OL時代の告白／真野愛子

数年前にちょっとだけOLをしていたことがあった。
大した仕事を任せられたことはなく、無難に業務をこなすOLだったと思う。
ある時、後輩の女の子が突然こんな叫びをあげた。

「もぉ～う、誰ですか～！　これ、貼ったのぉー！？」

見ると、彼女の大切な資料にオチ〇チンが描かれたポストイットが貼られていたのだ。
誰かのイタズラだ。
描かれていたオチ〇チンはかわいらしい子どものもので、どうやら悪意あるハラスメントではなく、ちょっとしたおふざけであることがうかがえた。

しかし、たまたまその時、近くに男性上司がいたので、その人が「なんなんだ」と寄ってきて彼女の資料を取り上げてしまったのだ。
上司は、ポストイットに描かれたものを確認すると、

「これ、誰がやった？」

と、ものすごい怖い顔になった。
周りにいた男性社員はみんな緊張状態になり、シーンとなった。
その上司は有能でめちゃめちゃ怖くて、しかも空手の有段者だった。

「誰だか知らないけど、いい加減にしろよ」

周囲は完全に凍り付いている。
わたしはとっさに上司に対し、「部長、昨日言ってた資料ができたんで確認してください」と強引に話題を変えて、その場を取り繕ったが、

まさか、わたしが犯人だとは言えなかったｗｗｗｗｗｗ

職場に笑いを――という、ちょっとしたユーモアだったのに。
よもや後輩が「もぉ～う、誰ですか～！　これ、貼ったのぉー！？」と声をあげるとは思っていなかったのだ。
だって、その子、イラストの筆跡を見たら、わたしが犯人だってわかっているはずなんです。
あきらかに女子が描いたソレなんですから。
しかし幸いなことに、上司は男性社員を疑ってくれた（笑）。

わたしが上司に資料を見てもらって戻ってくると、後輩は、
「愛子さん、さっきは焦りましたね？」
と声をかけてきた。
「あなた、わたしが犯人だと気づいてたでしょ。なんであんな声あげるのよ」
と文句を言ったら、
「だって部長がいるとは思ってなくて！　ヤベッと蒼白になりましたよ！」
と彼女。それから二人で爆笑した。

これ、いい思い出だ。

じつはこの出来事のちょっと前から、わたしは会社を辞めようとぼんやり考えていたのだが、こんな面白いことが起きたのだから、これを機に会社を卒業しようと踏ん切りがついたのだ。
そしてこの後輩に最初に辞めることを伝えた。

「辞めてなにするんですか」
「決めてないけど」
「えっ、愛子さんいなくなったら、わたし誰とふざけあったらいいんですか」
「あなた、誰とでもうまくやれるじゃない」
「ま、そうですけど。でも、会社やめても、ネットで拾ったエロい画像、愛子さんに送っていいですか」
「いいよ」
「だったら辞めるの、許してあげます」
「ありがとう」

こうしてわたしは無職になった。

3ヶ月ほどブラブラしてすぐに金欠になり、カフェでバイトしたり、コンパニオンのようなことをしたりするのだが、どれもわたしには打ち込めるようなものではなく、何をして生きていくべきか本格的にわからなくなってしまうのだ。
けっこうイイ大人なのに自分探ししてます、といった感じか。
そんな時だ。
彼女からLINEでエロ画像が送られてきた。
本当にどうでもいい、ウケ狙いのエロ画像だった。
けどそれは、わたしの安否を気遣う、彼女なりのエールだと分かる。

……新たな一歩を踏み出したら、彼女に報告しなきゃ……

そう思えた。

しばらくして駅構内で、ライター養成講座のポスターに目が留まった。
わたしは大学生の頃、出版社でアルバイトをしていたことがあったので「通ってみるか」と軽い気持ちでポスターに備え付けられている生徒募集のチラシを手に取った。

「愛子さん、向いてると思いますよ」
久しぶりに再会した居酒屋で、わたしが「今、書く学校に通ってるの」と報告したら、彼女はそう言ってくれた。
けど、「なにを根拠にそんなこと言うのよ？」と、わたしは問い詰めた。
「別に根拠はないですけど、会社にいた頃より愛子さん、いい顔してますから」
そんなふうに言ってくれたのだから、会社時代より半歩くらいは前に進んでいるのかも、と思えた。

今、わたしはライター業でなんとかやっていけてる。
じつは文章を書く上で密かに目標にしていることがある。
この彼女を笑わせたいと思っているのだ。

OLさんが会社で仕事に行き詰った時、電車で疲れて移動している時、ふとスマホで読んで吹き出しそうになって、上司や周囲の乗客の手前、笑いをこらえなきゃいけなくなる――そんな文章が書けるようになりたいのです。
なかなか難しいけど、これは頑張ってみたい。

けど、その彼女、笑いに厳しいのです。
この記事も、きっとダメ出しされそう（笑）。

【真野愛子 プロフィール】
超インドアですが、運動神経はよい方だと思ってる20代女。料理と猫好き。創作ストーリー『暗闇で愛が咲く』に出演。将来の夢はお嫁さんｗ