短編ストーリー『てるてるぼうずの涙』/真野愛子
雨が降っている。
ボクは、軒下につるされた、てるてるぼうず。
目の前には傘をさして行き交う人たちがいる。
ボクをつくってくれたご主人様は、そんな光景を2階の窓際から眺めるのが日課だ。
ボクはその理由を知っている。
毎朝、通り過ぎていく中に気になる女性がいるからだ。
今日もほら、例の美人がやってきた。
きっとOL。
だいたい同じ時間にここを通る。
ご主人様は彼女を見送ると、窓を閉めて、あとは部屋で退屈な一日を過ごす。
ゴホンゴホンと咳払いをしていることが多い。
体調が優れないようだ。
ガラス窓越しにかすかにラジオの音声が聴こえてきた。
「関東地方、今日は一日中、雨が続くでしょう。午後から一時的にやむ時もありますが、ふたたび夕方には……」
ご主人様が雨を嫌う理由はうっとうしいからではなく、傘をさされると窓から彼女の顔が見えないからだ。
唯一の楽しみが雨で台無しになるのだ。
それでボクをつるすようになった。
「ひまだわー。また、てるてるぼうずでもつくるか」
ご主人様はそう言って鼻歌まじりにボクの仲間を作り始めた。
しかし、翌朝も雨は降っていた。
やはり、傘をさしていて彼女の顔は見えない。
この季節の雨はなかなかやまないのだ。
ご主人様は彼女の傘を見送ると、残念そうに窓を閉めた。
「また、てるてるぼうずでもつくるか」
そんな声がガラス窓越しに聞こえてきた。
ご主人様はときどき咳払いをしながら、てるてるぼうずをこしらえている。
こうして、僕の仲間が軒下に何個も増えていくのだ。
ふと、ご主人様がつぶやいた。
「ずっと僕の方が見つめてきたけど、一度くらい彼女がこっちを見てくれないかな?」
それは、ご主人様のささやかな願いだった。
やがて軒下の仲間たちは異常な数になっていくのだ。
その日も雨だった。
通学の小学生からこんな会話が聞こえてきた。
「あの家、どんだけ晴れてほしいんだよ!」
てるてるぼうずの数が増えたから、そう思ったらしい。
けど、彼女のほうは一向に気づいてくれない。
ご主人様は残念そうに窓を閉めた。
「彼女、一度くらいこっちを見てくれても……」
そう言いかけたところでゴホンゴホンと咳が止まらず、ご主人様は胸を押さえて布団にもぐりこんだ。
降り続く雨は激しさを増して地面を叩いた。
チュンチュン……と、小鳥たちのさえずる声がする。
そして、子どもたちの声も。
その日の朝は、通学の小学生たちがなにやら騒がしかった。
たまたま、あの美人が通りかかった。
「みんな、どうしたの?」
そう声を掛けると、小学生たちは「見て見て」と、ある方向を指でさした。彼女がそちらを見ると、軒下に無数のてるてるぼうずがつるされている。
けど、ひとりの小学生が「ちがうよ! そうじゃないよ!」と、あらためて指をさした。
そう言われ、彼女はその方向に目を凝らす。
よく見てみると、軒下のてるてるぼうずの向こうに、なにやらぶら下がったものを見つけた。
「!!」
彼女は言葉を失った。
子どもたちが注目していたのは、てるてるぼうずではなく、窓の奥だった。
部屋の中で、ご主人様がボクらの仲間になっていたのだ。
長い間、咳は止まらず、体調は優れなかった。
病気を苦にしてのことだろう。
同時に、ご主人様はやっと願いを叶えることができたらしい。
よくこう言っていた。
「ずっと僕の方が見つめてきたけど、一度くらい彼女がこっちを見てくれないかな?」
やっと見てもらえたね。けど、あんまりだよ。
皮肉にも、この日は長かった雨がやんで、澄み渡るほどの晴天が広がっていた。
子どもたちが大騒ぎする中、小鳥たちだけはチュンチュンと穏やかに鳴いている。
(おわり)
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電話相談:
こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556
よりそいホットライン 0120-279-338
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