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「フェイクなのか?」当然俺はそう言い返す。コーヒーにクリープをいれるように、脱いだ靴下の匂いをちょっと確認するように、全くもって自然で純粋な返答である。

ミルフィーユ、タルト、エクレアから、チーズケーキ、プリンに、大福、みたらし団子…。世界中に「おかし」は沢山存在し、「おかしの話」もまた沢山存在する。

 しかし、そんなことは俺にとってはどうでもいい。俺はタルトより道明寺(九州では粒粒のも桜餅と呼ぶ)とか酒まんじゅうが好きなのだ。ミルフィーユより白あんの大判焼きのほう好ましいのである。と、こんなことすらどうでもいい。今日俺が書きたいのは「おかしの話」ではなく「おかしな話」なのである。

 晴れ渡る青空の下、俺は着慣れないスーツでだぶついた身体を仕方なく包みながら、いつものバス停で565のバスが来るのを「頭文字D」を読みつつ待っていた。
 
 俺は同じ場所で昨日もバスを待っていたし、一昨日も待っていた。その前の日も、そのまた前の日も、だ。こんなにも継続的に何かを待ち続けてしまうなんて、ストーカーとして通報されないのが今時不思議なくらいだが、どうやら巧妙な待ちっぷりなのかどうなのか、今のところは取り締まられることはない。

 と、いつものように時間に遅れてバスがこちらに向かってきた…かと思うと、またもや(前科あり)俺を無視して通過しようとするではないか。朝も早よから本当にもうコンチクショウである。仕方がないから俺は小走りしながら両腕をあげて猛アピールを試みる。

 するとバスはほんの10mほど通り過ぎたところで停車し、俺は無事にそれに乗り込むことができた。もちろん笑顔と朝の挨拶付きで、である。

 と、30を少し越したくらいかと思われるバスの運転手がすんなりとは腑に落ちにくい言葉を並べた。

 「次からは駅前のバス停で待てよ。」

 「あ‘’~っ?」と瞬間的に眉間にしわが寄ってしまう。彼の言う駅前のバス停とは俺が待っているバス停の次のバス停である。

 「なんで?」当然俺はこう聞く。
川が上流から下流に流れるように、ボルトがあればナットがあるように、目玉焼きにマヨネーズをかけるように、全くもって自然で純粋な疑問である。

 「ここは危ないから、次は駅の前まで行って待て。」運転手も眉間に皺を寄せて、命令口調でそう返してきた。

いやいやいやいやいや。おいおいおいおい。
待て待て待て待て、ちょっと待て。

 俺が待っているのはれっきとしたバス停である。
少なくとも俺がこの町に住み始めた10年以上前からずっと存在するバス停である。数知れぬ人々がそこでバスを待って乗り、またバスを降りた歴史ある場所であるのである。

別れもあったろう、出会いもあったろう。甘く切ない青春の日々が走馬灯のように頭を過ぎるというオージーの老夫婦もいるかもしれない。
 
 その由緒正しいバス停でバスを待っている客に、尻の蒙古斑も取れてない…かどうか確認していないが特にしたくもない、いや、するべきでもない、いやするべきかどうか理由は見当たらないがしなくてもいい…バスの運転手が、その尻で、じゃなかったその口で客の俺に「次のバス停まで歩いて行って待て」と言う。

いやいやいやいや、これは実に「おかしな話」ではないか。

ある種の権力によって指定されたバス停で客がバスを待っている以上、バスの運転手は客が安全にそのバスに乗れるように100%ばっちりに停車し、きちんと客を拾っていくのが仕事だろう。それで給料を貰っているのではないのか。客が「危ない」目に会うのかどうかはお前次第なのだよ、運転手くん。

 初めて見る運転手だったので、おそらく全てのバス停を把握していなかったのだと推察する。そんでもって自分がバス停を見逃したもんでそんな言葉でごまかそうとしちゃったりしたのかもしれない。プライドの高い若者にいがちではある。しかしバカも休み休み言ってほしい。本当に休み休み言ったらそれはそれで文句を言うだろうがそれは仕方がない。それも甘んじて受けよ。

「そこはバス停じゃないか。フェイクなのか?」当然俺はそう言い返す。コーヒーにクリープをいれるように、脱いだ靴下の匂いをちょっと確認するように、全くもって自然で純粋な返答である。

運転手はそれには答えずバスを発車させる。
俺は運転手のすぐ後ろの席に座る。

運転手(の野郎)は運転しながら「次は止まらない」みたいなことをまだぶつぶつ言い続けている。前を向いているから俺に言っているのか独り言なのか明確なラインはないが、すぐ後ろに座っている俺にも聞こえるくらいの声だ。

しばらくは黙っていたが、俺の袋の緒も切れてしまった。あ、堪忍の。

「あそこはバス停だ!」

知らない人に声を荒げるなんてこんなことはほぼほぼないが、ちょっとバスの車内の空気がキーンをなったかもしれない。

当然ほかの乗客からの注目を浴びることにはなったがまあそれはもう知らん。幸いなことに(そうなのか?)普段のよれよれTシャツにハーフパンツという恰好ではなく濃紺のスーツを着用していたので絵面は多少よかったかもしれない。やっぱりちゃんとしてる感が出るだろう。スーツってすごい、かもしれない。

運転手はぶつぶつ言うのを止めて黙ったまま運転する。
俺も車内の空気を全身で感じて黙ったまま窓の方に顔を向ける。
でも何も見てはいない。

結局バスに乗っている最中に解決することはなかったが、個人的には実に「おかしな話」だった。

 ふー。

昨日はチョコレートの差し入れをいただき、ビスケットとチョコレートケーキの差し入れをいただいた。どうもありがとうございました。

とりあえす最後は「おかしの話」。

 

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