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映画『アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台』感想

予告編
 ↓

PG-12指定


不条理な悲喜劇


 実話を基にした本作。”実際に起きた映画のような出来事” に着想を得た物語なのですが、”映画のような出来事” という説明だけで事足りるのか? この出来事を “映画” で語ることにこそ意味があるんじゃないか。映画だからこそ、ラストにテロップで流れる言葉を堪能できるんじゃないか。そんな気がします。
……たまに陥るのですが、久しぶりに映画考察の袋小路に迷い込んでしまったような感覚です(まぁ大抵こういう時は考え過ぎが病因なんだけど)。明確な答えは未だ導き出せずにいますが、少なくとも言えるのは、「やられた」の一言。面白かったです。



 本作の冒頭。売れない俳優・エチエンヌ(カド・メラッド)が刑務所内で演技のワークショップの講師を担当することになる。演劇に無関心な者や興味のない者もいる中、囚人たちを相手に稽古を重ねていく。近年の映画でいえば『シャイニー・シュリンプス!』(感想文リンク)や『だれもが愛しいチャンピオン』など、プロが畑違いの素人を相手に指導していく中で、次第に一つの目標に向かって結束していくような展開に、とてもウキウキさせられた。

しかし、囚人たちもそれぞれ様々な事情を抱えているようではあるものの、各々のパーソナルな部分はあまり深掘りされずに物語が進んでいきます。テンポが良いというか、やや説明が寡少気味で、要点だけでポンポンと話が前に進んでいく感じ。まぁ観易いっちゃ観易いのだが……。


 彼らはその後、刑務所外での公演を目指し、稽古を重ねていくことになります。演目は、 サミュエル・ベケットによる戯曲『ゴドーを待ちながら』。不条理劇として名高い悲喜劇の傑作ですが、この戯曲自体を知らなくても特に問題なく観られるかと思います。そりゃまぁ、知っていた方が本作をより味わえるとは思いますが、重要な点についてはしっかりとセリフとして言葉で語られていますし、劇中劇として幾度も描かれるので、置いてきぼりを食らうことはないでしょう。



 何者かもよくわからない、そして決して訪れることのない「ゴドー」を待つだけの様子を描いた『ゴドーを待ちながら』。何か話が広がっていくわけでもない。木が一本生えているだけの空虚な舞台上で、同じような展開が二度に亘って繰り返される。まるで終わりの見えない永遠の気配を匂わす内容を、『ゴドーを待ちながら』が何かも分からなければ、演劇に興味も無い囚人たちが演じていく。中には「セリフが意味不明だ」と困惑する者すらいた。

不条理劇という難解なものを理解せずに演じさせられ、時には普通の囚人では考えられないような賞賛や喝采を浴びることもあれば、終わればまたブタ箱に逆戻りで、そこでは尊厳を奪い取られたかのような全身検査が行われる。そんなことの繰り返し。『ゴドーを待ちながら』の後味同様に、まるで自己の存在意義に疑問符が付いてしまいそうな日々が流れていく。罪状や出自など、パーソナルな部分が見えてこなかったからこそ尚更だ。

また、囚人たちが移動のバスから降りて裸で大騒ぎし始める中盤のシーンは、まるで裸にさせられて受けている全身検査での辛さの裏返しのようにも見えてくる。



 クライマックス、囚人たちの公演の演出を担当していたエチエンヌが彼らについて語る。 「真に役に生きていた」「プロの役者が忘れているものを持っていた」と。前置きというには随分長々と書き連ねてしまいましたが、彼らはまさしく、ゴドーを待っていた者たちの如く日々を送り、図らずも〈永遠の繰り返し〉を感じ取っていた。バスを降りてのバカ騒ぎも、他の囚人たちとの諍いも、彼ら自身が彼らなりに感じていた不条理から来るもの。だからこその展開だった。



 先述した『シャイニー・シュリンプス』や『だれもが愛しいチャンピオン』のようなハートウォーミングな驚きや裏切りの展開を期待、いや、そうなるもんだと思い込んでいましたが、んまぁーーービックリ! 映画ポスターに「予想外のラスト」と、でかでかと書かれていましたが、その言葉に偽りなしよ。


 刑務所外での公演を目指し熱くなるエチエンヌに対し「被害者の気持ちも考えて」と諫める所長のセリフも良かった。この真っ当な意見のおかげで、安易に囚人たちに肩入れや同情をし過ぎずに済むし、この絶妙な突き放しがあるからこそ、偏見無く彼らの心情に想いを馳せることができる気がします。



 様々な解釈が何重にも絡み合い、得も言われぬ後味となっています。本項の冒頭の話に戻りますが、ラストに流れるベケットの言葉を噛み締めるには、映画という見せ方が最適だったんじゃないかと思わされたのです。本項の感想文こそ、何が言いたいかわからないとは思いますが笑、本作には実際に観なきゃわからない味わいがあります。


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