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【読書感想文】代表取締役アイドル

挨拶

 ご機嫌よう、読者諸君。いきなりだが諸君らに聞きたい。アイドルは好きだろうか。日本が誇るべきサブカルチャーの一翼を担う、アイドル。その素晴らしき文化を、諸君らは日本人として堪能しているだろうか。

 かくいう私は、今週の天皇誕生日、某国民的アイドルのライブへ飛び込む。大いに楽しんでこよう。眩いばかりに輝く棒を、天高く掲げてこようぞ。

 さて、そんな楽しみも相まって、今回はアイドルがテーマに含まれた本を紹介する。

今回紹介する本は……。

 今回紹介する本は、小林泰三先生の『代表取締役アイドル』である。小林先生は、ホラー、SF、ミステリーなど幅広いジャンルで執筆された方だ。作家と研究者という二足のわらじを履きながら、活動を続けていた。

 彼の書く物語は密度が濃い。異世界や超常現象を描く事が多いが、ロジックは綺麗に積み重なっている。発想は奇想天外だが、完成品は非常に理知的のだ。故に、読者は彼の作品に没頭することができる。2020年に逝去なされてしまったことが、とても悔やまれるお方なのだ。

 その中で、『代表取締役アイドル』は珍しく現実に寄ったお話。物語は、タイトルの通りに、地下アイドルが企業の代表取締役になるという入り。空想的に聞こえるが、読み進めていくと、その内実は人間の欲に塗れた企業上層部の汚い争いがメイン。現実を皮肉ったお話なのだ。

端的に紹介すると

 私利私欲に塗れた会社。そこでのさばる愚昧な大人たち。とてつもない不条理にアイドルが巻き込まれていく。圧倒的不利、かつ汚い世界でも、彼女は人の笑顔を作れるか。

あらすじ

 主人公、河野ささらは、アイドルグループ、ハリキリ・セブンティーンで活動中であった。しかし、握手会での悲惨な事件をきっかけに、暗い部屋で塞ぎ込む毎日になる。

 そんな時、彼女に奇妙なオファーが舞い込んだのだ。なんでも、代表取締役としてささらを迎え入れたいらしい。報酬は1億円。右も左も分からない中、レトロフューチュリア社の役員となったささらは、秘書とマネージャーを従えて働き出すのだ。

 ただ、この会社には、傍若無人の創業一族と、その薫陶を受けて見事に育ってしまった部下たちが巣食っていたのである……。

注目ポイント

次々と起こる不正

 「研究所世界一計画」「売り上げ十倍計画」など、圧倒的に上意下達で動いているレトロフーチュリア社は、上層部が課した理不尽な目標に逆らえない。すると、達成不可能な目標を不正にクリアしようとするものが出てくるのだ。データ偽造や粉飾会計が社内でじわじわと広がっていく。

 元を辿れば、創業家の支配が原因だったのである。権力を持った馬鹿に道理は通らないのだ。ささらは変えようとしたが、手始めの策で失敗する。経営者には知識と慧眼が必要であり、それらがない無知蒙昧で勝手な経営は、今回のように不正を引き起こすのだ。

企業は民主的な場などではなく、上意下達のシステムで動いている。法律に違反でもしない限り、それが明らかに間違っている施策であっても、部下は上司の命令に従うしかないのだ。
p107

良心では出世できない

 会社にとって良いことでも、個人にとって良いことだとは限らないのだ。全体最適と部分最適とイコールではないことを肝に銘じるべきである。

 旧態依然としている会社では、自分勝手が横行する。上にのし上がるのは、上にいる者にごまをする寄生虫たちなのだ。誰もが自分の利益だけを考え、部下を使い捨ての駒にして這い上がる。そこでは、人への優しさや気遣いなどは微塵もない。
 存在する指標は、’上司の役に立つかどうか’。ただそれだけである。経営者に社員の本心を見抜く力がなければ、職場には出世欲ばかりが溢れ、いずれ企業は崩壊するのだ。

本来、経営は単純な話なんです。正直に利潤を追求すれば、それで会社は発展するし、国の経済は潤う。だけど、現実にはとても複雑なことになってしまいます。それは人間が絡むからです。人間の要素を排除すれば、経済なんて物理学みたいにすっきりとした公式で表せるようなものなんです。でも、人間が絡むと話はどんどん複雑化していきます。単純に会社を儲けさせればいいということではないのです。全体最適と部分最適は違うのです
p208

アイドルが見出したもの

 本作品はすっきり納得のいくラストとは言えない。しかし、それが現実なのだろう。我々が実際に大団円を見ることなど、そうそうない。

 理不尽に苛まれたが、河野ささらはレトロフーチュリア社の人間を助けるために動き出す。上層部と創業家を懲らしめた後、真面目に働いていた社員たちの救護艇とするべく、取締役で得た資本を元に会社を立ち上げるのだった。

 本作品に、彼女自身のバックボーンはあまり描かれていない。しかし、アイドル活動で培われた、人への誠実さ、出来事をゲームとして捉える俯瞰的な視野、冷静で理知的な思考、そして絶望から立ち上がる強さ。彼女には経営者としての適性があった。彼女はその適性を、労働者が輝く手助けになるべく使い始めたのだった。

「研究……またしたいですか?」女性は微笑んだ。
「……もちろんです」
女性は眼鏡を外すと、持っていたハンドバッグの中から名刺を取り出した。「お久しぶりです。私こういうの始めたんです。今、意欲のある研究者を集めてます。興味があったら、連絡してください」
(中略)
株式会社駄沙未来
代表取締役 河野ささら
p352

終わりに

 ささらのように骨太な女性がいたら惚れてしまう。容貌は端麗で、精神が逞しい女性ほど無敵なものはない。いつか会いたいものだ。

 彼女のような人間が、読者諸君から現れることを願う。では、また。


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