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僕と君の愛情は~AとBの物語~(短編小説)

ゲイのA君とノンケのB君のお話です。
キスから始まり徐々に心がつながれていき、でも、お互いがお互いのセクシャリティの違いから、なかなか深く踏み込めずに悩む様子を書きました。
彼らの心の内をまとめたような、そんなお話です。

第1話 告白1(ゲイのA君の気持ち)

生きているだけでえらいんだよって君は言うけれど
俺は、できることなら君に殺されたい
まっすぐで誠実に世の中を見つめる君に
真面目で正直で正義感の強い君に


それは
俺を忘れないでほしいから
不誠実でだらしなく、斜めの視線を持つ自分は、きっと君からしたらとるに足りない存在
それでも
俺が君を愛したことを覚えていてほしくて


クリスマスの直前に出会ったね
もうすぐ季節がひとまわりする
初めて会った日
朝まで飲んで、酔っぱらって
海見に行くっしょ~って盛り上がって電車に飛び乗って
ひんやりとした空気の中、
薄いもやにけぶる太陽と波を2人で眺めた


空と海の境い目がぼやけててわかんないね
って
砂浜に落ちていた空き缶を蹴っ飛ばして、君は笑った
意外とがっしりとした体に人なつっこい顔
曇天に鈍る空と海の間にいる君に、たまらない愛おしさを感じて
その唇に吸い寄せられるように唇を重ねた
君は、びっくりして目を見開く


突然なに?!
って君が言って
寒そうだから暖めてあげようと思って
って俺が言って
だったらあったかいココアでもおごれよ
って君が笑って
俺を責めるでもなく笑ったままで


付き合っているのかいないのか
俺も君もよくわからない状況が続き、
君の戸惑いと、でも確かに感じる愛情
俺は、
先に進んでいいのかどうか、もどかしい気持ちが肥大しすぎて


俺がわがままなのか?
求めすぎなのかな
でもね
こうやって、マグカップに君の大好きなホットココアをなみなみと注いで、たぷんたぷんと表面張力するフチを眺めていると
ああ早く
あふれでてしまう前に早く
俺を殺してくれよ
って、恥も外聞もかなぐり捨てて
君の足元に頭をすりつけて
懇願したくなる


あの時、キスしなければ
あの時、君が空き缶を蹴らなければ
あの時、冬の海を見に行かなければ
あの時、出会わなければ


第2話 告白2(ノンケのB君の気持ち)

刹那的な生き方をするのが君らしさかもしれないけれど
できれば僕は君に、もっと肩の力を抜いて生きてほしい


例えば
休日の午後、部屋でホットココアを飲んで
心までじんわりと温かくなって笑い合う
つまり
そんなたわいもない日々って結構幸せだと思うんだ


君は覚えている?
冬の海を2人で見に行った日
朝もやに包まれた空と海 
そこからほのかに光る太陽
キンとはりつめた冷たい空気


僕の隣にいる君は、その幻想的な世界に包み込まれて
不思議な輝きを放ち、とても美しかった
うつむいた横顔にかかる長いまつ毛も
ふんわりして透けるような金髪も、細い体も
少し淋しそうに笑う口元も


心を奪われて
僕はじっと君を見ていた


君はそんな僕に気づいて
照れ隠しなのか乱暴な口調で
うぉらっ、なんて言いながら
砂浜に落ちていたジュースの缶を手に取り、
入っていた中身を海にぶちまけた


なにしてるんだよ
と言った僕に、
水平線に向かって投げたんだよ
って君は答えたけど
もやがかかりすぎて水平線はあいまいだった


空と海の境い目がぼやけててわかんないね
僕は言って何の気なしに
中身を捨てて転がっていた空き缶を蹴ると
君は突然、僕の唇を奪ったんだ
それはまるで
境い目のない水平線を切り裂いて
僕の心の奥底に分け入るかのように
罪深くあまやかな行為


あの時、僕の運命は変わったんだよ


ほどなくして恋人と別れた僕の家に
君が転がり込んで
共同生活が始まった


君のためらい
深夜のため息
ごくたまに触れあう唇
君がせつなげにもらす甘い吐息


僕は
全てを君にあげられないけれど
何気ない日常の幸せを
君と分かちあってずっと一緒にいたい
そう思っていたんだ


なのに


第3話 ノンケのB君の挑発

決壊のきっかけは、あっけなかった


夏の日
僕と君と友人たちで出かけた花火大会
打ちあがる前から
川べりに場所を確保して
じりじりと照りつける西日に背中を灼かれながら
ビールを何杯も呑んだ


やがて花火が地響きのような音をたてて
夜空に打ちあがった
したたかに酔った友人たちに煽られて
僕らは
暗がりの中で、何度か唇を重ねる


僕は薄目を開けて
君の陶然とした顔と
その後ろで咲き乱れる花火を見る
おずおずと君の右手が動き
僕の左腕を撫であげる
生ぬるい夜風と君の体温が心地いい
焦げ切った火薬と
君の額に滲む汗の匂いが鼻腔をくすぐる
その瞬間
僕のなかで何かが弾けた


君の口の中に舌をねじ込む
一瞬びくりと引っ込んだけど
すぐに君のものも絡みつき、うねった
甘く涌き出る唾液のふしだらな味


ずっとこのままでいい
僕からは仕掛けない
そう思っていたはずなのに


もっと近づいてほしい
もっと触れ合いたい
もっと僕と一緒に


とうとう我慢ができなくなって


いつまでもためらう君を
挑発した


その時は、それが愛だと思ったんだ


第4話 ゲイのA君の葛藤と衝動

夏が終わり秋が始まる 狭間


俺は家をあけがちになっていた
君に会う前のように
友人の家を転々として
なるべく顔を合わせないようにした


数日ぶりの夜、家に帰ると
ソファーに座っていた君が立ち上がり
燃えるような目で俺を睨んだ
その視線の強さが痛い


明日早いからもうシャワー浴びる
俺はそう言って浴室に入った


なのに、
君は乱暴にそのドアを開けて俺を見る


何故僕を避ける?
君が問う
やめてよ
ドアを閉めようとする俺の右腕を君がガシッとつかんで止める
仕方なく
ねぇ、俺にかわいがられたいの?
わざとにやりと笑い、君の顎に左手をかける


お前が望むなら
君はそう言い、着ているものを剥ぎ取って
浴室に足を踏み入れる


俺はシャワーの栓をいっぱいにひねる
嵐のような音を立てて降り注ぐなか
君の顔を両手で包み、見つめたあと
あらゆるところに口づける


すべてが愛おしい
すべてが欲しい
でも
俺のすべてを受け入れないで


しばらくして
俺は動きを止めた


ああ、イライラする
と俺は言って
頭を振り、髪にまとわりつくしずくを落とす
君はまだ夢うつつの顔で俺を見ている
俺の名前を呟きながら両腕を伸ばし
抱きしめようとする


その手を、振り払った


狂おしいほど求めているのに


俺は怖かった
君は俺のすべてを受容しようとする
一身に愛を注いでくれる
俺を変えようとする
おそらく一生をかけて本気で


ずっと一緒にいたかったけれど


俺は君を思いすぎて頭がどうにかなりそうだった
同時に、残忍な衝動を押さえきれない自分が
嫌だった


自分の業を君に共有させていいのか
その罪悪感から抜け出せない
こちらの世界に引きずり込んで
戻れなくなってもそれでいいのか
いつかはそれでぶつかることになる


ならば友だちでいた方がいい


いっそのこと
俺が死んでしまえばいいんじゃないかって
君に殺されればお互いに幸せなんじゃないかって
その事によって
俺を覚えてくれさえすればいいんじゃないかって


俺が君の前から消えた方が
君はきっと幸せなんじゃないかって


俺を殺してくれよ
と言った
君は
なに言ってるの?
と返した
僕たちはずっと一緒にいるんだよ


許してくれ
俺は、もう疲れたんだ


第5話 ノンケのB君の後悔

僕の手の中からこぼれたのは一体なに?


君が僕の家から出ていったのは、小雨が降りしきる夜だった
リュック1つにおさまるだけの持ち物を肩にかけて、
じゃあね
短く言ってから下を向き、
ごめん
と呟いてから
肩をすくめて真っ暗い闇に向かって歩いていってしまった
傘もささずに


あの時は、何の言葉もかけられず、
ただ、僕から逃げていく君の背中を見送った


あれから3ヶ月が経った
もうすぐクリスマス
出会ってから1年になるな
思い返すのは、君のことばかりだ


君の気持ち
離れた今ならわかる気がする


僕は誰よりも君を理解していて
持ちきれると思っていた
自信もあった
でもそれは
君を苦しめる押しつけにすぎなかったんだ


あの夜
君は全身で叫んでいた
僕を激しく求める君の衝動が嬉しかったし
哀しかった


僕は君を取り巻く人やものに嫉妬していたのかもしれない
君の幸せは僕とともに分かちあうべきだって


そんな無神経さが
君を追い詰めていたのかもしれない


君の幸せを素直に喜び、哀しみにそっと寄り添うだけで良かったのに


ホットココアをミルクパンで作って
マグカップに注ぐ
冬になると毎日のように飲む
僕のお気に入り
たくさん飲みたくて
いつもカップの縁ギリギリまで入れる
君は
いつかこぼすぞ、って
笑いながら
顔をカップに近づけて飲んでくれた


懐かしさと淋しさがないまぜになる
もう一度会いたい


感傷的になったその時
思い出した


あの日
帰る道すがら
2人で言い合ったことを


来年も見たいね、この景色
見ようよ、またここで
絶対に


第6話 再会(ノンケのB君の気持ち)

1年前の今日、早朝の海
君と初めてキスをした砂浜へ

駅からダッシュした
ゆるやかにカーブした道を勢いよく曲がると
朝日に輝く海が見えて

柔らかく揺れる金色の髪
細い体
そんな、懐かしい背中が振り向いた


遅いよ
君は笑顔で言い、ホットココアの缶を僕に向かってほおる
僕は小さくジャンプしてそれをキャッチして
ごめん
と答える


プルタブを開け、ごくり、と喉を潤しながら君のもとへ走る
吸う?
君がマルボロのパッケージをこちらに渡す
久しぶりだ
一緒に住んでいた頃、口寂しくなると1本もらっていた


並んで砂浜に座り静かに煙草を燻らせる


今日、すっげえ晴れてんのな
君はくっきりと見える水平線を指差す
俺はあの時、もやがかかった景色にお前がいるのが凄く綺麗に見えて
キスしたのにさ
こんなにいい天気だったら恋が始まることはないね
と僕は言い、
残念
君が答えて、2人で笑い合う


穏やかな時間が流れている


もう、僕たちは焼けつくような愛を持たない
でもあの時間はかけがえがなかったと自信をもって言える
それは二度と戻らない美しい日々だった


ー今、こうして笑い合って話しているのは
あの時から考えたら奇跡のようだー

時の経過はすべての負の感情を洗い流してくれた
その愛おしさに感謝をしたくなった


僕たちは、今この瞬間に喜びを感じている
そしてきっとお互いがお互いの幸せを願っている

それでいいんだ
多分

〈了〉

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