そう言い残してレジを離れようとした時、男性の後には2組の買い物客が並ぼうとしていた。レジ応援のアナウンスを出し、売り場を離れ、バックヤードへ向かう。
「ねぇおばさん、ちょっと見てよ」
バックヤードを入ろうとしたその時、急に袖口をつかまれ振り返る。
「ここでCP30型を買ったはずなんだけどさぁ、俺の時計に入らないんだけど?どうしてくれんの?」
片手にボタン電池を持ったメガネの男性が、急かすように私にたずねる。
「商品に関してのお問い合わせは、総合受付でお願いします。」
「最後まで聞けよ、”CP30型だったらRD2型と互換性があって使える”ってネットに書いてあったじゃん?だからおたくの電池を買ったのに入らなかったんだよ?どうすんの?」
「すみません、、、」
「しかもさぁ、お宅の”入らない電池”を交換するために、こっちはわざわざ無駄に時計を開け閉めしてんの。専門店だと金取られるからしっかり手間ひまかけてやってあげてるんだよ。こっちはそれだけの覚悟があって買ってるのにさぁ……入らない電池を売り付けるわ、話は聞かねえわ、お前ら何様なんだよ?」
だめだ、全く会話にならない。サイズを間違えたのは向こうだし、ネットも手間もウチとは何も関係がない。全く筋が通っていない。
だけれど怒りの感情というものは、言葉の全ての粗を埋めてしまう。バラバラな辻褄を1本に繋ぎとめて私に突き刺してくる。
「交換をご希望でしたら総合受付でお伺いいたします。レシートをお持ちになって向かっていただけますか?」
「はいでました、どいつもこいつもレシートレシート。逆に聞くけどさぁ?お前らは何から何までレシートを全てきれいに保管してるんですか?こっちはお前らが良い商品を売ってくれるって信用しているからレシートなんか取っておかねえんだよ。ちまちま計算したり疑ったりしねえんだよ。俺からの信頼をお前ら裏切ったんだよ」
私では埒があかない。ベテランのパートに任せよう。1番レジ担当の川田さんに助けを求めるためレジの方へ視線を向ける。その時、ハルコは絶望的な光景を目にする。
来る来る!やって来る!どんどん来る!
夫婦が!子供たちが!ご老人が!
トイレットペーパーや卵などの特売品でカゴがはち切れそうなカートを抱え列が続く続く!!
その先頭に立つは先程のぶっきらぼうなおっさん。後続客の苛立ちを一人で背中に浴び、本人も顔が真っ赤。前進をプルプルと振るわせ今にも爆発しそうだ。
嘘!?川田さんは?秋山さんは?
目の前の厄介客への返答を考えつつ、売り場へと目を走らせる。いた!!2人でペットボトルを前出ししている!!たいして賞味期限なんか変わらないのに、必死に”なっちゃん”を賞味期限が早い順に並べている!!親の敵のように、これこそが己の存在意義であるかのように一心不乱に並べている!!!こいつら自分の手元しか見えないのか!?!?応援のアナウンスも聞こえてないのか?!?!
「いい加減にしろよ、何とかなんねーのかよ」
まずい、早くこいつを誰かに押し付けないと店が崩壊する。その場しのぎでもいい、手の空いてそうな誰かを探す。
いた!田上さんだ!!面倒な私の研修も文句を言わずに引き受けてくれた優しい田上さん、彼女に引き継いでもらうしかない。
「大変お待たせいたしました、担当のものに変わりますのでご案内いたします。」
クソメガネを引き連れてデカビタを前出ししている田上さんの方へ向かう。
「ふざけないでよ!!!あんたたちのせいで大恥かかされたじゃない!!」
田上さんまであと少し、タッチの差で田上さんに声をかけたご婦人。こちらもクソメガネに負けず劣らず怒り心頭どころか、少し涙ぐんでいる。
「みなさいよこれ!書いたのはあんたらだからね、会場で大顰蹙よ!同じ目に合わせてやりたいわ」
夫人の手には1通の”のし袋”。”御祝”と書かれたその袋には、ブラック&ホワイト、モノトーンの飾りが付けられていた。
おしまい。
……ええ、と言うことで、ショートショートを書いてみたわけですが。この物語で私は言いたい事はひとつだけ。「レジってなんか急に混むよね」そんだけだけです。ただのあるあるネタです。
あと電話もめっちゃ重なるよね。ずーっと電話鳴らなかったのに電話をかけるとその最中に3通くらい来るよね。
これぞクソシンクロニシティ。
(やっと落とせた!!)
おしまい
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