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【エッセイ】ケンタッキーは家族で食べる物だった。


※このエッセイは前回のエッセイの続きです↓↓↓



PUNTO


 茨城県水戸市石川に本と雑貨の店がある。「PUNTO」という名前の店で、僕は以前に一度訪ねたことがあった。クリスマスイブは、君とふたりで行くことになった。

 「punto」イタリア語で「点」。

 様々な感性が交差する点であり、そこから何かが始まる場所。

 「人」「もの」「こと」の交差点を目指しているお店。

 本も服も雑貨も何でもある。僕の知り合いも何人か通っているし、「PUNTO」主催のイベントにはたくさんの人が集う。

 「名は体を表す」とはよく聞く。でも、そういえるほど実が伴っていることってなかなかない。この前上野の居酒屋で「日本一のコロッケ」を食べたけれど、絶対そんなことはない。いや、美味しかったけど、日本一のコロッケはちょっと寂れた商店街とか、下町の出店にあると思う。少なくとも、五メートルおきにキャッチがスタンバっている通りには並んでいない。

 僕と君それぞれに、「PUNTO」に行く用事があった。

 僕と君は「はちとご」っていうシェアハウスで出逢ったのだけれど、僕はそこの管理人からおつかいを頼まれていた。本を買ってきてほしいって。椋本湧也の『26歳計画』。コロナ禍を生きた二十六歳の若者たちの文章を集めた一冊で、管理人から紹介されてから僕もずっと気になっていた。というわけで、いつもお世話になっている感謝の意を込めて、そして、クリスマスにかこつけてプレゼントすることにしたのだけれど、いわゆる独立系書店にしか売られていないから、このあたりで手に入れようと思ったら「PUNTO」に行くしかなかったのだ。

 当初はひとりで行くつもりだったんだけれど、君も買いたい本があると言っていたから、都合のついたクリスマスイブに一緒に行くことにしたのだ。
君が欲しがっていたのは、映画『花束みたいな恋をした』のイラスト集。映画のワンシーンがイラストになっている。劇中で使われていたサウンドトラックもついている。『音楽と絵』という書名の通り、音楽と絵を通して映画の世界を味わうことができる。『花束みたいな恋をした』の関連作品は他に二冊ある。青い表紙のシナリオブックと、赤い表紙のノベライズ。黄色い表紙の『音楽と絵』だけ持っていなかったからずっと欲しかったみたい。本を三冊揃えてはいないけれど僕も大好きな映画だから、素直に気になった。後でのぞかせてもらおう。

 店の中に入るとすぐに、君が『26歳日記』を見つけた。たぶん、僕の本が先に目が付いたからだと思う。お目当ての本は、僕の初書籍『Message』の隣にあったのだ。

 「以前に一度訪ねたことがあった」って言ったけれど、実はそのとき、僕は自分の本を置かせてもらえないかと打診したのだ。お店の人は快く受け入れてくれた。今、「PUNTO」には僕の本が並んでいる。

 『Message』は、成人の日を舞台にしたヒューマンミステリーで、「110」というダイイングメッセージの謎を解いていく物語。高校時代の友人が描いてくれた表紙には、「110」と書かれている。

 その隣に、『26歳計画』が並んでいたんだけれど、その表紙には「26」をデザインした文字が記されていて、奇しくも「110」に見えた。というか、「110」にしか見えなかった。似たような表紙の本がふたつ並んでいる。しかも、片方は僕の本で、もう片方はそのときまさに用がある本。そんな小さな奇跡を起こしてくれるのが、クリスマスだなんて。いや、そんな偶然に奇跡を感じられるのが、クリスマスなのかも。

 僕がシェアハウスの管理人を知ったこと。

 まもなくしてシェアハウスに行ったこと。

 そこで君と出逢ったこと。

 管理人が「PUNTO」を教えてくれたこと。

 初めて訪ねた日、『Message』を置かせてもらえたこと。

 僕と君も『花束みたいな恋をした』が好きだったこと。

 僕と君が花束みたいな恋をしていること。

 何でもない事実たちが光り出す。聖なる夜に乱反射して、クリスマスイブのこの日、この場所で交わっていく。

「メリークリスマス。よいお年をお迎えください」

 店主さんに見送られて、僕と君は店を後にした。交差点のような店を、また新しい何かが始まる店を。



ケンタッキー


「絶対こんなに食べれない気がする」

 卓上に並んだ料理を眺めて、僕は言った。箱に詰められたケンタッキーのチキン、そしてビスケット。サラダに、生ハムとチーズとクラッカー。冷蔵庫にはクリスマスケーキが控えている。六人用の、ホールケーキ。しかし君は食べきる気まんまんのご様子で、「これくらい食べれるでしょ」と強気の姿勢だった。

 バイト帰りにBOOKACEに立ち寄って、BOOKACE帰りに君と合流してPUNTOに立ち寄って、PUNTO帰りにメガドンキに立ち寄った。そこで食べ物飲み物をかごに放り込んでいった。白州のハイボールの缶が売られていた。山崎は見たことあったけど白州は初めて見かけたから思わず手に取ってしまった。それと桃の果実酒の瓶を買った。

 ドンキのなかには、ケンタッキーが内設している。久しぶりに食べようとふたりで決めた。僕は久しく食べていなかったし、君は最後にチキンを食べたのはいつだったのか思い出せないと言った。でも、盛り上がった話題がある。ふたりともビスケットが好きだったこと。メープルシロップをかけて食べる、あれが好きだった。

 僕と君はお互い買い物袋を手に、帰り道を辿る。もうどこも立寄らない。

 せっかくのクリスマスだし、外で食べようという話もしていた。ただ、バイトもあったし、いろいろやりたいこともあったし、おうちで過ごすことにしたのだ。

 大学四年生にとって、この時期は卒論という最後の課題を抱えているからあまり悠長な日々を送ることはできない。特に僕はクリスマスの日がゼミで設けられた提出日で、終わりが見えてきたとはいえ書ききったわけではなかったから、ふたりでおうちディナーを楽しんだ後、卒論を書く時間をつくるつもりだった。ちなみに僕の卒論のテーマは「桃太郎」である。桃の果実酒を買ったのは、まあ、そういうことだ。

「乾杯」

 僕は桃の果実酒を、君はぶどうの果実酒を傾けた。

 久しぶりのケンタッキーはおいしかった。なんだか懐かしい気がした。この懐かしさの正体は何なんだろう。ほぼ初めましてのチキンの食べ方を探っている君の隣で、ぼんやり物思いにふける。

 僕にとって、ケンタッキーは家族で食べる物だった。

 最後に食べた記憶のなかにも、家族がいた。みんなで手を汚しながらチキンを食べる。妹や母親は、特に妹は軟骨までキレイに食べ尽くす人で、僕や父親はどちらかといえば汚く食べ終える人だった。さっきも言ったように、あの頃からビスケットが好きで、メープルシロップがお皿に垂れ落ちるなんて日常で、もはやその光景もひっくるめて、あのビスケットに魅力なんじゃないかって。チキンをキレイに食べる妹も、あのビスケットには勝てなかった。

「キレイに食べるね」

 僕が食べ終えたチキンの骨を見て、君がそう言った。確かに、僕の目の前には、肉付きのない骨がぽつんと皿の上にさらされていた。

 おうちディナーにしてよかったと思った。

 ケンタッキーにしてよかったと思った。



※このエッセイの続き↓↓↓


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