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自分を選んでくれた理由がほしい

家に帰ると明美がいた。
それはいつも通りの風景だった。
その明美の強張った表情を裏付けたのは、寝室にいた優和と勇だった。
正人は、以前馴染んでいたその風景には、すっかり違和感を覚えるようになった自分を知った。


「もうそろそろお邪魔しようと思っていたところで」


優和は何事もなかったかのように正人に微笑んだ。
さっきまでのことを考えると到底考えられない。
明美はその余裕に感心すらしていた。


正人はどんな顔をして勇に顔を合わせればいいか分からなかった。
明美はその正人の姿を見てやるせない気持ちになっていた。
明美は、正人が父親としての自信をなくしたのは優和のせいだと思っていた。
でもその前提には、正人が優和のことをそれくらい信じ切っていたということがあった。
それは自分に対して盲目になってしまうくらい正人が優和のことを深く愛していたという証だった。
明美は警戒心が人一倍強い正人を知っているばっかりに、それが相当なものだということが分かってしまっていた。


そもそも正人は明美のどこが気に入って結婚してくれたのか、明美には分からなかった。
それだけにいまだに優和よりも自分を選んでくれたと思えるような自信はなかった。
そして明美には優和と正人がどうしても離婚しなければならなかった理由が分からなかった。
優和と正人はまさにお似合いだった。
明美は、美男美女で頭がいいところが似ていると思っていたが、それ以上に内面から出てくる雰囲気が似ていた。
それだけにいつまた優和と正人が考えを改めても不思議ではないと思っていた。
明美にとって正人は未知で、違う人間だという自覚が常にあった。
しかし優和にはそうではないように感じられているようだった。
明美は正人が自分を本当に選んでくれているという安心感が、どうしても知りたかった。


「夕飯までまだ時間あるんだし、せっかくだから3人でお茶でもしない?」


明美は自分でも自分の言葉に驚いていた。
優和は、明美が自分に喧嘩を売っていると思ったかもしれない。
優和は、断って帰ることだってできたはずだったのに、明美の言葉を受け入れたのだった。
断り切れない雰囲気に流されるように、正人は気まずそうに席についた。
勇は大人の話には全く関心がないという振る舞いで、持参したスケッチブックを鞄から取り出していた。


正人は二人のただならぬ雰囲気に気づいていた。
そしてそれに抗うかのように、正人は暢気なことを考えていた。
優和は怒っている顔でも綺麗だし、明美は怒っている顔でも怖くない。
それは紛れもなく、二人の自分がよく知る女だった。
そう感じることで、正人は無理やり自分を落ち着かせていた。




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