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涙味の、トマトのパスタ

 腹が減った。何かないか。インスタント食品は食べたくないし、ポテチで腹を膨らませるのなんかもってのほかだ。こういう時はいつもパスタになる。お湯を沸かしている間にだいたい準備できて、すぐに食える。まず鍋に水を汲んで火にかける。まだお湯に塩は入れない。その間に食材だ。フードロスは好きじゃないから、スーパーの見切り品で大丈夫そうなやつを買ってある。どうせすぐに食べるしね。季節はずれのアスパラ、100円で山のように入ってたピーマンと玉ねぎを食べやすいサイズで大きめに切って、歯ごたえを残す感じでフライパンでさっと焼く。俺は野菜が食べたいんだ。しめじも適当に炒めて、オイルを少し加えてみじん切りにしたにんにくを炒めて香りを出す。ついでに冷蔵庫に余っていたベーコンも投入だ。脂の香りが俺の腹を減らす。程々香りが出たところで、トマト缶を開けて投入。トマトもあまり潰さないように、パンの中で切るようにして中身を出す。ああ、茄子があったらいいのに。ブロッコリーとか。しかし贅沢は言えない、なぜなら腹が減っているからだ。

 ぐう、とお腹が鳴ったらコンソメを入れて味付けして、種を取った唐辛子を加えて、少し水気を飛ばすように煮込む。塩味は後で増やせばいいんだ。レストランじゃないんだから、足りなければ食べるときにかければいい。そこまで完成度を夜食に求めるのかい?そうこうしているうちに鍋のお湯が沸く。大さじ1くらいをお湯に入れ、パスタを投入。パスタはバリラの1.8ミリと決めている。1.6でもいいんだけど。バーリラ、バリラバーリラ♪あれはバニラだ。束を少しねじって、上から掌で押さえつけるようにお湯の中に入れてゆく。そうすると、お湯で少しずつ柔らかくなって、手を離すと螺旋のようにパスタが広がって、全体がお湯の中に浸かる。ちゃんとしたパスタならとにかく時間通りに茹でれば美味しくアルデンテになる。バリラや日本産のやつはちゃんとしてる。駄目なのはよくわからない外国のメーカーのやつだ…。時間通り茹でたらモチみたいになるし、茹でなさ過ぎたら粉っぽくて美味くないし、もう二度と買わないぞ。

 今日は2分ほど早めに上げる。パスタにトマトを吸わせてたいからだ。パスタはいちいちざるに取ってお湯を切るとか、そういうことはしなくていい。どっちみち茹で汁を加えるんだから。トングで取って、そのままフライパンにIN。ゆっくり均一に混ぜ、茹で汁で水分と塩味を補いながらソースを吸わせて、フライパンの中でちょうどよく茹で上がる。乾燥バジルをさっと振って、溶けるチーズを少し乗せて、混ぜずにふんわり溶かす。味見をして薄ければ塩胡椒だけど、濃くしてしまうと食べてると最後にしつこくなるから、俺は加えない。足りなければ食べながら振ればいいんだ、塩味は。さあ、できた。食べよう。

 ─────美味くない。いや、美味いんだけど美味しくない。よくできてるけど美味しくない。トマトの酸味があって、野菜も歯ごたえがあって、チーズがあって、パスタとよく絡む。美味い。だけど物足りない。今食べているのは、ちょっと味覚が刺激されるだけのトマト味のパスタにすぎない。何を食べるかよりも、誰と一緒に食べるかなんだ。食べる喜びは、一人だけで味わうものではなくて誰かと分かち合って、時間を共にするものなのだ。あなたの表情を思い出した。美味しいという笑顔。しょっぱい、と眉を潜める 顔。美味しくも不味くもないという微妙な顔。あなたと過ごした時間を思い出す。あなたの表情を。体温を。その声を。あなたの唇を。永遠に失われた、その感触を。もう、触れることは無いんだ。今日のパスタは塩を足さなくてもよくなった。少し、しょっぱい。


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